#2826/3137 空中分解2
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 序章〜第2章 リーベルG
★内容
序
人類が、いまだ歴史も伝説もその遺産として築きあげていない時代、地球の支配者
であった種族は大いなる戦いの果てに破れ去り、あるものは幽閉され、あるものは追
放され、地球の支配権を放棄することとなった。しかし、<旧支配者>の下僕たちは、
その多くが逃亡に成功し、自らの主君の解放と統治の再来を願い、闇の中で邪悪な活
動を開始した。 ジャカリチャーチ
古来より人類の賢者たちはこの危機を察知し、邪狩教団を結成した。その秘かなネ
ットワークは事実上、全世界に及んだ。邪悪な<旧支配者>の復活を妨げることだけ
が、彼らの唯一の目的である。数え切れない国家や文明や戦争が歴史に爪痕を残し、
そして消えていく中で、邪狩教団はそれを冷ややかな目で見守りつつ、全人類の命運
を賭けた戦いを秘かに、しかし激しく繰り広げていた。
1
「今回は楽な任務だ」
邪狩教団のタイラント長官は、シティホテルの405号室で、ハミングバードこと
木下玲子にそう言った。
玲子は無条件に喜んだりはしなかった。もちろん、タイラントが嘘を言わないこと
はよく知っていた。ただ、この無愛想な男は時々、故意にか無意識にか省略の罪を犯
すことがあるというだけのことだ。
玲子はこの部屋にいる3人目の人間に目をやった。タイラントは充分に存在感のあ
る男性だが、ダブルベッドに腰掛けて一心にテレビを見ている、プラチナブロンドの
少年の前には、かすんでしまっている。もっとも本人は全く気にした様子もないが。
最初にこの部屋に入ったとき、玲子の視線は真っ先にこの少年に引きつけられた。
プラチナのしずくから作られたような髪、雪のような白い肌、深海の宝石のような青
い瞳。映画かマンガの中でしか、目にしたことがない美少年だったが、しかしそれだ
けならば玲子の関心をそれほど長くつなぎとめておくことはできなかったに違いない。
玲子が興味を持ったのは、少年が発している高貴な雰囲気だった。プリンス、とい
う称号がこれほどふさわしい少年は、他に類をみないであろう。玲子はタイラントか
ら、カインというコードネームを知らされたとき、妙にがっかりしたものだ。
少年の方は玲子に一片の興味も示さなかった。玲子に神秘的な青い瞳を向けた時間
は、1秒の数十分の1以下。天使が通り過ぎる時間もなかった。あとは、ずっとテレ
ビに向けていた。
タイラントの声が玲子を現実に戻した。
「軽井沢の別荘地に教団員がいる。戦闘要員ではなく、教団の研究者だ。コードネ
ームはブランデーワイン」
タイラントでも『指輪物語』を読むのかしら、と玲子はあらぬことを考えた。教団
員のコードネームはタイラントが決めるのだが、タイラントには当人の容姿や性格や
能力を、コードネームに反映させようという意志が全く見られない。玲子のコードネ
ームにしてもそれは言える。実は玲子はあまり歌がうまくないのだ。
「何の研究をしているんですか?」
「火に属する<従者>の研究だ。召喚の方法、水や風に属する<従者>との相克、
出現地域、能力。他にも同じ様な研究をしている者は世界中にいるが、彼は特異な存
在だ。何故なら」タイラントは玲子の瞳をじっと見つめた。「彼は<従者>と人間と
が共存する可能性を探っていたからだ」
沈黙が訪れた。玲子は驚愕を表現している彫像のように凍りついていたが、ようや
く言葉を出した。
「共存?」
タイラントは無表情に頷いた。
「<従者>と?」
タイラントは無表情に頷いた。
玲子は数瞬、辛辣な表現を探し、結局ありふれた言葉を吐いた。
「正気なんですか?そのブランデーワインさんは?」
「彼は優秀な物理学者だ」タイラントは(玲子の見間違いでなければ)ため息をつ
いた。「ブランデーワインがそれを考えていることがわかったのは2カ月前だ。温厚
な性格で、ハエやカでも叩きつぶすのをためらうような男だ。遠回しに<従者>との
共存などありえない、と伝えたのだが…」
タイラントは珍しく語尾を濁した。要するにその忠告だか、警告だかは無視された
ということだろう。
「それで、私は何をすればいいんですか?」玲子は訊いた。「殴りつけてやめさせ
るとか?」
「君達は」タイラントは複数を表す代名詞を使った。「ブランデーワインの別荘に
行くんだ。研究がどのくらい進んでいるのか、調べてきてもらいたい。そして、研究
の中止を勧告するのだ」
「どうして、研究報告を出させないんですか?」玲子は疑問を発したが、すぐに解
答に思い当たった。「無視されたんですか?それも?」
タイラントは頷いて肯定した。玲子はもうひとつの疑問を発した。
「私たちといいましたね?つまり、あの子と?」玲子は親指で肩ごしに、カインを
指した。
「そうだ。一緒に行ってくれ。というより、今回の主役はカインの方だ」
「彼は?」玲子は質問の後半を省略したが、タイラントにはそれで通じた。
「カインは<巫女>一族なのだ」
玲子は新たなる驚きを持って、カインを見つめた。
<巫女>の一族。それは邪狩教団における最も神聖なる人々である。古代、邪狩教
団が誕生する以前、暗躍する<従者>の影に対抗するひとつの一族がいた。彼らには
血族のみに伝わる力、すなわち<従者>の邪力を消滅せしめる霊力が備わっていた。
その一族は自らを<巫女>と呼んでいた。
一族の誰一人として、いつ<巫女>一族が誕生したのか知っている者はいない。彼
らは歴史が始まる時、すでに地上に立っていたのだ。<旧支配者>と戦い、勝利し、
邪神を封じたとされる<旧神>が地球を去るとき、地上に残ることを選んだ神々の末
裔だとも言われている。
<巫女>一族は、何千年も一族以外の血を、その聖なる血筋に加えることがなかっ
た。遺伝学からいえばとっくに生物としての活力を失って、身体的欠陥や能力の低下
が見られるはずだが、並外れた強靭な遺伝子を持っているのか、何らかの未知の力が
働いているのか、<巫女>の人間はみな健康と長寿を保っている。
<巫女>の一族は邪狩教団の存在の基盤となっている。例えば、<従者>に対して
効果がある五芳星形の石や、メダリオンは<巫女>一族の手によってのみ作ることが
できる。これがなければ教団の戦士たちは、<従者>に対して著しく不利であること
は間違いない。玲子も何度かメダリオンに命を救われている。しかし、実際に<巫女
>一族の人間と会うのはこれが初めてだった。
「そうだったんですか」玲子は小さな声でいった。
「カインはまだ若い。一族でも最年少だ。外で任務につくのはこれが初めてだ。し
かし、力はある。彼の言葉にならブランデーワインも耳を傾けるだろう」
「<巫女>の言葉を軽んじる者はいない、ですね」玲子は呟いた。そして、カイン
の冷たい横顔に声をかけた。
「よろしく、カイン」
カインは玲子を完全に無視した。テレビのニュースを食い入るように見つめたまま
視線を動かそうとしない。玲子は少々むっとしたが、何とか自分を抑えつけてタイラ
ントに向き直った。
「いつですか?」その声は相当とがっていた。タイラントは内心でおもしろがって
いたとしても、表面上それを伺わせるようなことはない。すぐに、まじめな声で答え
た。
「2時間後だ。迎えをやる。詳しい資料はこれだ」タイラントは数枚のプリントア
ウト用紙を玲子に渡した。玲子はそれを受け取ると、一礼して部屋を出た。
まあ、<巫女>の一族といっても人間である以上、年端もいかない少年の人格が完
璧であるはずもない。それにしてもいろんな意味で厄介な任務になりそうだった。狭
いエレベータの中で玲子はため息をもらした。
2
玲子はヘリが完全に着地するのを待たずに、ハッチから飛び降りた。柔らかい草地
にきれいに立つと、ヘリのパイロットに手を振った。パイロットはすぐに機体を上昇
させ、あっという間に西の空に消え去った。
秋がそろそろ終わろうかという季節だった。避暑の客はとっくに都会に帰り、スキ
ー客がやってくるには早すぎる。鮮やかな紅葉は、すでに大部分が地面で乾いた音を
立てていた。風は冷たく、夜は寒くなるであろうことを想像させた。
ヘリの爆音が再び近付いた。カインの乗ったヘリである。ヘリは静かに着地し、エ
ンジンを停止させた。中から人間が降りてきたのは、ローターが完全に停止してから
である。
玲子が見守る中で、カインが士官学校の生徒のような白い軍服に身を固めて降りて
きた。背中に羽根が生えていれば天使のように見えたかもしれない。
カインは玲子をちらりとみて、すぐに無視した。玲子は腹を立てようとしたが、ヘ
リから降りた次の人間を見て、そんなことはたちまち忘れてしまった。
20代後半くらいの女性が優雅に草の上に降り立った。カインと同じ様なプラチナ
ブロンドだが、カインが天使だとすると、こちらは女神だ。姿形だけならば、玲子も
それほど見劣りするわけではないが、その自然な気品は玲子が100人いても太刀打
ちできそうにない。
カインが冷たい表情を崩さないのに対して、この女神は暖かい太陽のような、慈愛
に満ちた微笑みを浮かべていた。玲子は身体の芯が暖かくなるのを感じた。カインと
同じ<巫女>一族であるに違いない。
神々の末裔。玲子はその言葉を思い出し、真実であっても不思議ではないと思った。
女性は風に舞う薄い純白のドレスだけを身につけていたが、夏の陽射しを身体いっ
ぱいに浴びているような顔をしていた。暖かい笑顔で、カインに何か告げており、少
年の方も神妙に頭を下げながら耳を傾けている。日本語ではないようだが、気まぐれ
な風に邪魔されて玲子にはよく聞き取れなかった。
突然、カインが片膝をついた。女性の方はどこからか一振りの短剣を取り出した。
真剣な顔で何かを唱えながら右手を短剣にかざしていたが、やがておごそかに鞘から
刃を抜き放った。
予想したような銀色のきらめきはなかった。刃はくねくねと曲がっており、全体に
複雑な象眼模様が施されている。玲子は知らなかったが、それはマレー半島で使われ
るクリスと呼ばれる短刀によく似ていた。しかし、人間にではなく<従者>に対して
のみ有効な武器なのであろう。刃の所々に浮き彫りになっている五芳星形からも、そ
れがわかった。
カインが立ち上がった。女性は刃に軽く口づけをして祝福を与えると、元通り鞘に
おさめてからカインに手渡した。カインが短剣を腰につけると、女性はつとかがんで
少年の上気した頬に口づけをした。それから二人は軽く抱擁し合った。
玲子は自分が目撃しているのが、<巫女>の初陣の儀式なのだと気付いた。<巫女
>の一族の子供は、一定の年齢までいろいろな場所で修行を積むという。それはチベ
ット山中の寺院であるとも、極地の氷の中だとも言われている。むろん、文明社会と
隔絶しているわけではなく、普通の社会生活も営みながらである。そして、時が来れ
ば最後の通過儀礼として、簡単な任務が与えられる。それをやり遂げれば一人前だと、
一族に認められるのである。
カインと話していた女性の視線が玲子に止まった。女性は笑みを浮かべて、玲子を
差し招いた。玲子は心臓が急激に跳ね上がるのを感じながら、ゆっくりと歩みを進め、
女性の前に立った。
膝まづくべきだろうかと悩む前に、女性の口から明瞭な日本語が流れた。
「はじめまして、戦士ハミングバード。わたくしはこれの姉です。本来の名前はお
互いに明かさないことになっていますので、ソーマとお呼び下さいな」
それはインド神話に登場する月の神の名であった。玲子はこの女神に、俗なコード
ネームをつけなかったタイラント長官のセンスを少し見直した。
「はじめて御意を得ます、ソーマ」教団の暗黙の了解として、コードネームにミス
ターなどはつけないことになっている。「お目にかかれて光栄です」
「弟をよろしくお願いします。未熟者ですけれど、足手まといにはなるようでした
ら、容赦なく叱ってやってくださいましね」
玲子が返答に窮していると、ソーマは軽やかな鈴の音のような声で笑った。カイン
は顔を伏せていた。傲岸な少年も、美しい姉の前では人形のようにかしこまっている。
恐怖によるものではないことは言うまでもない。
「さあ、ハミングバードにご挨拶なさい」ソーマはカインに促した。カインは渋々
といった感じで、玲子にしなやかな手を出した。
「よろしく、頼む。ハミングバード」
玲子はにっこり笑ってカインの意外に暖かい手を握った。本当は少年の頑固さに、
声を立てて笑いたい気分だった。ソーマに比べればまだまだ一人前ではないのだ。
「よろしくね。カイン」
ソーマは再び暖かい笑みを浮かべた。
「それでは二人とも頑張って下さいね」そういって細い手を振ると、優雅な足どり
でヘリに乗り込んだ。待機していたパイロットが、一流ホテルのドアマンのようにう
やうやしくハッチを閉めた。まもなくローターが回転を始め、ヘリはゆっくりと上昇
し、すぐに飛び去った。
ヘリが見えなくなると、名残惜しそうに見送っていたカインの表情から、少年らし
さが跡形もなく消え失せた。
「何をぐずぐずしてるんだ?」カインは氷のような声で玲子を促した。「さっさと
ブランデーワインとやらの所に行こうじゃないか」
玲子は神妙な顔で頷いた。内心は、少年が必死で虚勢を張っているのがおかしくて
チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いが浮かんで来るのをこらえていたのだが。<巫女>
の一族として、この少年が認められるまでは長い時間がかかりそうだった。ソーマの
ような真の高貴さと気品を一目見れば、カインのそれは表面的なものにすぎないとわ
かる。
「こっちね」玲子は暗記した資料から記憶を引き出して、ブランデーワインの別荘
がある方向へ歩き始めた。