AWC 本を読む女    3


        
#3083/3137 空中分解2
★タイトル (HQM     )  93/ 4/ 6  17:46  (155)
本を読む女    3
★内容


 あれから随分と月日が流れた
 彼女は相変わらず
 あの時間にあの場所で
 本を読んでいる

 彼女は僕にしか見えないことが
 わかってきた
 彼女が実体を持っていない
 幽霊のような存在であることも
 確かのようだ

 彼女のことは忘れてしまいたい
 何度思ったことか・・・
 現実のみを直視し
 絵空事のようなことには
 なるべくかかわらないようにすべきだ
 何度思ったことか・・・

 でも、だめだった
 彼女のことが
 気になってしょうがない
 通勤途上にチラリと彼女の姿を見ることが
 僕にとっては
 一日の中で
 一番大切な時間になってしまっていた

 気品さを感じさせる女性
 それは僕の理想だった
 腰まで届くほどの長い髪の女性
 それは僕の理想だった
 そして本を読むのが好きな女性
 それは、何よりもの理想だった

 彼女を見終えた時
 僕の一日は
 終わってしまったも同然だった
 それ以後待ち構えていることは
 まったく余計なものでしかない

 通勤途上のほんの僅かな時間
 それは彼女と会える唯一の時間
 大切な大切な時間
 しかし徐々に
 それだけでは我慢できなくなってきた

 いつしか僕は
 彼女の側に立ち
 彼女が消えてしまうまで
 じっと見届けるようになっていた

 彼女は黙々と本を読んでいた
 僕の存在には
 一向に気付くことなく
 そして、およそ一時間半くらいたつと
 彼女は忽然と消えてしまう

 彼女が消えてしまってから
 思い出したようにして
 僕は会社へと向かった
 そんな日々が続くようになった

 会社の方は、すぐに解雇された
 でも、そんなことは少しも気にすることなく
 僕は彼女の側に立ち続けた

 いつしか僕は
 彼女と同じように
 一冊の本を手にして
 彼女と同じように読むようになった

 ほんの少しでもいいから
 彼女に近い存在になりたかったから・・・
 ただそれだけを思って
 彼女といっしょに
 本を読み続けた

 彼女と一緒に本を読んでいる自分は
 とても幸せだった
 本を読むことで
 彼女と一つになっている
 そう、思えたから・・・

 そのうちいつか
 僕の思いが彼女に伝わる・・・
 そのうちいつか
 彼女は僕に
 優しく微笑んでくれる
 そう信じて僕は
 彼女の側に立ち尽くした
 彼女の側で本を読み続けた


 月日は流れた
 人々の、僕に対する好奇の視線が
 いつの間にか消えてしまっていた
 きっと
 毎朝路地の隅で本を読む奇妙な男の存在が
 ありふれた光景として
 道行く人の脳裏に植えつけられたのだろう

  でも、そんなことはどうでもよかった
 周囲の者の動向など
 全く意にかいさなかった
 僕が気になったのは
 唯一、彼女のことだけだから

 そしてある日
 ついに奇跡が起こった
 ずっと俯いて本を読んでいた彼女が
 初めて顔をあげたかと思ったら
 僕の方を見て
 微笑んでくれたのだ

 僕は胸の高鳴りを抑えることができなかった
 信じられないような出来事だった
 彼女の微笑みもまた
 信じられないくらい素敵だった
 女性の笑顔がこれほどまで美しいものであったかということを
 初めて知ったような気がした

 が、喜ぶのも束の間
 彼女の足元がおぼろげなものになっている
 幽霊のようにぼやけてしまっている
 そしてとうとう
 足が完全に消えてしまった

 腰が消える
 胴が消える
 胸が消える
 徐々に徐々に
 彼女は消えていく
 消えてしまうには
 まだ早い時間なのに・・・
 それに、こんなふうに少しずつ消えていくのも
 いつもとは違っている

 「まって、消えないで・・・」

 そんな僕の叫びにもかかわらず
 わずかに顔が残っているだけだ
 素敵な笑顔を作っている
 そんな彼女の顔も
 徐々に徐々に
 消えていく・・・

 消えてしまった
 彼女は完全に消えてしまった
 が、ちょうどその時
 僕は、自分の身に起こっている異変に
 驚かざるにはいられなかった

                             つづく





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