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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第7章 リーベルG
★内容
7
心を怒りで燃やしながら、暗闇の中を幼子を抱いて駆け上がる玲子は、不意に前方
に瘴気を感じて、足を止めた。呼吸を整え、慎重に前方をプラーナで探る。数匹のア
スラが、壁のくぼみに潜んでいるらしい。ツオ・ルの命令で先回りしたか、アリーナ
にいなかったアスラだろう。
常なら敵が動くまでじっと待っただろうが、今の玲子は少し急いでいた。加えて、
抱いている子供のこともある。今は眠っているが、いつ目をさまして泣き出すかも知
れない。玲子はメダリオンを取り出すと、アスラが潜んでいる場所に鋭く投じた。
闇の中にアスラの叫び声が反響した。一匹に命中し、残りがうろたえて飛び出すの
がわかった。アスラがどれほど夜目が効くのかわからなかったが、玲子は構わず突進
した。
当てずっぽうに腕を振り回し、仲間同志傷つけ合ったりしているアスラたちに比べ
て、玲子の攻撃は的確かつ決定的だった。腕の中に子供をかばいながら、しなやかな
脚を魔法の杖のように振り回して、アスラたちの頭部を壁面にたたきつけて、粉砕し
た。アスラたちは恐慌の叫びをあげながら、次々に倒れていった。玲子とカインとの
戦いで得た記憶を共有していても、このように狭く、相手の姿が視認できない場所で
は、ほとんど役に立っていなかった。
いくつかの邪悪な死を置き去りにして、玲子は階段を駆け上がった。すぐに階段は
終わった。扉の輪郭が隙間からもれる光に浮き上がっている。玲子は開閉機構を探し
て、扉の周辺を調べ始めた。
カインは剣を斜に構えて、悠然と立っていた。しかし、わずかながらツオ・ルと名
乗る<従者>の邪力が勝っていると見えて、<巫女>の少年の力は次第に押し戻され
ていた。すでに、カインは心ならずも後退しており、背中は壁に張りついている。ツ
オ・ルは狡猾にも、わずかに邪力の攻撃の方向をずらしていくことで、カインを扉か
ら少しずつ遠ざけてしまっていた。 デッドライン
カインを中心に半径10メートル足らずの半円のラインが、現在カインの死線とな
っていた。それは、時が無慈悲に進行するたびに少しずつ、小さくなっていく。
「<巫女>の一族といっても、そんなものか」ツオ・ルはあざ笑った。「楽になっ
てしまえ。え、坊や」
カインは返答しなかった。澄んだ瞳に氷のきらめきを浮かべて、相手を見返すだけ
だった。
「その健闘を称えて、命までとろうとは言わないぞ、坊や」ツオ・ルは再び、嘲笑
に満ちたえせ紳士ぶりを取り戻していた。「アスラとなって、我が兵士となるのだ。
さぞかし、素晴らしい兵士が誕生することだろう。お前に大佐の位を与えてやっても
いいぞ、どうだ?」
カインは口を開いた。瞳には苦痛でも怒りでも恐怖でもなく、苦笑まじりのユーモ
アの色があった。
「腐った息をこれ以上吐くなよ、下種野郎。ぼくを正面から倒す自信がないのなら、
素直にそう言ったらどうなんだ。お前のような無能な将軍気取りの間抜けは見たこと
もない。お前なんかに指揮されるアスラたちも気の毒に、と言うほかないな」
美しい唇から静かにつむぎだされる罵声を聞くと、ツオ・ルは顔色を変えた。アス
ラたちも敵意のうなり声を高めた。カインはかまわず続けた。
「お前が何かの役に立つとしたら、その汚い身体を切り刻んで、そいつらに喰わせ
てやることくらいだ。どうしてさっさとそうしないんだ。そいつらも、さぞ喜ぶだろ
うに。腐肉の晩餐と、無能な主人の支配から逃れたことをな。お前の主人だって、今
頃どこかの宇宙でお前の無能さを、無限の深淵に向かって毒づいているだろう」
玲子がその場にいたら、カインの思いもかけぬ毒舌に驚くとともに、カインに対す
る評価を改めたに違いない。しかし、その場の聴衆は誰一人として、カインの表現力
を評価しなかった。
ツオ・ルの形相が一変した。眼球が飛び出し、鼻孔が大きく開き、血管が顔中に浮
きだした。<従者>の怒りが宿っている肉体に影響を与えているのだ。手首から先が
ない右手を振り回して、ツオ・ルはわめいた。
「黙れ、小僧!貴様には死よりつらい運命を与えてやる。何億年も暗い牢獄に閉じ
こめて、正気を保たせたまま、毎日いたぶり続けてやるぞ!我が偉大なる主に誓って
そうしてやる。私はこの侮辱を忘れんからな!」
「侮辱というのは、根拠のないことで不当にあげつらわれることを言うんだ」カイ
ンは、ツオ・ルの怒りなど少しも恐れてはいなかった。「ぼくが、お前に言ったこと
は、正しいことばかりではないか。お前は間抜けで、無能で、腐った愚か者だ」
「死ね!」たった今、死よりつらい運命を、と叫んだ舌の根も乾かぬうちに、ツオ
・ルはわめいた。邪力が増大し、カインのデッドラインが数センチ内側に押し戻され
た。カインは無言でそれに耐えた。冷たい汗が、一筋首筋を伝って背中に流れた。
次第に焦燥に駆られながら、それでも超人的な冷静さを保ちながら、玲子は扉の表
面を、少しずつ指で探っていた。おおよその見当はついていた。この階段を降り始め
るとき、部屋からもれるかすかな光で、扉の構造を素早く見ておいたからである。
やがて玲子はあたりをつけた。メダリオンを取り出して、扉の表面に傷をつけた。
そして、一歩下がると、傷を狙って加速された鋭い蹴りを正確にたたきつける。堅固
な扉の表面に、わずかに亀裂が入った。続けて数度、打撃を加える。少しずつ、破片
が飛び散り、ついに小さな穴が扉に開いた。
扉は厚さ5センチほどの、石畳を2枚合わせた構造になっていた。接触しているの
ではなく、数センチ隙間が空いていて、扉の開閉機構が収まっている。玲子は、自分
があけた穴をのぞき込んだ。狙い通り、油圧装置のポンプが何本も走っているのが見
えた。
急いで、長い髪の毛を数本引き抜く。指で寄り合わせて1本にすると、プラーナを
注入した。すぐにピアノ線のような強度を得た髪の毛は、玲子のコントロールに従っ
て、穴からするりともぐりこみ、ポンプにしっかりとまきつき、結び目を作った。玲
子は勢いよくそれを引っ張った。
ピシリ。小さな音が闇に響いた。ポンプが折れたのである。扉全体がガタンと揺れ
ると、数センチの隙間を作った。玲子は先程と同じように、隙間に指を入れると押し
広げ始めた。
貴重な数分を費やして、とうとう玲子は、子供を抱いて通れるだけの隙間をこじあ
けた。最初に落とされた小さな部屋は、照明が消されていた。哀れな男女が監禁され
ていた隣の部屋の中は空になっている。玲子は、心ならずも捨てたイヤピースと腕時
計を探して、床に視線を這わせた。
それは部屋の中央に落ちていた。玲子は身をかがめて、援軍を呼ぶ魔法のアイテム
を拾い上げた。
次の瞬間、上から数匹のアスラが飛び降りてきた。
普通の人間なら、不可視ではあるが、息がつまるほど強烈で邪悪ななエネルギーを
感じたに違いない。すでにカインが背をあずけている壁のみならず、地下のアリーナ
全体が2つのエネルギーを受け止めかねて、微細に震動を始めていた。
ツオ・ルは無限の邪力を有しているように思われた。おそらく、例の<旧支配者>
の細胞を自分自身にも取り込んでいるのだろう、とカインは推測した。人間が体内に
入れれば、激烈な反応を起こすのだが、<従者>ならば充分にそれをコントロールで
きるのだ。
剣を握る手が震えているような気がした。12才の少年としての体力が限界に近く
なっている。少し前までは邪魔に思えた背後の壁がなければ、とっくに力つきていた
だろう。
「上が騒がしいな。あれはお前の仲間が殺される音だぞ」ツオ・ルがほくそ笑みな
がら言った。
カインもその音には気付いていた。頭上から、微かに何かが床にたたきつけられる
ような、ドスンという音が連続して聞こえている。
「バカも休み休み言え」カインは体力の減少を悟られぬように言い返した。「のろ
まなお前のアスラなどに、ハミングバードが負けるわけはないだろう。それより、今
のうちに降参したらどうだ。命くらいは助けてやってもいいぞ」
ツオ・ルは大笑いした。
「虚勢を張るのもいい加減にしたらどうだ、坊や。そろそろ体力がなくなっている
んだろう。援軍を期待しているのなら無駄だぞ」
「どういうことだ」
「すでに周辺の森の中に、アスラを配置してある。少々の援軍など、あっというま
に八つ裂きにしてくれるわ」
カインは答えなかった。外見は平静で、唇には嘲弄が浮かんでいたが、心の中は絶
望が支配権を確立しようとしていた。もともと、援軍が到着するまで自分の力が持続
するとは、思っていなかった。ハミングバードが長官に連絡するまでの時間を稼げば、
あとは死力を尽くして脱出を試みるつもりだった。幸い、ツオ・ルはハミングバード
より、カインの力を高く評価したらしく、ここで足を止めることに成功している。上
にも当然、何匹かアスラがいるだろうが、それを切り抜けるくらいはハミングバード
に期待してもよかろう。
しかし、ツオ・ルの邪力は予想をはるかに上回るほど、強力だった。さらにハミン
グバードは子供を抱いたまま、アスラの攻撃を切り抜けなければならないし、上に戻
ったところで、送信機が無事に転がっていないかもしれない。ツオ・ルが真実を述べ
ているなら、この別荘の周辺にはアスラが配置されているらしい。ハミングバードは
一歩外に出た瞬間、通信を送る暇もなく、攻撃されるかもしれない。
カインは目を閉じ、美しい姉の顔を思い浮かべた。
玲子の周りに飛び降りたアスラは5匹だった。だが、幸いなことに同時に着地した
わけではない。チームワークという点では、まだまだ学習の必要がありそうだ。だが、
玲子がその時間を与えるつもりがなかったことはもちろんである。
最初に着地したアスラは、足が床につかないうちに、玲子の鋭い蹴りを腹部に食ら
って吹っ飛んだ。飛んだ先は次のアスラがちょうど着地した場所だった。2匹のアス
ラはもつれあって、床に転がった。
玲子は子供を抱いたまま、くるりと向きを変えた。そのまま、3匹目のアスラの顔
面にまわし蹴りを放った。訓練の成果を見せ、アスラはそれをかわした。しかし、続
いて飛んできたメダリオンまでは回避できなかった。胸の中央をメダリオンの力で破
られ、アスラは身の毛もよだつ咆哮を放って、床に崩れ落ちた。
残る2匹は、ほぼ同時に、それも玲子の左右に別れて着地した。鋭い鈎爪が両側か
ら突き出される。玲子はしなやかな身のこなしで、それをよけると片方のアスラの腕
をつかんで、振り回した。玲子の体重の2倍はあろうかと思われるアスラの身体は、
紙風車のように回転し、もう1匹に激突した。
玲子は素早く距離をおいていた。そして、助走をつけると、お互いの身体をもぎ放
そうとしている2匹のアスラに走った。それを見たアスラが破壊力を秘めた鈎爪を振
り回す。だがすでに、玲子は跳躍していた。
攻撃のためではない。玲子のつま先は、アスラの角の生えた頭を一瞬踏んで、さら
に高い跳躍力を得ていた。怒り狂ったアスラが高く腕をふり上げたが、玲子の身体は
届かない高さにあった。
空中で送信機を口にくわえた玲子は、ぎりぎりで、自分が落とされた床のへりをつ
かんでいた。冷静な観察者がいたとしたら、玲子に鳥の翼が生えたように錯覚したか
もしれない。
片手には子供を抱えたままである。玲子の体重は48キロ前後。子供の体重を加え
れば、50キロを越す。玲子の、細い右腕一本で支える重量としては、決して軽いと
はいえない。だが、玲子は少しづつ腕を曲げて、自分と子供を持ち上げ始めた。
足元では2匹のアスラが、玲子の足をめがけて跳躍しては、空しく空を掴んでいた。
玲子はそれに、かけらほども興味を示さず、命を賭けた懸垂に全力を傾注していた。
やがて、上半身が床の上に出た。玲子は、子供をそっと床に置き、久しぶりに左腕を
解放すると、両手を使って一気に身体を床の上に投げだした。
しばらくは荒い呼吸を沈めるだけで何もできなかった。玲子は無防備に床に転がっ
ていたが、ようやく立ち上がるだけの力が戻ってくると、子供を抱き上げた。あれだ
けの騒ぎをくぐり抜けて来たにもかかわらず、子供は熟睡していた。薬物を投与され
ているのかも知れない、とも思ったが、とりあえずどうしようもない。静かにしてい
てくれるなら助かるのだ。
警戒しながら、急いでドアに走る。当然、ドアは閉まったままだった。玲子はいら
いらしながら、ドアを調べた。電子ロック方式のドアであるらしい。のんびりと解錠
しているひまはない。玲子は周りを見回して、豪華なソファに目を止めた。
駆け寄って子供を寝かせると、ソファを持ち上げる。樫でつくられたスウェーデン
製の最高級のソファだったが、玲子が重視したのはもちろん値段ではなく、重さの方
だった。
ドアまで3メートル。玲子はソファを持ち上げたまま走ると、運動エネルギーをソ
ファの重量に乗せて、ドアにたたきつけた。
戦いに勝利したのは、ドアの方だった。ソファは見事にバラバラになって、玄関ホ
ールに散らばった。製作者が見たらさぞかし嘆くだろう。ドアの方は、小揺るぎすら
しなかった。
玲子は別のソファを持ち上げようとした。だが、不意に自分の額を叩いた。
「私ったらバカみたい」
つぶやくと、離れたところにある窓に歩み寄った。人間が通るには小さすぎるので
無視していたのだ。だが、考えてみれば、玲子が外に出る必要はない。送信機が外に
あれば、エマージェンシーを送れるのだから。
「慌てるとロクなことがないわね」言いながら、暖炉のそばに立てかけてあった火
かき棒を握り、窓に振り降ろした。それは強化ガラスだったが、玲子が地下で殴った
ような強度は有していなかった。強化ガラスは日光の照射を連続して受けると、次第
に劣化していくのだ。玲子が数度、打撃を加えるとあっさり割れた。
通常のガラスのような蜂の巣状にではなく、プラスティックのように裂けていた。
玲子は裂け目に火かき棒を突っ込むと、押し広げた。送信機のスイッチを確認して、
そこから放り投げた。
その瞬間、タイラント長官は玲子とカインに緊急事態が発生したことを知ったはず
だ。援軍が到着するまで、どれくらいだろう。玲子はその時間を30分と見積もった。
どんな非戦闘的な任務でも、援軍は常に用意されている。もちろん、シチュエーショ
ンによっては派遣できないときもあるが。
そこで、玲子はカインのことを思い出した。目的は果たしたのだから、助けに行か
なくてはならない。だが、今来た道を戻るのは、賢明ではないだろう。
玲子は再び、子供を抱き上げた。そして、下に降りる別の道を探し始めた。