#2728/3137 空中分解2
★タイトル (RMC ) 93/ 1/19 12:32 (186)
海鳴りのスローバラード 09 〈トラウト〉
★内容
§
札幌から北へ少し上がったところ、国道二三一号線・石狩川河口あたりの海岸線
を、その風景に似合わぬ無粋なバス、つまりボディに局名が入った中継車が走って
いる。
みなみが、しばらく黙って運転をしていた北山に話しかけた。
「ついに来ちゃいましたね大晦日が」
「ああ、準備はいいか?」北山がみなみの顔を伺った。
「・・・・はい」とみなみは生返事である。
「そろそろだな」彼が海の方にあごをしゃくった先に、この世のものとは思えない、
大きな石の断崖が見えはじめて来た。
「・・・・初めてです、この辺」みながみよーく見ようとサイドウインドウを袖で擦っ
た。北山がヒーターを強くした。
「あと二十キロって感じか−−雄冬岬に着く。それからが大変だ」
みなみがフロントウインドウにオデコをつけ上を見上げた。
「ああ、今夜は満月に近い筈だ。月明りをあてにしてたんだけどな。止みそうにな
いな」
「これじゃ多分真っ暗ですね」彼女は中継車の自分と北山との連絡が心配になった。
「インカムがあるよ、インカムが」
−−インカム、無線機だ。
「そうですね、それに局との連絡電話をつけっぱなし、それからミキサー卓・・・・」
彼女がやる事をひとつずつ確かめ始める。
びびったのか?という顔で苦笑いをしながら北山が言った「その前にな・・・・」
「肉体労働でしょ、まかせといて下さい。えーとポケットの中に1−2−3−4、
5コのカイロを入れる予定!」彼女がそのカイロを北山に見せた。
「はは、すげぇな。もっとも氷点下二十度ぐらいにはなる、体感温度を考えると
もっとか。俺は漁師の息子だからな、そんなもん無くたって快感ぐらいなもんだ」
北山が強がりを言った、現にカイロなど持ってきていない様子だ。
「いんですか、そんな事言っちゃって」
「シバレ死ぬってか?あはは、大丈夫大丈夫」
というと、北山はタオルで、すぐにも曇ってしまうフロントウインドウを拭いた。
「鼻の奥がツンとするな」さすがにピンと張りつめる冷気の中で北山が呟いた。
みなみがフードを被り、ジャケットの中に口まで潜り込ませた−−海に切立つ雄
冬の断崖の上だ。真っ黒な雲塊がかなりの速さで流れている。
今夜の天候は雪という事だ。しかし、まだ昼下がりであるにもかかわらず、すで
にその雪は、降るというよりも、すさまじいまでの突風に煽られ、断崖の下から舞
上がるように降きよせている。
「本当ですね。でもこんな所が札幌の近くにあるっていう事の方が不思議です」
みなみが遠くを眺めながら言った。
「ああ、あまり札幌のやつは知らないようだな。俺がいつも島に帰る時の道だよ」
北山が目を細める−−すぐにも髪の毛の上、眉毛や睫にまで雪がたまり始める。
彼女が寒さに足踏みを始めた「すごいですね・・・・雪」
「たいした事ないよ、下に降りてみれば思ったより降ってない筈だ」
北山が崖下に降りる道を指さした。
「・・・・でも、ここにいると、どっちから降ってるのか・・・・埋れそう」彼女が更にカ
メのように、ジャケットに首を潜らせる。
「はは、中継車はエンジンかけっぱなしだ、埋れる事はないよ。まず、その箱をあ
けてくれるか」
彼女が段ボールを開けると、中から台所用のスポンジだわしがぞろぞろと出てき
た。彼はマイクの風防にそれを使うというのだ。
「マイク一○○本ですか?うひゃ」
それも通常は耐水マイクを使うのだが、足りずにスタジオ用のマイクを持って来
たようだ。
「ああ、かっぱらう様にスタジオのを失敬してきた」
「それで技術部ともめたんですか?」
「そう、喧嘩だよ。貸さないって言ったからな」
北山がいたずらそうな目付きで笑った。
「・・・・で、ミキサーが私になったんですか?」みなみはあきれかえった。
「そういう事。悪い悪い」
「悪い悪い、ばっかしですよ今回は、横チンだってあきれてますよ」
北山がそれで冗談は終りだといった感じで「その百本全部にそのスポンジをくく
りつけてくれ。スタンドは俺が下に行って全部組立てる。
これから、ここは満ち潮になるからな、あそこ−−岩に流れ着いてそのままのワ
カメがあるだろ、あの線の手前じゃなくて、マイクスタンドが三○センチ程海水に
埋るように、立てるんだ」とやらなければいけない事の説明を始めた。
「わかりました、私がケーブルを降ろします。卓のパンポットは?」
−−パンポットとは、ミキサーの上部についている装置で、例えばセンターにボー
カルを置き、ドラムスを左−−のようにステレオの音源を位置づけするものである。
「L(左)R(右)で一○○分割しろ」
「そんな、いくらFM局の卓だって、一○分割ぐらいにしか分けられません」
また、みなみがあきれかえる−−北山の冗談だ。
「大変だぞこれから、暗くなるまでに一○○本マイクを並べて、テストもしなけり
ゃな」
「ダイジョブです、体力だけは自信ありますから」
「はは頼むよ、俺は自信ない」
「北山さん!?」
「・・・・・・・・」−−バン!
「てめぇ!」
みなみが北山の顔に、雪のダンゴをおしつけた。緊張をほぐす為に茶目っ気を発
揮したのであろう。
「・・・・それだけ元気がありゃ大丈夫だ」北山は脇の雪をつかむと、自分の顔にそれ
をこすりつけるようにして洗い「よーし眠気が吹飛んだ。お前に全部マイク任せた
ぞ。俺は下に降りてスタンドを立てる」とそれをわきの下に抱えられるだけ抱え、
崖の下に降りていった。
すでに陽がかたむいてきたのか、あたりが暗くなりはじめた頃にどうにか二人は
その百本のマイクを整列させる事が出来た。
−−なんとかそっちが見えます・・・・壮観ですよ、北山さん。
−−テストだテスト。音を作ってくれよ。中継車の中と、外に立った時と同じに音
が聞えるようにしてくれ。
北山は崖下にいて、しばれ死ぬどころか、馬のように白い息を吐いている。中継
車の中では、みなみがその北山に常時インカムで連絡を入れている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・うーん」
−−全然だめか?マイクを立てる間隔をもっと広くして見るか?
−−またやるんですか?
−−やるしかない、やるしか
−−わかりました、私も行きますか?
−−頼むよ、それじゃ
マイクの位置がなかなか思うようにはいかず、その後また三時間ほど時間を費や
してしまった。二人はやっとのことで暖かな中継車に戻り、暖をとりながら、その
音源を聴いている。
外は相変らずの雪。いいだけ曇っていた中継車の窓も曇るのを通りこし、凍り付
いたようだ。窓だけではなくあちこちも凍り付き、つららが垂れ下がっている。
あたりは真っ暗だ。その中で中継車の回り10m程だけが浮上がるように明るい。
中継車の屋根にはすでにかなりの雪が積っている。
「天才だよ、みなみ。スピーカーでも外でも、まったく同じ音だ」
「まかせなさい、やるもんでしょ私」みなみにようやく笑顔が戻り、北山も安心し
たようだ。
「一応はこれでいい、あと何時間ある?」
彼女が時計を見て答えた「一時間です」
「そろそろスタジオと電話を繋ぎっぱなしにしてくれ。横チン心配してんだろ」
「あっ、はい」彼女がすっかり忘れていた事を思い出し、局に連絡をいれる。
北山が電話を受取る
−−おお、横田か?終ったよ今、マイクの幅がなかなか決らなくて・・・・
−−あっ北さん、全然いないんだから、電話してるのに。すぐそっちに行きます
−−なに寝ぼけた事言ってんだあ、お前
−−いいですからもう、ここ誰かに頼んで、僕がそっちに行ってディレクションや
りますから
−−なんだぁ・・・・シマキンがびびったのか?
−−違います
「・・・・北山さん!」みなみが目を見開いて北山を見た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親父か?
−−そうなんです・・・・危篤
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さすがに北山もどうしていいか、わからないで、しばらく黙っていた。その沈黙
に耐えきれないで横田があとを続けた。
−−癌・・・・今年いっぱいという事だったんですね・・・・それで仕事休んで・・・・天売に
行ってたって、お袋さんから聞きました。
−−よーし分った、一時間後に本番だ!
北山がふっきれたように立上がった。
−−北山さん!
北山は電話を切ると、止めるみなみの腕を振切って、岩場に降りて行ってしまっ
た。あわてて、みなみが、また電話を入れている。
『あ〜あもう、それどこじゃない』彼女は受話器を置き、外に飛出し、彼を呼んだ。
「うるせい!そこにいろっーみなみ!」声だけが聞える。
「北山さーーーん!」また叫んだ。
「いいんだいんだ」
「しかたないなあ」と彼女は中継車に戻り、また受話器をとった。
−−しょうがないよ横チン、言う事きかないよ北山さん。無理矢理連れて行くとし
たらどうやって?
−−天売か。そこから北に行った〈留萌(るもい)〉の先にある〈羽幌(はぼろ)〉
からフェリーで行くんだけどさ、一日に2・3本、もうある訳ないよ。
−−なんとかならないかなあ
−−ああ、お袋さんと相談したんだ。羽幌までなんとか連れてくれば、近所の漁師
に頼んで船出して貰うって・・・・あっ部長が来た!ちょっと待って・・・・
『なんとか持ってくれるといいんだけどな』
−−ダメだーみなみ!マグロ漁は秋で終り、船長が全部出稼ぎだとさ、参った。
どっちみち行けないとしたら、やるしかないかなぁ?
−−天売、見えそうなぐらいなのに
−−しょうがないよ、いいよやろう。選曲とCMの時間確認してくれるか?まった
く台本もなんにも作ってくれないんだから
−−OK
みなみがジャケットのフードを立て、下に降りていった。北山は岩場の水たまり
でジーンズの裾を膝まで濡らしながら、マイクの雪をはらっている。
「やってやろうって気になったか、みなみ」北山が笑った。
「・・・・はい、でも」
「親不孝か?」北山が手を休めていった。
「はい」
「はい、か?」
「はい」
「やっぱり、はい、か?」
みなみが思いだしたように「・・・・CMの時間はどうしますか?」と尋ねた。
「CMか・・・・邪魔だよ」
「邪魔?」
「音の邪魔だよ、あんなもん」と北山が答えた。
「・・・・・・・・」
「いくつある?CM」
「六○秒にまとめたのが一二本です」
「六本をカウキャッチ。残りの六本をヒッチハイクにして、番組枠から追出せ」
−−カウキャッチ(番組前CM)ヒッチハイク(番組後CM)だ
「えっ、そ、そんな」
「シマキンには黙ってろ、な」
「スポンサーはどうすんですか?」
「俺が責任とる」
「・・・・・・・・曲は?」
みなみは、もうなんでも北山も言う事を聞こうとは思うのだが、これだけは番組
の軸である、聞いておかなければ、と思った。
「細かい事言うな、あと何分だ?」
「・・・・はい、四○分前・・・・でも」
「大丈夫だ、船の上でなきゃあの親父はくたばらない。例え向ったとしても離島、
どうやって天売まで行く?調べてくれたんだろどうせ」
北山がまた「いいんだいんだ」とマイクの点検を始めた。