AWC 月夜話、其之六「 三人の少年と合宿 」 (3/3) ■ 榊 ■


        
#2767/3137 空中分解2
★タイトル (HHF     )  93/ 1/31  10:28  (117)
月夜話、其之六「 三人の少年と合宿 」 (3/3) ■ 榊 ■
★内容


   小さい頃というのは、どうしたものか辛いと思っても、辛い、とそれだけ
  で終わってしまう。もっともっと大きくなると、「もう、やめてやる」とか、
  「今までで一番つらい」とか、他の気持ちが心にわいてきて、実際よりもも
  っともっと辛くなってしまう。
   「辛い」ことに対して本能的に「辛い」と思う以外の、余分な知恵がその
  時にはなかったためらしい。知恵というものは、生きていくうえに非常に大
  切なものではあるが、先入観をもたせる余分な側面も持っているのだと知っ
  たのは、ずいぶんあとになってのことである。
   そんなわけで、次の日、少年少女達は無邪気に午前中の練習に励んでいた。
  親の別居の辛さも忘れ、怪談の恐さも忘れ、親と離れている寂しさも忘れて、
  ただもう一生懸命に相手に向き合っていた。
   もともと合気道というのは、「盾」と「矛」でいえば「盾」にあたる武術
  で、防御の術なのである。そしてさらに「気」の概念や、人間の構造の概念
  を取り込むことによって、小さな力で大きな力を受け流すことができる武術
  になっている。だからこそ、女、子供にも有効な数少ない武術として、世間
  にも受けとめられているのである。
   朝の練習が終わると、昼食になり、そしてその後は昼寝の時間になる。小
  さいときに何よりも大切なのは、睡眠だとよくいわれる。何しろ、起きてい
  る間は頭も体もめいいっぱい動かしまくっているのだから、休む時間だって
  たくさんいる。夏の昼過ぎは暑いが、風通しのよいすだれのかかった道場は、
  すごしやすい程度にすずやかで、みんなは心地よい眠りをしばらくとった。
   そして、午後の練習、夕食。その日も烏の鳴き声とともに終わろうとして
  いた。
   夕食をかたずけた後、萌荵はひとりの女の子に声をかけられた。
  「なに?」
  「ちょっと相談にのってほしいんです」
   中学2年生の、ちょっと大人っぽい顔立ちをした綺麗な女の子だった。昨
  日、怪談大会の時に健士に抱きついてしまった子で、あの時のように顔を少
  し赤くしていた。
   萌荵の部屋へいき、二人っきりになっても彼女はしばらく何も言わず、た
  だ座り込んでいた。
  「健士くんのこと?」
   萌荵が単刀直入に口にすると、彼女はびっくりしたように顔をあげ、そし
  てこっくりとうなずいた。
   学校にいるとき、健士は他人という存在でしかなかったのに、一緒に合気
  道をやり始めてから、いつも一生懸命で、格好よくて、何となく一人でたえ
  ている健士にひかれる自分に気がついた。
   そして昨日、彼が横に座っているだけで心臓が信じられないぐらいドキド
  キして、抱きついてしまってからはもう、彼の顔も見られなくなっている。
  「どうしたらいいのかな……」
   萌荵は優しい笑顔で、この恋する女の子に近付いた。
  「これから、二度と顔も合わせないでいることはできる?」
   女の子はまたびっくりしたような顔をして、そしてぶんぶんと顔を横にふ
  った。
  「ずっと、仲のよい友達でいられる?」
   ちょっとだけ考えて、やっぱり首を横にふった。
  「じゃあ、告白する?」
   これにも、激しく首を横にふった。
  「友達でいるのが、この中ではいちばん楽みたいね。でも、いつかは自分の
  思いを知ってほしい」
   女の子は真剣な瞳で、じっと萌荵を見つめた。
  「好きという気持ちって、凄いよね。大きくて、溢れてきそう」
   女の子はこっくりとうなずいた。
  「だから友達でいれば、きっとその溢れる思いは言葉や態度にのって伝わる
  はず。その時に相手をしっかり見つめて、相手の気持ちと自分の気持ちを考
  えて、自分が後悔しないようにね」
   女の子は少しだけ微笑んで、またうなずいた。萌荵はつられて微笑んで、
  くしゃくしゃと女の子の髪をかきあげた。
  「友達になるのには、ちょっと勇気が必要だけど、できる?」
  「頑張ってみる。有り難う、萌荵さん」
   うん、と静かにうなずいた。
   二人が降りていくと、もう庭では花火大会が始まっていた。外は夕暮れす
  ぎ、薄紫の色に染め上がり、その中で花火だけが明るく光りかがやいていた。
   縁側でたたずむ人は西瓜<スイカ>をほうばり、種を一生懸命とっている。女
  の子達だけで輪をかこみ、小さな花火の火をつけるところもあれば、年長の
  男が大きな花火に火をつけ、大空に光の花をあげていた。
   その光に浴衣姿の子供達や、草木や、家がうかびあがる。子供達の顔はど
  れも、花火を一心に見つめる笑顔ばかり。子供の中には、その花火をふりま
  わして闇のキャンバスに絵を描く子もいたり、いっぺんにいくつもの花火に
  火をつけてみせる子もいた。
   健士は小学生たちにせかされて、花火の先に火をつけていた。
  「ほら、いってらっしゃい」
   萌荵に背をつつかれて、女の子はゆっくりと健士の近くによっていった。
  花火をとり、火をつけてもらい、二人でじっとその花火を見つめていた。
   一人、二人と小学生が離れていき、そしていつのまにか健士と女の子は二
  人っきりになっていた。ずぅっと、ずぅっと二人きりで、じっと静かに花火
  を見つめていた。ときおり、本当にときおり言葉を交わして、また花火を見
  つめる。それだけなのに、二人はずっと離れずに、二人でいた。
   一人で完全な人はいないのだから、二人で少しでも補いあってほしい。一
  人で完全ならば、一人で生きていけばいいのだから。健士は親の別居による
  気持ちを、相手に少し持ってもらえばいいし、女の子の重すぎる「好き」と
  いう気持ちを、相手に少しあずかってもらえばいい。そして、お互い気持ち
  を軽くして、一人でいるより二人であることが自然であればいい。
   そうして二人は、ずっとずっと花火を見つめていた。そして、たくさんの、
  たくさんの煙が空に舞い上がり、雲にけぶる月が咳をしないかと、二人はち
  ょっと心配をしたのだった。


   次の日、朝の練習が終わると、短い合宿は終わりを告げた。
   親が迎えにきて、誰もが懐かしさと寂しさのために、親に抱きついた。

   翼はなかなか親がこないので、やきもきしていた。やっと現れた母親に抱
  きつくと、むしろ親の方がすっかり当惑している様子だった。そして、泣き
  ださんばかりの息子の頭を優しく撫でてやっていた。ほんの少し、親の愛す
  る気持ちが解ってくれたみたいで、親はホッとしているようだった。

   康助は、やがてやってきた父母をみると、駆け寄っていったが抱きつきは
  しなかった。そして「すごく楽しかった」というのだった。父と母はお互い
  に顔を見合わせ、少し大人になった息子にちょっと嬉しさと、そして寂しさ
  を味わっている様子だった。
   寂しさを強く乗り越えてくれたことは、親にとって嬉しいことだった。で
  も、それはどんどん離れていく息子を見ることで、親の方が寂しくてなって
  息子の頭をそっと撫でた。



   「寂しさ」と「愛する」気持ちを、どうしたらいいかを知ることによって、
  少しずつ大人になっていくような気がする。
   あの時の気持ちはだんだんと別のものに変わっていくけれども、あの大き
  さと、純粋さを、今になっても忘れることができない。
   寂しさに泣いた、あの夜のことを。


   月夜の晩の、そんなお話。





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