AWC Yの殺人 7   平野年男


        
#2781/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 2/ 1   9:51  (196)
Yの殺人 7   平野年男
★内容
「警察のやり方に口は出さんでほしいですね。それより、最後に恵美さんと会
ったのはいつですか?」
 浜本刑事も多少、言葉が乱暴になっている。
「……」
 黙って思い出す風の二人。やがて口を開いたのは、妻の方だった。
「多分、夜九時前に、お茶を一緒に飲んだのが最後だったと思います」
「ほう、お茶を。どなたがいました、その席には」
「私達と譲君、それに淵先生です。家庭教師が終わった頃合で、義母を入れて
の休憩みたいになったものですから」
「いつまで続きました?」
「九時二十分ぐらいでしたかしら。淵先生がおいとまするということで、自然
と」
「恵美さんはどうされたんです、その後?」
「先生を見送った後、部屋に行ったみたいですわ。私達は、家族三人で使って
る大きめの部屋にいましたので、よく知りませんけど」
「なるほど。それ以後は見ていない? なら結構です」
 しばしの沈黙。それを破って部屋に入って来たのは、家政婦。それに吉田刑
事らが続く格好となった。
「あの、石橋先生は都合が悪いので、明日になると。それから弁護士の日熊さ
んにお電話入れたところ、すぐにいらっしゃるということでした」
「そうですか。分かりました。警部、どうでした?」
 浜本刑事は忙しく身体の向きを転じながら、口を動かしている。
「大ざっぱだが、推定時間、出たぞ。午前一時から三時の間だろうということ
だ」
 吉田刑事は全員に聞かせるためか、大声で言った。
「この時間にアリバイのある方、いらっしゃいますか?」
 と、吉田刑事は見回すようにした。
 しかし、こんな夜中が犯行時刻では、アリバイがあるとは思えない。容疑の
枠を絞れないだろう。案の定、誰も申し立てはしない。
「では、このハーモニカに見覚えのある方、いますかな?」
 と言ってから、吉田は鑑識員の方を見た。鑑識員はビニールに入ったハーモ
ニカを掲げて示した。少し大きめの物のそれには、うっすらとではあるが血ら
しき痕がある。
「……それ、父が」
 震える声があった。菊子である。
「父と言いますと、畑洋二さん?」
「そうです。父が大事にしていた物です」
「どこにありました?」
 興奮した調子で、吉田刑事が続けた。
「父の部屋です」
「その部屋には鍵は?」
「いいえ。父が死んでから開け放したままです。あの、そのハーモニカがどう
したんでしょう?」
「現場に落ちていたんですよ。しかも、どうやら凶器として使われたらしい」
 その瞬間、場の空気が奇妙なものとなった。ハーモニカが凶器? 何という
奇怪な凶器だろう。何のためにこんな楽器を凶器に……?
「自由に出入りできるんでしたら、どなたでもこれを手に取ることができたん
ですね?」
「いえ。ハーモニカ自体は、ガラス戸の付いた棚に入れてあって、その戸に鍵
がかけられていましたから」
 この菊子の証言も、新たなざわめきを起こすのに充分であった。
「何ですと? その鍵、どなたが持っているんです?」
「分かりません。少なくとも、私は知りません」
 菊子は他の人々を見渡した。誰も知っている、持っているとは言わない。
「父が保管していたはずですよ、鍵」
 畑孝亮が言った。刑事の質問が、この長男に向けられる。
「どこにです?」
「それは分かりませんが、父が死んだときにちょっと捜してみましたが、見つ
からなかったので、あきらめてました」
「ふうむ」
 途方に暮れた感じの吉田刑事に、流が声をかけた。
「吉田さん。とにかく畑洋二の部屋を調べることですよ。問題の棚の鍵がどう
なっているのか」
「あ、そうだ。忘れとったわい。えっと、浜本、頼む」
 命じられた浜本は、飛んで行くように立ち上がった。すぐに戻って来る。
「鍵は開けられていました。ガラス戸そのものは破損してません」
「どういうことだ……。皆さんの中のどなたかが、鍵を持っているはずじゃな
いですか!」
 怒鳴ってみても、答は引き出せないままだった。それどころか、神尾留依が
おびえてしまって、泣き叫び出してしまったのだ。
「ああ」
 どことなく間の抜けた声を出しながら、家政婦が駆け寄り、なだめるがうま
く行かない。
「刑事さん、お部屋にお連れしてよろしいでしょうか?」
「もちろん、構いませんとも。こちらが悪かったんですし」
 さすがにばつが悪くなったらしく、吉田刑事は手で頭をかきながら、許可を
出した。
「もう、いつまで閉じ込めとくつもり? 夜中に死んだんじゃ、どうしようも
ないでしょ。あーあ、外泊してくりゃよかったわ」
 百合子が憎まれ口を叩いている。それを無視して吉田刑事は、
「死因ははっきりしていませんが、ハーモニカで殴ったぐらいで死ぬとは思え
ません。恵美さんは心臓が悪かったんでしょうか?」
 と続けた。
「母は、年齢の割には気丈でしたが、それ故に自分は若いんだと思い込むよう
なところがありましたから、身体に少し負担がかかっていたかもしれません。
普通にしていればいいものを、無理して動くとこがあったと言うか……」
 ゆっくり、ぼそぼそと話し出したのは、畑孝亮。健康面については自信を持
っているはずだが、言いたいことが多すぎるらしい。
「つまり、心臓は悪かったんですな?」
「そうです」
「それは、例えば急激なショックを受ければ、死ぬことも考えられるほどです
かね?」
「どうせ、私が言っただけじゃ信用できず、後で調べるのでしょう」
 孝亮はふてくされたような言いぐさだ。
「そうおっしゃらずに」
「……有り得るとしか言えません」
「そうですか。どうも。そうなるとですな、犯人が寝室に忍び込み、恵美さん
をハーモニカで殴り殺そうとする。その傷自体は致命傷ではなかったが、ショ
ックで心臓に負担がかかり、死に至ったと考えられますね」
 ショック死か。それにしても、犯人がハーモニカを凶器とするのは分からな
い。心臓が弱いからってショック死が確実に起こるとは限らないのに。だいた
い、最初からショック死を狙ったのなら、凶器を現場に残すはずがないし、本
当に殴りつけることもおかしい。
「ハーモニカに指紋はありましたか?」
 流が聞いた。
「いや、なかった。ぬぐい取られた痕跡があったね。そうそう、皆さんの指紋
を後で取らせてもらいますよ。現場の部屋にある指紋を一つ一つ調べなくちゃ
ならんですからな」
 吉田刑事はいい機会とばかり、そう宣言した。不満そうな顔をする者はいた
が、それを口に出す者はいなかった。
「おっと、大事な質問を忘れていた。恵美さんは寝るとき、鍵をかけられて寝
ますか?」
「かけていました」
 答えたのは菊子だ。
「ですが、私達の誰が行っても、たいていは鍵を開けてくれましたから、あま
り関係はないと思いますけど」
「いや、どうも。そういった判断は我々の方でしますから」
 それをもって、団体での事情聴取は終わった。
 この後、被害者の孫である譲次が帰って来たり、弁護士の日熊氏が来たりで
慌ただしかったが、すぐに遺言の公開とはならないこともあって、私や流は退
去することにした。

 二日後、吉田刑事が一人で事務所を訪ねてくれた。もちろん、事件の情報を
もたらしてくれるのだろう。
「どうでしたか?」
 事務所を閉店状態にして、奥の部屋で話を聞く体勢に入る。テーブルには三
つのグラスが置かれている。
「まず、死亡推定時刻と死因については、あの日にお話したのと大差なしです」
「では、ハーモニカが凶器なのも間違いないと」
 私は、気になっていたことを聞いた。
「そうですな。付着していた血液は、畑恵美のと一致しましたし、傷の具合い
やハーモニカのへこみ具合いを見ても、まず間違いないでしょう」
「事件関係者のアリバイはいかがでした?」
 今度は流。
「まあ、死んだ時間が時間でしたからねえ。ないのがほとんどでしたが」
「そんな言い方をするということは、アリバイの成立した者がいたんですね」
「そう。淵英造の唯一人が。進めていた研究が一段落したとかで、打ち上げみ
たいなもんですな。それに行っていて、夜遅くまで飲み歩いた挙げ句、友人の
家に行っての徹夜麻雀だったそうで。普段は研究ばかりしていても、遊ぶとき
は我々なんかと一緒ですな。ま、外部の者が屋敷に忍び込もうとすれば、相当
の苦労がいりますよ」
「と言いますと?」
「意外と不用心でしてね。二階の窓は鍵をしてないそうでさあ。開閉するのに
いちいち鍵をかけていたら面倒だってんでしょう。ですから、全くの不可能で
もないんですよ、外部から入るのは。でも、二階に上がるのがしんどい。隣に
家なんてありませんからな。広い敷地のどまん中にある屋敷だ。梯子か爪の付
いたロープがいります。壁を蔦が這い回ってますけど、登るには弱いもんです。
あるいは、敷地内の大木に登って思い切り跳躍して……いや、これは冗談です」
「畑屋敷の人には誰もアリバイがないんですか? 時間的なものじゃなくても
いい。例えば、畑孝亮、昌枝、譲次の親子三人は一緒の部屋で寝ていたから、
夜中に起き出せば誰かが気付くとか」
「それがね、やっぱり金持ちは違いますなあ。あの家族のための部屋がある上
に、それぞれ個人の寝室があるんです。だから寝るのは別々でして」
「ははん」
 何とも言えぬ声を上げる流。私だってあっけに取られてしまう。
「で、犯人の奴、衣服に血を付着させるような間抜けはしなかったみたいで、
誰の服からも被害者の血が出るなんてことはなかった。
 被害者の部屋に指紋はべたべたとあったんですがね、全員のがあったもんだ
から、何にもなりゃしない。まあ、ドアのノブはぬぐわれた跡がありましたが。
 さて、財産分与ですが」
 吉田刑事はいよいよだという風に、ここで言葉を区切った。グラスを口に運
び、喉を鳴らす。
「ちょっと複雑でして、神尾留依を誰が世話するかで変わってきます。
 まず、神尾留依を引き取るのを全員が拒否した場合。留依に全財産の1/2、
長男・孝亮に全財産の1/6、長女・菊子に1/6、次女・百合子に1/6。
この場合、家政婦の朝原の希望があれば、留依の世話をしてもらい、留依の財
産は医師・石橋昭と朝原の共同管理とする。と、こうなってますな。
 次に長男が留依の世話する場合。孝亮には全財産の1/3、留依にも1/3、
菊子に1/6、百合子に1/6。
 長女が世話をする場合。菊子に1/3、留依にも1/3、孝亮に1/6、百
合子にも1/6。
 もうお分かりと思いますが、次女が世話する場合。百合子に1/3、留依に
も1/3、孝亮は1/6、菊子も1/6です。
 なお、神尾留依の世話を複数名が希望した場合、その優先順序は長女、長男、
次女の順にあるとするんだそうです」
「神尾留依さんの世話は、いついつまでというような期限はある?」
「いや、ないみたいですな。ああ、留依が完全に回復すれば、留依に渡った財
産から養育費を除いた財を留依の物としつつ、その養育義務の放棄を認めると
いうような一文もありました」
「それはちょっと、不平が出そうな遺言ですね。最低でも1/4がもらえると
期待するもんでしょう、人間てのは。それがまあ、1/6程だ。かりに留依さ
んを預かって多くもらっても、養育費がいくらかかるか分かりゃしない。まか
り間違えば、自分の分を食いつぶされてしまうかもしれない」
「案外、流さんも計算高いんですな」
 感心したように言う吉田刑事。
「いや、今のは畑の人間になったつもりで言ったんですよ。誤解してほしくな
いな」
 流は顔を赤くしながら、弁解した。
「ところで吉田さん。僕が気にしていた点、どうなっています?」
「気にしていた点?」
「忘れてたんですか? 淵英造と菊子の仲とか」
「ああ、思い出しました。聞いて下さい、流さん。どうやら二人、結婚するみ
たいですね」
「ほう」

−続く




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