AWC 奥様は魔女   うちだ


        
#2774/3137 空中分解2
★タイトル (TEM     )  93/ 2/ 1   0:22  ( 38)
奥様は魔女   うちだ
★内容

私は桜台郊外の、とある住宅街に夫と二人で暮らしております。今の夫とは五
年前に見合い結婚を致しました。私の口から申し上げるのもナンですが、夫は
ほんとうに誠実で非のうちどころのない人です。物腰が優しく、私の父母から
も信頼されております。一流会社に勤務しており、私は生活の不自由など感じ
たこともございません。そう、まったく非のうちどころのない夫でございます。
それが癪に障る、と言うならばそれは世に言う贅沢というものでございましょ
う。言いません。

 例えば私が日曜日に友人と遊びに行くと言います。夫が「行くな」と言えば、
私は行きません。でも夫は「行っておいで」と笑って許してくれます。私は理
解のある夫だと感動したものです。例えば私がお買い物に出ようとした時に雨
が降りだしたならば夫は「車を出そうか」と申し出るでしょう。降りだした雨
に困る私は夫のその言葉に甘えてまいりました。最初のうちは夫のそんな優し
さや心遣いに感謝したものです。
 でも近ごろはさすがに鈍感な私も気付いたのです。夫の慈愛に満ちた言葉は
たんなる私の思い込みであった、と。いえ、言い直すならば夫の思い込みでご
ざいます。「行っておいで」とほほ笑みながら夫は理解ある夫を演じてきまし
た。私は永い間その言葉が心の奥底から出ているものだとばかり思っていたの
です。夫は「車を出そうか」と言いながらその実、面倒だと思っていたのです。
できれば私に「ありがたいけど、自分で行くから」と言ってほしかったのです。
なんということでしょう。それでは「たんと召し上がってください」と薦めな
がら台所へまわると「あの客よく食うよ」と陰口をたたくようなものではあり
ませんか。それならそうとちゃんと言えばいいのです。どうして思ってもいな
いことを言うのでしょう。確かにそういった性質の方も世の中にはいらっしゃ
います。そのような事はきっととりたてて言うような類いのことではないので
しょう。そうでしょうとも。ただ、人によって我慢できないことの種類はまっ
たく違います。

我慢できない・・・・・とはいえ私もこの程度のことで夫と別れようとは夢に
も思っておりません。だから私は今日もこうして夫のために夕餉の支度をする
のです。今日の献立は鷄の空揚げと里芋の煮物と温野菜のサラダです。温野菜、
とは茹でた野菜のことです。生野菜のサラダより、温野菜のサラダのほうが体
に良いと申します。サラダにはにんじんと芽キャベツとコーンと卵と、虫の涌
いたブロッコリーを黙って茹でて出しました。夫はそれをおいしいそうに食べ
ています。味の濃いドレッシングソースをかけたので気づかないでしょう。
別に命に別条ございません。だから私はほほ笑んでいるのです。
                                     おわり




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