#3124/3137 空中分解2
★タイトル (WJM ) 93/ 4/18 19: 2 (179)
透明な風 κει
★内容
透き通った風になり
世界中を旅しよう
日本という
あまりにも小国の中での事に
少し疲れた時
そして僕は元気になろう
悲しくなろう
一緒に涙しよう
勇気づけられよう
ともに喜ぼう
流れている透明な風
空をみつめていると、そこに雲が遅々と流れてきて。
太陽は軽い綿に囲まれていて和やか。広いだけの公園にねころがってる。
右手を動かすと青々しい芝生がチクチク。頭と首もとも同じ。服も土で汚れてる。
でもそんなのはたまらなくちっぽけな事だよ。
広いだけの公園の真ん中でこうやって大の字になり永遠を見つめていたかった。
ずっとずっと。
ミクロの世界で酸素不足になり、サイズが合わない服を着せられ小さくなってたら本
当に小さくなりそうだった。ずっとずっと。
突如暴れだしたら絶対何かにぶつかるような心になってしまった事に対する悲しみ。
一番恐れたのはそれで僕がうずくまってしまう事だった。
日差しは春のフィルターをうけて柔らか。
気まぐれに動く雲が太陽の別れの挨拶にも応えず流れた。
気まぐれである喜びと平安は悲しみを覚えなければそれでよい。
風が少し離れたポプラの木をかすめた後、僕の頬にも吹いてきた。何度も何度も。
繰り返しの行為の中でも彼らは自由であった。僕の頬の後もどこか見知らぬところへ
ゆくんだ。
僕は右手をまっすぐに挙げて今吹いていった風に手紙をさしだした。
風は快くそれを受け取ってくれる。名前も知らぬ国の誰かに届けておくれ。
風と同じ波長を持った素材からなる手紙よどこか遠くへ。
横浜の男は酒の入ったコップを小さくなっている家族へ投げつけた。
壁にあたりガラスが飛び散る。
郷愁の中で生まれた鋭い音は目に涙を浮かばせた。
酒と女とにたんできした者の受ける報酬は完全なる崩壊。
僕の言葉は彼の耳に入ったのだろうか、それは誰にも分からない。次には長く張りつ
めた静寂が訪れる。
僕からのメッセージを受け取ったスンタルの少女はその時美味しいパンを焼いていた。
つまみ食いをした弟に褒められ彼女は嬉しそう。香ばしさを含んだ風。
僕は確かに少女の意識に入った。そして僅かにうなずいてくれた。
ロサンゼルスの少年は薄暗く散らかった部屋の中、注射器をふるえる手で見つめてい
た。針先から滴る液体が僅かに光る。うつろな目とドアのノブが壊れた心。
それは広大な草原にポツリと建てられたままの廃虚に酷似していた。
窓の隙間から風がはいる。しかし彼の目は恐ろしい形をした針から移すことが出来な
い。荒い息は狭すぎる空間から出れない。
現実から逃避していきついた場所だった。もうこれ以上場所はない、どうする事もで
きない、ただ生まれおちた日を複雑な想いで目をつむり想像するだけ。
悔恨が吹き荒れる中、注射針をからだに突き刺す。
風にポルノ雑誌のページがパラパラとめくられていた。
ローマの若い婦人は最近太り始めたからと食事の献立に頭を悩ましていた。
そのよこで夫が不満そうな顔をしている。
明日からしばらく肉はなし。それにボソリと不平を呟いたがため彼女に睨まれる。
その時風が流れ、テーブルの上の鉛筆をコロコロと転がした。
微風に二人は優しく目を細める。
にわかに赤子が隣の部屋で泣きだしたので彼らは我さきにと慌てて椅子をたち、愛す
る赤子のもとへかける。
リスボンでの少女は目をつむり彼からの口づけをまっている。
しっかりと組み合わされた両手から伝わる彼の温もり。
本当に愛されている事を知って沸き上がる大量の喜びで彼女はいっぱいになる。
華奢な体は不安と期待とで微かにふるえていた。
風が外見は静かに待っている彼女の前髪を持ち上げる。やがて彼の唇。
サハラの男性はただ一滴の水を求めていた。
埋もれゆく足に全てを恐れてジリジリと焼ける体に絶望していた。何のために歩くの
かさえもう分からぬ、ただ続く地平線の彼方。
道は無く今自分がどこにいるのかさえ分からぬ。ゆらゆらと揺らめく大地。右も左も
上も下も苦しみ。
こんぱいしきった精神。
空気が熱すぎて砂が熱すぎて体が熱すぎて喉が熱すぎて。
そして諦めるようにその場へ崩れた。焼けた砂が右頬にはりつく。
やけになり砂を口いっぱいに頬張った。そしてしばらくそれに苦しんだ。
希望はすでに枯渇しており、空にはただ灼熱の太陽があるだけ。焼けつきるのを覚悟
で太陽を見つめ続けた。放心は苦しみ。
そこで風は迷惑な砂嵐を運ぶ事しか出来なかった。しかし彼は僕の想いを受け取った
と思う。
モンロビアの少年は叫んでいた。
得体の知れぬ不安を消しさるべく険しい丘をかけながら。
破裂しそうになる心臓はかまわない。枝に足をつられて大きく転んだ。滲む血を右掌
でぬぐう。そこでまた大きく叫ぶ。
不安は成長してゆく自分にじゅうりんされているもう一人の自分と、捨てきれない夢
からでるものだった。叫びはあたりにこだましつづけている。
ヒューストンの青年は隣の彼女の肩を抱きたいと思いつつ勇気が出ずにためらってい
た。急に無口になった彼をみて彼女は首をかしげた。どうしたの?いやなんでもない。
ほんとお?茶目気をだして疑う彼女をみておもわず彼は大きな腕で彼女を抱きしめた。
一瞬驚いた彼女だがやがて目をつむり彼の胸に顔をもたせかけた。
アスシオンでは生命が世に誕生していた。母親の安らかな微笑みと力強い産声。
赤子の生命は輝ける希望と可能性をたずさえていた。
大事なことはそんなにない、ただ一つの生命が今この世におりた。風はその産声を母
親の耳に届けた。僕と一緒に。母親は静かに高揚していた。
どこか知らぬ寂しい路地に座っているのは男だった。何ももたない。
無気力な心は何も出来ない。雨がふっていてずぶ濡れだった。
彼はべつにそんな事はどうでもよかった。
泥が跳ねて彼の顔を汚す、傘をさした子どもたちが彼をみて罵っていたがそんな事も
どうでもよかった。
髭と髪が顔にへばりつく。ゴミ場の中で掴んだのはゴミだった。彼はそれをしばらく
は見つめたがやがて雨ふる空をみあげた。
どんよりとしたものだった。自己はとうに忘却されていた。
アンカラでは思いがけない誕生パーティーに一人の少女が恍惚とした表情を浮かべた
あと歓喜の声をあげた。クラッカーを存分に浴びて幸せを感じる。
微笑んでいる友人たちの手を飛び上がりながら握ってゆく。
にぎやかな部屋の中、潤んだ涙を風はやさしく包み込んだ。
同じようにオウルでも一人の女性の誕生日だった。彼からのプレゼントに彼女も歓喜
していた。
思わず彼に抱きつく。プレゼントは質素なものだった。ダイヤモンドの指輪ではなか
った、金のネックレスではなかった、決して彼女への貢ぎものではない彼の愛だった。
彼女があまりにもはしゃぐので彼も同じように喜ぶ。
お互いたまらなく幸せを感じとっていた。
幸せは相手からの純粋な愛以外のものを拒否する。
ネルチンスクの幼子は母親に抱かれて何の心配もなく母親のままに平安を感じていた。
夢うつつの状態で細くあけた目からは母親の微笑みが覗いている。
何もかも脆弱であるのに危惧を感じる必要がないという事の素晴らしさに気付くのは、
幼子がもっともっと成長した後。
母親が幼子のみずみずしい頬に何度もキスしはじめていた。
幼子はおもむろに瞳をとじてゆく。
僕と同じ心をみつけた。ブタペストの街で。
青すぎる空を仰いで白すぎる雲に想いをのせていた。
縛られていると感じた毎日の光はやはり太陽からの日差しであった。漠然とした夢が
あってその希望ゆえに苦しんでいた。
何の希望も持たずただ働いている人々のようになるべきなのか。
吟味すればするほどこたえはみえてくる。理想をすててしまい流れのままに揺られる
ならばきっと苦しむことはない。
捨てられない想いゆえ焦燥し涙するのだ。
ドナウ川へ向けて小さな石ころを精いっぱい投げつける。
もたれかけている大木の生命力と人々のざわめきの中の輝きをかいまみてもっと強く
生きようと心に唱えて胸を叩き続けていた。
風にのって帰ってきた返事を僕は両手いっぱいに抱え込み、そっと胸に押しやった。
音もなしにそれぞれが僕の胸に入りこみ、その中でまたそれぞれがそれぞれに歩みだ
した。そしてそのそれぞれの中にも僕が宿った。
きっと僕という存在を感じたはずだった、ほんの一瞬でも吹いた風に、ほんの一瞬で
も感じたささやきに。
彼らは遠い国にいる一人の僕をどのようにうつしたのだろう。眩しい光が僕の目には
いる。隣の学生鞄を手にすると僕は立ち上がった。とうに授業は始まっている。
もう昼になる頃だった。僕は土をはたく。
目をつむると全世界を旅したさわやかな微風が僕を包み込んだ。
僕は目をほそめ、もう一度両腕を精いっぱいひろげた。
Keiichiro☆彡
1993.04.09
1993.04.16