AWC 『気分次第で責めないで』11−1<コウ


        
#3075/3137 空中分解2
★タイトル (HBJ     )  93/ 4/ 6  17:22  (105)
『気分次第で責めないで』11−1<コウ
★内容
その晩、一睡も出来なかった。もっと別の言い方をしたら、もっと値引きをしてく
れたのではないのか?という後悔、交通事故で子供を亡くした母親が、「あの朝、
あと5分、早くか遅くに、子供を出していたらば」という運命への憎しみにも似た
後悔が、頭の中で、うごめいていて、眠れない。

やりようによったら、六万を切る事だって、出来たに違いないのだ、五万九千円だ。

翌朝、会社に電話をして、休む旨を伝えると、十時を待って、二階の親子電話にか
じり付いた。妹から取り上げたチラシだけでも、五十軒からの、アルペンがある。

最初に電話をしたのは、アルペン立川店だ。
「もしもし」
「はい、アルペン立川店です」
野太い男の声だ。昨日のチーマーみたいなアホに違いない。
「あのですね、おたくの広告で、NISIZAWAデモンストレーターNo3カー
ボンとルックFスポーツのセットありますよねえ」
「ちょっと待って下さい」
受話器の向こうでがさがさ音がしている。チラシを探しているらしい。
「はいはい、用意してございますが」と店員。敬語を知っているらしい。
「そのセット価格なんですけれども、69800円になっていますよねえ」
「はい」
「それはそれ以上値引きは出来ないんですかねえ」
「いやあ、もう、これが、ぎりぎりの線なんですよね」
嘘こけ。
「おかしいなあ」
「はあ?」
「いやあ、友達がですね、おたくで買ったらしいんですけれどもね」
「あ、有り難うございます」
「そのセットが、五万九千円で買えたというんですけれどもね」
「さあ、どの者が担当したのか、ちょっと分からないんですが」
「え、担当する人によって、値段が違うんですか?」
「いえ、そんな事はございませんが」
「とにかく、友達はおたくで、五万九千円で買ったって言っているんですけれども
ねえ」「申し訳ございませんが、電話での商品の問い合わせには、応じない事にな
っているんですけれども」
「そんな事言ってもねえ、わざわざそこまで行って、高かったら」
「どちらからですか」
「八王子だけれども」
「でしたら、アルペン八王子店でも同じセットを扱っておりますけれども」
「いや、八王子では買いたくないんだ」少し苛々してきた。
「何でですか?」
「何でって」と詰まる。「方位だ、方位学に凝っているんですよ、立川店でないと
、方位が悪いんだなあ」
「とにかく、ご来店いただかないと、お値段の方は」
「何でだ」かなり苛々して。
「そういう決まりだから」と野太い男も、大きい声で。
「だから、何でそういう決まりあるのか、と聞いているんだ」
「そんな事は知らないよ」
「あんた、態度、でかいなあ。名前はなんて言うんだ」
「名乗る程の者ではありませんがね」
「そうか、お前は、自分の仕事に責任が持てない奴なんだな」
「なにっ、とにかく、来てくれないと話しになりませんね」
向こうから電話を切られた。

まともに電話しても駄目だ。俺は少し考えた。タバコを二本吸った。いい事を思い
付いた。

今度は、アルペン羽村店だ。
「もしもし」
「はい、アルペン羽村店でございます」
女の声だ。
「あのですね、おたくの広告でですね、NISIZAWA・デモンストレーターN
o3カボンとルック・Fスポーツのセット」
「はい」
「それをですね、昨日、アルペンの立川店で買おうと思って行ったら、品切れだと
言うんですよね」
「あら、それは、どうも申し訳ない事で」
「いや、それはいいんですけれどもね、立川店の人が言うには、羽村店に行けば、
59000円で、売っているというので、確認の電話なんですけれどもね」
「はあ?」
「これは、確認の電話ですから、確実に買いに行くという事ですよ」
「はあ?」
「つまり、価格の問い合わせではなくって、おたくのチェーン店で、俺は迷惑した
から、もう無駄足をしたくない、という事だ」
「はい、申し訳ございませんでした」
「それで、このセット、59000円で売っているんですか?」
「少々お待ち下さい」
苛々する。俺はタバコに火をつけた。
「もしもし」と女の声。「ただいま、ルックのバインディングが在庫品切れなんで
すけれども」
「え、おたくでは、在庫もないのに、チラシに載せるのか」
「いえいえ、ですから、代わりに、サロモンはいかがですか?」
「ソロモン?」
「サロモンです。ご存知ありませんか?」
「サラモンじゃなくて、ルックでないと駄目なんですけれどもね」
「失礼ですけれども、上級者の方ですか?」
「ええ?」
「あの、スキー歴は何年程で」
「そうだなあ、十年だ、もう、十年以上やっている」
「それでしたら、サロモンの方がよろしいと思いますけれども」
「駄目だ、ルックでないと嫌なんだ」
「ですけれども、サロモンの方が価格的にもお買い得なんですけれども」
「とにかくルックでないと駄目なんだ。他の締具だと骨を折り安いんだ」
「え?」と言ってから、クスッという笑い声が聞こえた。「本当に上級者の方です
か?」
「なにっ」カッとしたが、ここで、電話を切られたら終わりだ。「あの、もしもし」
「はい」
「だったらですねえ、ルックの締具を取り寄せできないんですか?」
「それは出来ますけれども」
「じゃあ、取り寄せて下さいよ」
「かしこまりました。では、入り次第こちらからお電話いたいしたいと思いますが」
「いやいや、その前に、それが入ったら、取付費入れて59000円になるんです
よねえ」
「申し訳ございませんが、価格の事で電話では」
こっちから切った。




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