AWC 海鳴りのスローバラード 03 〈トラウト〉


        
#2722/3137 空中分解2
★タイトル (RMC     )  93/ 1/19  12:11  (142)
海鳴りのスローバラード 03 〈トラウト〉
★内容

 試聴室に行くと、ついたてで仕切られた3つ程のデスクの端の席に座り、ターン
テーブルを回し、ヘッドフォンをかけ、そのレコードを聴く作業を始めた。
 隣にもディレクターが来るので、ヘッドフォンをかけなければいけない。つまり
耳元でたっぷりと演歌に遭遇のお時間なのである。

父`ャカチャンチャン チャカラカチャンチャン あなたあのぉぉ なみだぁがあ〜

 なるたけ〈心〉で聴かないようにして、みなみはそれを聞く事にした。

浮ケえ〜つなぁくうぅぅてえ〜よせばあ、いいのにいぃぃぃ、またお酒えええ

 それにしてもやはりかなりコタえる。やっと終ったかと思えば、ストップウオッ
チをキチンと押してなかったり、イントロの秒数を計り忘れていたりで、また〈す
ごろく〉のようにイントロに戻れ−−とくる。
 結局半日それをやったか。瞼は腫れるわ、食欲ないわ。しかし、そのこれを毎日
やるのであるからして、気持は相当暗くなってきた。まるで牢獄である。
 おまけに、たとえそのアシスタントを卒業したとしても、今度はその番組担当の
ディレクターになる−−というモロモロを考えるに、逃出したいような気持ちには
なったが、いかんせんまだ一日目の独房である。逃出したくとも逃げられない。
「みなみ、終ったのやっと、どう?」
 彼女が椅子の背に上半身をもたれ掛るようにして、天井を見つめていると、そこ
に横田が帰って来た。
「・・・・牢獄です」彼女はそのままの姿勢でポツンと言った。
「ふふ、そうだろ。でもリスナーは楽しみに、番組待ってたりすんだよな」
 彼がかたわらに、高く積まれているハガキを指さした。
「リスナーからの葉書、ほらそこに沢山来てるだろ。それ読んでさ、相手を喜ばせ
る曲かければいんだよ、自分の気持ちなんかどうでもいんだからさ。北さん、そう
やって言ってなかった?」
『だったら辞めな。一種類の音楽だけ好きで、ディレクターが出来ると思うか?』
「とどのつまりは、そういう事だね」
「そっか・・・・少しだけ気持がラクになったかナ?」と彼女は首を小さく傾げた。
 もろに好きにならないと出来ないと結論を出していたのだが、合理的に処理すれ
ばいいのかと思ったのだ。
「そうだろ、自分の意志も凄く大事だけどね、ディレクターは只の音楽ファンじゃ
努まらないんだから・・・・そのうち好きな番組持てるよ、ね」彼がそう言って慰めた。
「うん、有難う、横田さん」
「ふふ、横チンでいいよ横チンで」彼は言うと「父`ャカチャンチャンッ」と盆踊
りのように手を振りながら去って行った。



 横田が制作部−−といっても部屋もなく、ただワンフロアに雑然とデスクが並ん
でいる一角だが、そのデスクの脇の応接セットでレコード会社の宣伝マンと無駄話
しをしていると、デスクにいた北山がなにやら割り箸?いやそれよりも薄い竹で出
来たものを口にあて、音を出し始めた。

−−ボエン ボン ビン ボエン

「何ですか?北さんそれ、民族音楽の楽器?」横田が振向くと「ジュースハープじ
ゃないですか?それ」宣伝マンが横から口をはさんだ。
「ムックリだよムックリ」デスクの上に足を乗せている北山が答えた。
「えっ、ムックリ?」
「アイヌの口琵琶。ジュースハープっていうのはアメリカだっけかな?どこかの国
にもあって、おんなじような音がするけどな、それは金属で出来てる。これはアイ
ヌのジュースハープっていうところかな」
「へえアイヌのは竹で出来てるんですか?」横田が興味深そうにそれを眺めた。
 それは、茶色の薄い竹を2センチ幅で一五センチぐらいの長さに削ったもので、
その削ったへらのようなものにU字型に切れ込みが入っている。
 その切れ込みの頂点に紐が結んであり、切れ込みを口にあて、その紐を強く引く
と「ボエン!」というような音がする、口の開き方によって音程も変るようだが、
ただそれだけの単純な楽器だ。
 横田がそれを口にあて、紐を引張ってみた『ブ ブ ブッ』
「全然ダメだ、鳴らないですよこれ。北さん旨いですね」
「いやいや、俺がやってるワールドミュージックの番組あるだろ。あれでこの前ア
イヌの特番やったんだ。もっと凄い音するんだよコレ・・・・」
 何事もいいなあいいなあっといって、せしめるのが彼の悪いクセだ。
「相変らずそういうの好きなんですね」横田が苦笑しながら言った。
「ああ、なんかつまんなくてよ最近の音楽。リスナーが大学生ぐらいなら、まだな
んとかついてけるけどな。最近は中学生だろレコード買ってるの。それに合わせた
番組作るなんてどうもなあ・・・・」
「でも、合わせてるんじゃなくて、リードしてるんですから」
「でも横田さん、レコード会社の宣伝が言うのもなんだけど、そうみたいですよ。
小・中学生に売れないとダメなんですよ、特に邦楽は。下手するとウチの売上だっ
て七○%ぐらい小・中学生かもしれないっすよ。だからレコード会社はリードして
るんじゃなくて小・中学生に向けて作ってるんですよ」
「・・・・そうかー」横田が彼の持ってきたアイドル歌手の新曲を眺めながら、呟いた。
「そうだろ横田。それで大学生とか社会人は英語放送ときたもんだ。英語もわかん
ねえクセしやがってよ」
「・・・・でもFMって空間の飾りっていうか、クルマの中だってそうだけどBGMじ
ゃないんですか?だから、英語の意味分らなくても・・・・」
「そうだよ横田、だから煮詰る。昔はよ、でっかいコンポーネントの前で、椅子に
キチっと座って音楽聴いたじゃないか・・・・FMだって最後までスピーカーを睨んで
聴かなかったか?」
 北山が正座をするかのように、キチンと背筋をのばしていった。
「北さん、もういないんですよそういう人・・・・だからBGMです。北さんみたいな
民族音楽の研究って素晴らしいですけど、そういうのって少数派でしょ」
「おお〜横田が俺に意見するとはな」北山がおどけて首を振った。
「そんなんじゃないんですよ一般論として・・・・」
「はは、わかったわかった。だから俺は、その寂しき少数派の為に民族音楽の本を
出版したり、アイヌのLPを出したりしてるんだ」
「聴きました。なかなか渋かったですよ」
「しかしあれも自費出版で売れてない、で飲む金もない」
「北さんディレクターよりも、そっちの方で有名だもんな」
横田がいうと『うるせい奴だな』という顔をしながら北山が「おいそこの宣伝マン」
とその宣伝マンを指さした。
「村中です、東京レコードの。まだ名前覚えてくれないんだから」と彼が口をとが
らせた。
「飲みいくか三人で?飲み」
「・・・・だって、さっき飲みにいく金ないって。横田さん!」
 宣伝マンが横田に助けを求めたが、横田はにやにやしながら窓の外を眺め始めた。
「お前随分長いんじゃねえか札幌?接待費も持てない新米じゃあるまいし」と北山
が脅かしにかかると、その村中は「わかりましたよ、行きましょうよそれじゃ」と
しぶしぶ財布の中身を調べ始めた。


                               §


 制作部の窓から、大通り公園の芝生の上で、いち早く半袖になった女性たちが弁
当を広げているのが見える。
 そろそろ夏も間近といった頃。例の『演歌でGO!GO!』は、みなみがディレ
クターを担当する事になった。好きも嫌いもなく、合理的な考えもやはり持てない。
 ディレクターになった事を、遠くで喜び、近くで悲しむというか、ヘンな具合で
はあったが、一応はディレクターというものになれた。
「部長!ゲストコーナー作っていいですか、この番組」とみなみが制作部長の前に
立ち、企画メモを出した。
 制作部長の島田欽一だ。北さんが名付けた陰のあだ名がシマキン。
 開局当時のディレクターという事のようではあるが、このオッサン、なにせ小姑
のように、番組のひとつひとつに細かく、うるさい。要するに窓際−−その大いな
る暇にまかせて、ディレクターや番組の荒さがしをし、わからない難癖をつける事
で有名なのだ。何事も一応はこのオッサンの了承を得ておかないと、あとですねら
れると困る。
「ゲストコーナー?いいですねぇ、演歌の大御所なんか出すんですか」
 そのシマキンがメガネを半分ずらし、彼女を覗きながら言った。
「はい、ばっちり出します」と彼女が言うと、シマキンは何度もうなずき「神崎ク
ン、元気あってたのもしいですね。楽しみにしてます、お願いしますよ」といいな
がら目を細めた。
「あっ、それからこの前の番宣シートね、漢字がひとつ違ってたよ」
「あっ、はい気をつけます」首だけで彼女がお辞儀をすると、嬉しそうにしてシマ
キンは手を横に振りながら「うん、僕もいちいちチェックはするからさ」と言った。
 ゲストコーナーなどやりたい筈もなかったのだが『番組のパワーアップの為にや
れ!』という北山の一言で、彼女は、さも自分からの提案のようにシマキンに伝え
たのだ。
 それからというもの、演歌の大御所から、無名の新人まで。着物を着たオバサン
歌手から、おかまじみたムードコーラスの色男まで。様々な、彼女いわく〈おどろ
おどろしい面々〉が毎週その番組にゲストとしてやってきた。
 『大御所は大抵がヤクザの幹部のようなものだと思って間違いはないが、まず先
生と呼んでおだてあげるのだ』と彼女は北山に教えられた。
 しかし、普通のオジサンオバサンが熟知している大御所さえ、彼女はまったく名
前すら知らない訳で、これが更に大がかりな演技を要求される事となった。





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