#2742/3137 空中分解2
★タイトル (RAD ) 93/ 1/22 23:15 (147)
「野生児ヒューイ」第二部(8) 悠歩
★内容
ミンの回復は思った以上に順調だった。
ティナの恐れていた大きな後遺症の様なものも見られず、十日ほどで人の手を借り
てだが起き上がれるようになった。
ミンの回復を待つ間、ヒューイとティナは族長の客人として、充分なもてなしを受
けた。
いつしかヒューイとラガはすっかりと意気投合して、まるで古くからの親友同志の
様に肩を抱き合い、飯を食い、酒を飲み、歌を唄い、共に狩りに出た。
「族長さま、いらっしゃいますか」
「うむ、入れ」
中からの返事を待って、ティナは族長の小屋の入口に掛けられた仕切りの布をくぐ
る。
「おお、ティナか。どうした? 何か不都合があったか」
足の悪い族長は小屋の中央で煙草を吸いながら、ティナを向かえた。
野生の煙草のきつい煙が小屋の中に充満しているのを、不快に感じながらも、彼の
習慣に従いティナは族長に対し深々と頭を下げた。
『この村の祖先は、きっと日本人に違いないわ』
などと考えながら。
「いえ、何も不都合なことはありません。族長さまの心づかいのお蔭様で、大変快適
に過ごさせて頂いております」
「そうか。それは何よりだ」
意識しなくても、ティナはこの族長の前ではかしこまってしまう。
片足を失っているとは言え、自然の中で鍛え抜かれた肉体は、いまだラガをも凌ぐ。
また長年、族長として村を守ってきた男の威厳は、まだ若いラガには真似できるもの
ではない。
「実はそろそろ、村を出ようと思います」
「村を出る?」
「はい。本当はミンが、完全に良くなるまでいたいのですが、父のことも気になりま
すし。もしかすると、先日村を襲った黒い獣たちの事が手掛かりになるかも知れない
のです」
ティナは敢えて”ロボット”とは呼ばず、”黒い獣”と言った。ロボットと言って
も、その概念を彼らに理解させるのは無理だと判断したからだ。
「そうか、行くか。お前達には世話になったな」
「いいえ、こちらこそ」
「それでいつ?」
「はい、明日の朝に」
「うむ。それでは今宵は、最後の宴を催そう」
ティナは再度、深々と族長に礼をして小屋を出た。
翌朝、ティナは頭が割れるような頭痛を堪えながら、日の出と共に起きた。
昨夜はティナとヒューイにとって、この村で過ごす最後の夜と言う事で随分酒を飲
まされたのだ。ティナは十四歳。未成年であるが、この世界に於いては関係無い。初
めて口にした酒をおいしいとは思わなかったが、断わることも出来ず、次から次へと
飲まされてしまった。
ヒューイなどはティナの何十倍とも思える酒を飲んだ筈なのだが、それでもティナ
よりも早く目覚め、出発の支度を済ませていた。夕べの酒の残っている気配など、微
塵もない。
「おはようティナ、気分はどう?」
「もーっ、最悪よお。お酒なんて二度と見たくもないわ」
「ははっ、だらしないなティナは」
「あなたが異常なのよ。未成年のくせに」
「みせいねんって?」
「なんでもないわよ」
ヒューイとティナの出発を村人達総出で見送ってくれた。足の悪い族長さえ、木の
杖をつきながら見送りに出た。
「達者でな。ティナの親父さんが見つかるように、俺も祈っていよう」
「ありがとうございます。族長さま」
ティナは族長と話しながらも、ミンの姿を探し求めていた。まだ身体の完全でない
ミンは昨夜の宴にも姿を見せていない。そして今朝も姿を現していない。ミンに付き
添っているのだろう、ラガの姿もなかった。
「最後に、ちゃんとお別れがしたかったな」
ティナにとってこの世界で初めて出来た同性の友達。前の世界に於いても、これ程
心を通わせた友達はいない。少なくともティナはそう思っていたので、最後の日にも
ミンが姿を見せてくれない事を寂しく感じた。
実は朝、出発の前にラガの小屋に寄ったのだがミンの姿はなかった。あの身体で出
かけるなど考えられないのだが。
もしかするとミンも、別れが辛くて姿を隠したのかも知れない。ティナはそう思う
ことにした。本当はティナが思うほど、ミンはティナのことを思っていないのかも知
れない。しかしそうでも考えなければ、あまりにも切なすぎる。
「それでは本当にお世話になりました」
最後の挨拶を済ませ、ヒューイとティナは村を後にした。
「ラガ……、いなかったね」
胸の中のもやもやした気持ちを拭い切れず、ティナはヒューイにその気持ちをぶつ
けて見ようとする。
「ん? ああ、そうだっけ?」
「そうだっけって、ヒューイ。あなたは何も感じないの?」
「感じないって、何を? どうして?」
「あきれた……。あなたって、とことん鈍いのね」
「そう? 別に二度と会えない訳でもないじゃん」
「会えないかも知れないでしょう」
「んー、そうだけど………」
「もういい! ヒューイとじゃ、話になんない」
この世界の人々は、みんなこうなのだろか。だとすれば、ミンもティナとの別れを
それ程、寂しいものとは考えていないのかも知れない。
ティナの気持ちは何と無く、沈んだ。
『馬鹿みたい。私一人が何でこんな事、考えたりして……』
ガサッ
突然、彼らの行く手に二つの影が立ちふさがる。ヒューイは素早く槍を構えた。し
かし影の正体を確認すると、それを下げた。
「ミンちゃん! それにラガ!」
そこにはラガの肩を借りて立つ、ミンがいた。
「こいつがどうしてもと、言うもんでな」
ラガが、自分の肩をにその身を預けている少女を見遣る。
「よかった、ミンちゃん。姿が見えなかったから、寂しかたんだ。私の事、嫌いになっ
ちゃったのかと思って」
ティナは心から嬉しそうな笑顔をミンに見せた。
「ごめんなさい。ティナ達か今日、村を出ていくって聞いたから、ラガに頼んでこれ
を採りに行ってたの」
ミンは袋いっぱいに詰められた野苺を見せる。
「ティナが好きだって聞いたから………」
ティナはミンの気持ちに、胸が熱くなるのを感じ、涙がこみ上げてくるのをぐっと
堪えた。
それまでラガの肩に預けていた身体を離し、まるで初めて歩くことを憶えた赤子の
ように、よろよろとミンがティナの元へ歩み寄って来た。
「あ…。ミンちゃん」
驚いて両手を差し出してミンを向かえるティナ。そのままミンは、ティナの胸の中
に倒れるようにして飛び込む。
二人の少女は抱き合うようにして、お互いの温もりを感じ合っていた。
「ティナ………。あなた、ママとおんなじ匂いがする」
ぽつりとミンが呟いた。
ヒューイとラガは固い握手を交わし合い、ティナとミンはお互いの無事を祈り合っ
て別れた。
ミンと別れることは名残惜しく、まだしばらく村に残ろうかとも思ったティナだっ
たが、ミンがあの身体で別れを告げに来てくれたことで、気持ちは爽やかだった。
『やっぱり、ミンちゃんも私のこと思ってくれてたんだ』
『あんな身体で、私のために野苺を……』
手に持った小さな袋を見つめる。ラガに手伝って貰ったのだろうが、あの身体で野
苺のなっている所まで行くことだって、重労働であっただろうに。
『私のこと、ママとおんなじ匂いがするって』
『ママとおんなじ……』
『ママ……』
ここでティナの足がぴたりと止まる。
それまで上機嫌で何やら考え事をしているティナに、声を掛けられずにいたヒュー
イが怪訝そうに顔を覗き込んだ。
「どうかした? ティナ」
「ママ……。ママって言ったわ、あの子」
「ママ? なんだい、それ」
「そうよ、そうよね。ヒューイだって知らない言葉よね」
ティナは今来た道を振り返った。もう、とうに見えなくなった少女の姿を求めて。
「どうしたんだよ、ティナ」
「あの子も……、あの子も私と一緒だった……。いいえ、違う。私よりも小さい頃に
……、私よりずっと辛い目に会って………」
その場に座り込んでティナは泣いた。
「いままで私……、自分一人だけが、こんな辛い目に会って、不公平だなんて思って
た……。でも……、でも……マリアさんやミンちゃんは………」
きっと自分より辛いことを耐えて、生きて来たのだ。ティナは泣きながら、自分一
人が不幸だと嘆いていた事を恥じた。
「ヒューイ」
「なに?」
「私、強くなる。マリアさんやミンちゃんみたいに。きっと強くなる」
そう誓ったティナの目に一頭の子鹿が森を駆け抜けて行くのが写った。
【第二部・完 第三部に続く】