#2829/3137 空中分解2
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第5章 リーベルG
★内容
5
<旧支配者>は肉体を持たない。彼らの本質が、いわゆる霊なのか、異次元のエネ
ルギーなのか、それとも人間を嘲笑する大宇宙の悪意なのか、多くの賢者や魔導師や
科学者が考察を重ねてきたが、全くわかっていない。
わかっているのは、彼らが邪神として地上に君臨するときは、仮の肉体をまとうと
いうことだけである。その姿は、およそ地球の進化論にも生物学の常識にもあてはま
らない、巨大でおぞましいものになる。
従って、仮に核兵器でその肉体を蒸発させたとしても、本体には傷もつかない。<
旧支配者>の本体は、太古に封印された時空連続体にあり、地上に現れるのはその強
力な魔術がもたらす影であるのだから。彼らは、地上の肉体を失えば、また作り上げ
るだけのことだ。
しかし、<旧支配者>が使った肉体は、本体の影がそれを捨てた後でも、危険な存
在である。一度、<旧支配者>の影響を受けた肉片は、ガン細胞のように邪悪な増殖
を繰り返すし、人間の体内に入れば、肉体ばかりか魂までも危険になる。もっとも、
大抵は自らを制御しきれずに共食いの果てに全滅する。
ツオ・ルが行ったのは、強靭な生命力で太古から残っていた<旧支配者>−正確に
は彼らが使った肉体−の血を遺伝子工学を利用して、活性化したことである。その細
胞は充分な邪力を持っている。ツオ・ルの望みのままに、人間を変化させるには、そ
れほど困難なことではなかっただろう。それは科学ではなく、魔術の分野になるが。
玲子が秘かに恐怖を感じているのは、ツオ・ルが太古からの魔術と、現代の科学の
両方を使いこなす、新しいタイプの<従者>であるらしいということだ。科学の方の
大部分はブランデーワインの知識だったとしても、それを有効に活用しているという
ことは単純な相手ではない。冷酷で、危険なやつだ。何としても、ここを脱出してタ
イラントに知らせる必要がある。
玲子とカインが降りている階段は、ゆるやかに螺旋を描きながら地の底へと続いて
いた。渡された資料にはこのような階段は記されていなかった。ということは、ツオ
・ルがブランデーワインを乗っ取ってから作り上げたに違いない。その証拠に両側の
壁面の所々に得体の知れない模様が描かれている。明かりがあれば、クトゥグァ信仰
の印が浮かび上がるのだろう。
不意に、暗闇の中で右手をとられて、玲子は声をあげそうになった。後ろをついて
来るカインが、そっと握ってきたのである。もし、第3者が見ていたら、暗闇を不安
に感じた少年が、それをまぎらわそうとしたのだと思ったことだろう。しかしカイン
は決して臆病な少年ではなかった。幼くとも、<巫女>の一族なのだ。
−ハミングバード。ぼくの言葉が聞こえるか?
心の中にカインの声が流れ込んでいた。玲子も応答を返した。といっても、答を考
えただけだが。
−ええ、テレパシー? マインド・コミュニケーション
−違う。何と言ったらいいのかな。心 の 接 触かな。
−この状況をどう思う?
−とりあえず、相手の言いなりになるしかないだろうな。
夜目のきく玲子が振り返っていたら、カインがいまいましげな顔をしているのが見
て取れただろう。玲子は思わず唇に笑いを浮かべた。
−そうね、スワンと子供が人質にとられている以上は仕方がないわね。
−本当にそう思うか?カインは意外なことを言った。玲子は驚いて問い返した。
−え、どういうこと。
−2カ月も<従者>と同居するなんてことが、耐えられると思うか?
−私ならとっくに、逃げ出すが、狂うか、自殺するかしてるわね。玲子は認めた。
−または、寝返るか。カインは玲子が考えなかった可能性を上げた。
−まさか!あ、でも考えられるわね。むしろ、ブランデーワインと同時に、スワン
も乗っ取ったとする方が自然ね。だとすると、私たちがツオ・ルとやらを倒すのに躊
躇する理由は何もないということになるのかしら?
そのとき、玲子は子供のことを思い出した。
−まだ子供がいたわね。
−そうか。1才の久美だったな。どこにいるんだろう。
−殺されてはいないと思うけど。それがわかるまではどうしようもないわね。
−見捨てていっても、構わないと思うが。カインの反応は冷たかった。玲子は激し
く反論した。
−それでも、人間なの!あなたのお姉さんが聞いたらなんて言うかしら?
カインは沈黙した。痛いところをつかれたらしい。
−あなたはさっき、相手の言いなりになるしかない、といったわね。玲子は荒い口
調で詰問した。でも、スワンが実は敵で、子供は見捨てても構わないと思っていたの
なら、言いなりになる理由がないじゃないの。
−ツオ・ルの本当の目的が何だかわからないからだ。カインはぼそりと答えた。
−どういうこと?
−やつの本当の目的は、あのアスラの訓練より、別にあるのじゃないか?
その時、前触れもなく玲子の眼前が光に変わった。カインは手を放し、接触は途切
れてしまった。数段先で階段は終わっており、自動的に扉が開いたのである。二人は
光の中に足を踏み入れた。
そこはアリーナだった。直径30メートルほどの円形のステージがあり、周囲は高
い壁になっている。その向こうには石段で作られた客席(?)が並び、そこに座って
いるのは、玲子達が先ほど見たのと同じようなアスラ達だった。その数はおよそ、数
百匹。すさまじい瘴気が二人を包んだ。
滅多に物おじしない玲子も、さすがに圧倒されて一歩後退した。しかし、背後の扉
はすでに固く閉ざされていた。その年齢にしては冷静すぎるカインも、反射的に剣の
柄に手をかけた。
アスラ達は不気味な沈黙を守っていたが、おぞましい赤い目で玲子とカインを見つ
めている。明らかに肉食獣が夕食を見る視線だった。
カインが玲子の注意を客席の一部に向けた。反対側の最前列にツオ・ルがニヤニヤ
笑いながら、座っていた。隣には恐怖の表情のままのスワンがいた。スワンは両手で
赤ん坊を抱えていた。
玲子はカインと視線を交わした。カインの目の中に同意を読みとった玲子は、思い
切ってはったりをかますことにした。
「もう、下らない芝居はやめにしたらどうなの」ことさら嘲笑の響きをこめて言い
放つ。「スワンも仲間だってわかってるのよ」
その言葉が届いた途端に、ツオ・ルはスワンと目を見交わした。が、次の瞬間、ツ
オ・ルは高笑いした。
「さすがだな。ハミングバード。それともそこの坊やの知恵かな。まあ、遅かれ早
かれわかるとは思っていたが」ツオ・ルがうなずくと、スワンは変貌した。外見上の
変化はないが、まぎれもなく邪悪な瘴気を発している。
「自己紹介させていただくわ」スワンであった女は誇らしげに言った。「キオ・ル
よ。別に女ではないのだけど、この身体は居心地がいいのでね」
「その子を放しなさい、といっても無駄でしょうね」
キオ・ルは高い声で笑った。つい、さっきまで恐怖におびえていた仮面は跡形もな
く消えていた。
「この子は大事な人質ですからね。この子の命が惜しくないならば、遠慮なく私た
ちを殺して下さってもかまいませんことよ。ほほほ」
言葉は上品だったが、玲子は嫌悪感以外を感じなかった。何か痛切な皮肉を投げか
けてやろうと思ったが、ツオ・ルが遮ったために果たせなかった。
「さあ、戦いをはじめようか」ツオ・ルは指を鳴らした。1匹のアスラが客席から
ステージにひらりと舞い降りた。これも、人間の犠牲者が<旧支配者>の邪悪な細胞
によって、悪鬼に変化させられた姿なのだろうか。
「ルールは簡単」ツオ・ルは楽しそうに告げた。「どちらかが死ぬまでだ。最初は
1対1で戦ってもらおうか。お嬢さん、君から始めるかね?」
玲子は無言で進み出た。アスラは低くうなると、じろじろと玲子を見た。
「試合開始だ!」ツオ・ルが宣言した。
前触れもなく、アスラが跳躍した。幅跳びの世界記録保持者でもかなわないような
距離を、軽い筋肉の収縮だけで縮めたのである。玲子が見かけ通りの平凡な女の子で
あれば、何が起こったのか理解しないうちに命を落としていただろう。
しかし、玲子の動きはそれを遥かに超越していた。玲子は、アスラが動き出した瞬
間に、その方向やスピードをプラーナによって、予測していたのである。体重移動だ
けでアスラの攻撃を回避した玲子は、メダリオンで敵の頭部をこすった。途端に邪悪
な細胞が激しい拒否反応を起こし、煙を立てて溶解し始める。浮き彫りになっている
五芳星形に秘められた古く強い力が、強靭な<旧支配者>の細胞に致命的な一撃を与
えたのだ。
アスラは頭から煙を上げながら、なおも戦意を喪失せずに、鈎爪の生えた長い腕を
振り回した。再びそれをかわした玲子は、回避行動をそのまま攻撃に転じた。長い脚
に体重をのせ、さらにプラーナで加速し、アスラの傷を負った頭部に叩きつける。角
が折れ、頭骨が微塵に砕ける手応えがあり、アスラはコンクリートの上に倒れた。
拍手が起こった。玲子は息も乱さずに振り向いて、ツオ・ルを睨んだ。
「いやいや、大したものだ」ツオ・ルは余裕たっぷりな笑いを浮かべている。
「この程度じゃあ、訓練にはならないわよ」玲子はわざと侮蔑的な態度をとった。
「そうかな。まあいい。それでは坊や、君の番だ」ツオ・ルは、今の短い戦いを他
人事ように眺めていたカインを指した。カインは何事によらず、他人に指図されるこ
とが大嫌いなようだったが、あえて何も言わず進み出た。
「<巫女>の一族には、私も初めてお目にかかる。その戦いぶりをとくと拝見させ
ていただこう」ツオ・ルは指を鳴らして、別のアスラを下に降ろした。
カインは夏の夜の蚊でも見るような視線を、そのアスラに向けた。剣を抜こうとも
しない。アスラはわずかにとまどったように首をかしげたが、赤い目をぎょろりと動
かすと、いきなり飛びかかった。
次の瞬間に起こったことを正確に理解したのは、カインとその対戦相手だけだった
に違いない。動態視力に優れた玲子ですら、無意識に記憶した映像をスローで呼びも
どさなければならなかった。
アスラの胴は両腕ごと、真横に両断されていた。カインは稲妻も顔負けのスピード
で剣を抜き放ち、敵をバターのように簡単に斬り裂くと、何事もなかったかのように
鞘に戻したのである。残像すら残さない、それは神技だった。
4つの肉片に分断されたアスラの身体の切断面からは、わずかに煙が立ち昇ってい
る。しかし、血は全く流れ出ていない。瞬間的に体液が凝固してしまったのだ。
玲子は寒気を感じた。この少年は12才で、初陣なのである。これが経験を積めば、
どうなるのだろう。玲子は心から、カインが敵でなくてよかったと思った。
さすがのツオ・ルも、わざとらしい拍手をするのを忘れて、しばらく呆然としてい
た。だが、カインが床に転がった邪悪な肉片を見向きもせずに、元の場所に戻り始め
ると、ようやく我に返ったように叫んだ。
「素晴らしい!これほどとは思わなかった。君を寄越してくれたタイラント長官に
感謝しなければなるまいな!」
何とも大げさな奴だ、と玲子は考えた。確かにアスラは並の人間よりは、力と敏捷
性において勝っているかもしれないが、例えば玲子のように天性の素質を持ち、訓練
された人間にとっては、それほど恐ろしい相手ではない。もちろん、1対100とな
ると、おのずから話しは変わってくるが。しかし、厳しく訓練された軍隊ならば、そ
れほど苦戦することはあるまい。玲子はかつて戦ったことがある特殊部隊と、アスラ
とを頭の中で戦わせてみて、そう結論を下した。
「さあ、選手交替だ」しかし、ツオ・ルはそのようなことは少しも心配していない
らしく、陽気に叫んだ。玲子はひょっとして、この<従者>が頭のいい危険な相手だ
と考えたのは、過大評価もいいところだったのではと思いなおしながら、進み出た。
すでに、別のアスラが仲間の死体を踏みつけて待ち受けている。
玲子が相手を見据えると同時に、アスラは飛びかかってきた。玲子は先ほどの相手
と同じように体をかわし、簡単に相手の背後をとった。メダリオンを相手の無防備な
後頭部にふりかざす。
その直前、玲子は何かを探知した。鍛えぬかれた反射神経が、ぎりぎりで攻撃を中
止させて、回避行動をとらせる。距離をおいてから玲子は、相手の腕が完全に背中の
方向に曲がり、自分の顔面を攻撃していたのを認めた。あのまま攻撃していたら、よ
くて相討ちになっていただろう。玲子は心の中で冷や汗をかきながら、繰り出される
敵の鈎爪を避けて、身を沈めた。
アスラはそれを追って、太い足を振り回した。玲子はそれを受け流して、相手の懐
に飛び込むと、メダリオンで相手の胸板に直線を描き、つばめのように離れた。アス
ラは煙を上げる胸の肉をかきむしっていたが、やがて苦痛に耐えかねたように崩れ落
ちた。玲子は右足を苦しむ敵の頭に叩きつけ、楽にしてやった。
「油断したわ」玲子は苦笑しながら、カインに言った。だが、少年は真剣な顔で否
定した。
「違う。やつらは記憶を共有しているんだ」
玲子は愕然として、振り返った。記憶のフィルムを巻き戻して、今の戦いを再検討
する。1度目の戦いと2度目の戦い。自分の攻撃/回避パターンはほぼ同じだった。
しかし、相手の反撃は…。
「まさか。偶然じゃないの?敵にも個性があるだろうし、能力の違いだって…」
カインは無言で玲子を押し退け、進み出た。玲子はカインが2度目の敵と対するの
をじっと見守った。
今度は、かろうじて玲子にも、カインの電光のような剣の動きが視認できた。もっ
とも、それは残像であったかもしれない。驚嘆するに値する剣技である。
しかし、さらに驚くべきことが起こった。何と、敵のアスラはそのきらめきのよう
な剣筋をかわしたのである!
玲子は声も出せなかった。プラーナで加速された反射神経をもってしても、始めて
で、あれをかわすのはほぼ不可能に近いだろう。こうして、何度か観察してからなら
ば、10回に1回くらいは逃れえるかもしれないが。
カインはそれを予期していたらしく、全く慌てる様子も見せなかった。くるりと宙
で剣を返すと、華麗なステップを踏んで、相手の側面にまわりこみ、あっさりと首を
斬り飛ばした。
わかったか、というようにカインは玲子を見た。玲子はうなずいた。ツオ・ルが、
死んだアスラを少しも惜しまない理由が分かった。1匹が倒れても、その体験は他の
全てのアスラに引き継がれるのである。そういう能力があるなら、最後の1匹になっ
たとしても、そのアスラの細胞を人間に注入すれば、同じ記憶と能力を持ったアスラ
が誕生するに違いない。
「さあ、次が待っているよ。お嬢さん」ツオ・ルは揶揄する口調を崩さずに、玲子
をうながした。玲子はため息をつくと、新たなる敵に向かい合った。つまり、2度と
同じ攻撃のパターンは通用しないということだ。しかも、倒すに従って強い敵をわざ
わざ作り上げることになる。手抜きをするにしても限度がある。
絶望の淵を覗きこんだような気分が玲子を包んだ。アスラが狡猾な動きでじわじわ
と近寄ってくる。