AWC 月夜話、其之五 「 一生懸命 」 (1/2) ■ 榊 ■


        
#2763/3137 空中分解2
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月夜話、其之五 「 一生懸命 」 (1/2) ■ 榊 ■
★内容


   眠っていた芳春<ヨシハル>の頭の中に流れてきた歌声は、夢の中のものではなかっ
  た。その出所を求めるように目が覚めると、しばらくぼうっとした頭は天井の薄
  暗いようすを浮かび上がらせることしかできなかった。やがてはっきりしてくる
  と、その静かな歌声が窓の外から来ていることが解った。
   子守歌のような、若い女の声。まだ少し眠い体をおこした芳春は、窓際まで歩
  いていき、網戸ごしに庭をながめると、いつものように欅の近くにすわる更紗
  <サラサ>と、それに向かいあうか細い少年の姿がみえた。
   とても、とても細い少年で、どこかおぼろげに光っているようにも見えた。何
  となく気になって、芳春はその声につられるように、そっと庭に出てみることに
  した。


   からん……と音をたてながら下駄をはくと、芳春は裏口から庭に出た。夜の庭
  は静かで、風が草をさらさらと撫でる音と、みぃーみぃーと小さく鳴く虫の声、
  そして、更紗の消え入りそうな歌声だけが、庭に満ちていた。
   ちょっと欠けた月と外灯にてらされた緑の芝を、芳春はしゃらしゃらとかき分
  けて歩いていく。それにつれて、あの細い少年は立ち上がり、やがて、煙のよう
  に輪郭をなくしていくと、そのまま消えていってしまった。更紗の元についたと
  きには、もう、その痕跡すらそこには無かった。
  「起こしちゃった?」
   更紗は虫を驚かさないように、静かな声で語りかけてきた。
   長く、少しウェーブのかかった茶褐色の毛。そして、無邪気な笑顔。ちょっと
  とぼけたようだが、長女でありこの家の当主でもある、いつもの更紗がそこにい
  た。
  「やっぱり今の幽霊だったのですか」
  「うん。つい最近、病気で死んじゃった男の子。たった今、成仏しちゃった」
   そういえば、ちらっとだけ見えたその幽霊の横顔は、何となく嬉しそうだった。
  あれが、霊の成仏するときの様子だったのだ。芳春はぺたんとそのばに座り込む
  と、あたりを見回した。
   さら、さら……さら
   草がこすれあう。樹木が揺れて葉がかさなりあう。
   空を見上げると、大きくて真っ白な月と、たくさんの星。
   静かな、夜の庭。
  「もしかして更紗さん。いつも、こんなことをしていたのですか?」
  「芳春ぅ、もしかしたら、私がいつも遅くまでただ堕眠をむさぼっている思って
  いたのぉ?」
   芳春はこっくりとうなずこうとして、あわてて首を横にふった。
  「この野郎ぉ、いい度胸だ」
   更紗はにじり寄ると、逃げだそうとする芳春を抱きかかえ、わき腹をくすぐっ
  た。
  「あはは、更紗さん! ごめんなさいぃぃっ!」
  「よろしい」
   夜のせいか、更紗の攻撃はすぐにやんだが、静かなムードは吹き飛ばされ、い
  つものペースになっていた。
   うぅ、わき腹がこそばゆい。
  「どうも、勘違いしているみたいね。ちゃんと説明しておくけど、私の本業は小
  説家なのよ」
  「え?」
  「誰も認めてくれないけど、お祓い屋が副業、小説家が本業。別にぐうたらした
  くって、副業の請求額をこんなに高くしたわけじゃないのよ。本業をしっかりや
  りたいから、依頼数を少なくしたかっただけ」
  「そっ、そうなんですか」
  「あ、疑っているな」
   更紗がまたわき腹をくすぐる用意をしたので、芳春は思わず必死に首を横にふ
  った。
  「いいわよ、どうせ副業の方が収入が大きいから、そう思われるのよ」
  「どんな本を書かれているのですか?」
   最近、話を横にそらすのが上手くなってきたなぁ、と芳春は心のなかで呟いた。
  「幽霊の人の話。こうして座っていると、成仏できない人がいろいろ話しかけて
  きてくれるのだけれど、それを小説化しているの」
  「………」
  「生きている人に聞いて欲しい、いろいろなことを私に訴えに来るの。全国から。
  それをまとめて小説にしているのだけど………あまり売れないのよぉ」
  「どっ、どうして売れないのですか?」
  「解っているんだけど、文才がないのよ、わたし。夢かなって、本は出している
  けどね」
   ちょっとだけ伸びをして、更紗は立ち上がり、ジーンズについた土や草を軽く
  はらう。
  「芳春ちゃん、お腹すいちゃった。一緒に食べにいこ」
  「こんな夜中にですか?」
  「私にとってはこれからが夕食なの」
   昼食が朝食になっているのだから、なるほど一食ずつずれているらしい。辞退
  するかを考える間もなく更紗にせかされ、芳春はけっきょく一緒について行くこ
  とになってしまった。
   寝巻きを着替え、芳春は更紗の待つ車庫に向かった。車庫には大きな車とバイ
  クがそれぞれ一台ずつ、置かれていた。エンジンがかかっているのはバイクの方
  だった。
  「………まさか、バイクでいくのですか」
  「もちろん、バイクでいくのよ。はい、ヘルメット」
   一抹の不安。それでも、大きめのヘルメットをかぶると、更紗にひょいと持ち
  上げられて、タンデムシートに乗せられた。二人乗り用のステップはあるものの、
  ぎりぎり足がつく程度で心もとない。たんっと更紗が前に座ると、赤ちゃんをお
  ぶうときのようなベルトがまわされ、いちおうは固定された。
   グローブをはめ、ゴーグルをつけると、軽くアクセルを回す。ぶぉんと、軽快
  な音と振動が伝わる。
  「じゃあ、いくよ」
   ぎゅっと更紗の体をつかむと、それを合図にして黒い機体はゆっくりと動きだ
  した。


   芳春にとって、24時間レストランにつくまでは、必死に更紗に抱きつくこと
  と、信号の度に深呼吸することぐらいしかできなかった。15分ほど走ったのか、
  気づいてみればバイクはレストランからの明かりに照らされた、思いのほかこみ
  あった駐車場についていた。
   ライトが消え、ふぉんと言う音のあとバイクはもとの静けさを取り戻した。ふ
  たたび抱きかかえられてシートから降りると、やっとヘルメットを取ることがで
  きた。
  「ぷはっ」
  「ご苦労さま。ちょっと恐かった?」
   優しい姉のように、笑いながら更紗が聞いてきた。どうもこの人は、からかう
  ことで相手に愛情をあらわす人のようだ、と芳春はため息とともに考えた。だか
  ら、憎むことができない。
   はたから見れば親子のような二人組は、明るい店内に入っていった。中はこん
  な時間だと言うのに賑わい、夜の喧噪を作り出していた。更紗と芳春は、ウェイ
  トレスの後について、4人用の窓際の席についた。
   芳春はジュースとケーキを、更紗はツナサラダとハンバーグのセットを頼むと、
  やっとひと心地ついて、二人はどちらからともなくため息をつく。
   外を見ると、ときおり通る車のランプが広い国道に流れている。それでも動い
  ているものはそれぐらいで、すべての店はきっちりと閉まりきり、闇の中にとけ
  こんでいるようだった。そして少し遠くにある信号だけが、黄色い点滅を繰り返
  している。
   店内は主はカップルや、何かのグループらしき青年集団だったが、なかには中
  年の二人組や勉強している若者もいた。広いレストランの席は6割がた埋まって
  おり、前後の席もそれぞれカップルと女だけの4人組が座っていた。
  「いつも、ここにいらっしゃるのですか?」
  「私はそんな不良娘じゃないぞ。いつもはだいたいは、舞姫が作りおきしておい
  てくれたものを食べている。まぁ、ときおりはこうして外で食べているけど」
   ふぅんとうなずいている間に、早くもジュースとケーキ、それにツナサラダが
  来たので、それぞれほうばり始めた。
  「しっかり説明しておくけどね、だいたいいつもあんな感じで幽霊とお話してい
  るの。朝の夜明けとともに眠って、昼頃起きる。だいたいいつもこのパターン。
  そして昼間は主に本を読んだり、小説を書いたりするのが毎日の日課」
   そこに宴会やら、飲み会が入るわけですね、と言いかけてやめた。最近、舞姫
  に似てきたかも知れないと思う芳春であった。
  「昔は、この幽霊とお話するのが嫌でね。私の方が悩みを誰かにぶつけたいのに、
  夜中になるといろんな幽霊が私のところに来て、訴えてくるの。それで、ちょっ
  とぐれちゃった」
   そう言って更紗は笑ったが、芳春は笑うことはできなかった。
   更紗は、小さな時から跡継ぎとしての教育はされてはいた。それでも、普通の
  人間であることにかわりのない更紗は、恋や友情、学業などに悩んでいた。それ
  なのに、夜になると容赦なく幽霊があらわれ、呪いの言葉、悲しみの言葉、後悔
  の言葉、辛い言葉をはきかけてくる。布団をかぶっても、枕で耳をおおっても聞
  こえてくる声から逃れることができない毎日がすぎれば、ちょっとぐらいぐれて
  も誰も文句は言わないだろう。
   辛かった、逃げたかった。すべての業から逃れたいと思ったが、やがてその苦
  しみを素直に受けとめられるようになった時、更紗は後をついだのだった。
   言葉の裏に含まれたそんな一生懸命の奮闘は、雰囲気だけしか芳春には通じな
  かっただろうけど、そのうち解ってくれるかも知れないな……と、更紗は考えて
  いた。
   芳春は解ってかどうか、ふうん……と呟いてふと外を見た。





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