#2720/3137 空中分解2
★タイトル (RMC ) 93/ 1/19 12: 4 (138)
海鳴りのスローバラード 01 〈トラウト〉
★内容
「初めまして、わたくし神崎みなみと申します。まさか日高さんが私の番組に出て
下さるとは思いもしませんでした−−感激してますっ!」
ディレクターの神崎みなみが緊張した面もちで彼を迎えた。
今やロック界トップの座に君臨している男−−日高飛馬。マスコミ嫌いで有名な
彼が、どういう訳か今日に限って、ローカル/札幌ノースFMの番組に出演するら
しい。
付添ってきたマネージャー氏が、いち早くディレクターの前にたち、名刺を差出
すと「あっどうも大森です。ホントに恐怖のスケジュールでねぇ。昨日の朝まで六
本木でレコーディングやってまして、その足で札幌、それで・・・・」といかにも恩着
せがましく、スケジュールのハードさを説明しはじめた。
飛馬がそんなマネージャーを制し、ディレクターのみなみに尋ねた。
「やめろよ大森。神崎さんどこかでお会いした事ありましたっけ?」
「はい、これまでのツアーをすべて見させて頂きました。昨日の打上げには末席で
参加させて頂きました」
「あっそうでしたか、話も出来ずにすみません」
手首にビスの打込まれたレザーベルト、瞼には紫のアイシャドー−−といっても、
そのヘンのチンピラとは大違いか、思いがけず彼はみなみに深く頭を下げた。
「いえ、結構です」恐縮したみなみが一歩下がって返事をすると、またマネージャ
ーがしゃしゃりでた。
「神崎さん、この番組はどういう番組なんですか?」
・・・・どうして彼にこういうマネージャーが?と彼女が考えていると「彼、何をしゃ
べればいんですかねぇ」とまた突っ込みである。
「しゃべりたい事をお好きに−−」彼女はそれを突放すように言った。
「あの・・・・パーソナリティーとか司会とかは?」
「大森さん、この番組お聴きにになった事ないですよね?」
「すみません、ないんですよ」マネージャーがうすら笑いをしながらいった。
ローカル局の番組など知るはずもなく、気まぐれで出たといった所か。
「司会者はおりません。三十分後から二時間の生放送です」
「ええっ二時間?司会者なし?」
「下にオープンのジープが止めてあります。私が助手席でマイクを持ち、日高さん
に運転してもらいます・・・・で、ウトナイ湖に向いながらインタビュー。それから湖
畔で、また一言頂きます」
みなみが番組内容を初めて一気に言ってのけた。
「・・・・・・・・ウトナイ湖?」マネージャーが飛馬の顔を伺った。
「気が向かないのであれば、お帰りになって頂いて結構です!」みなみが言い切る。
「ちょっと待って・・・・そりゃあないでしょ神崎さん、聞いてないなあそんなの。
勝手に全国ツアーにくっついてきてさぁ、名刺渡しただけで何にも言わず・・・・と
うとう根負けしたっていうか・・・・」
彼女はそれを聞流していた。
飛馬は知らぬ振り。リズムをとるように体を揺らしている。
「聞いてるの?神崎さん!あんまりひたむきなんでブッキングして上げたのに、ア
ーチストの事なんにも考えてないじゃないの。外は雪ですよ雪!風邪ひかそうって
いうんですか?」彼がついに怒鳴り始めると、それまで黙って二人のやりとりを聞
いていた飛馬が、いきなり低い声で言った。
「−−面白いなあそれ、大森」
マネージャーが彼に目を向けた。
「俺は嫌いなんだよインタビューが」
「でも、出るっていったじゃあ・・・・」
「だから彼女がこうしてくれた、お前はそこまで解れ。番組も失礼のないように、
なんで事前に聴かせてくれないんだ?」
「だって、たかがローカルの番組でしょ」
とうとう化けの皮が剥がれたという事か、マネージャーが皮肉を言出した。
「俺のアルバムは東京でしか売れてないか?」
飛馬が目の上に落ちてきた前髪を後ろにはらいながら言った。
マネージャーは反論もできずに、ただ、しどろもどろするばかりである。
みなみの瞳が輝いた−−。
「ありがとう御座います!日高さん。それじゃ早速時間もないので−−」
彼女は、唖然と立ち尽すマネージャーを残し、その日高飛馬をつれ去るように、
駆足でエレベーターに向い、雪のちらつく屋外に飛出して行った。
ステージで環境保護を訴えていた超大物のロックスター日高に、彼女は、ラムサ
ール条約で指定された野鳥の保護地区・ウトナイ湖に、それも自分の運転−−つま
り自らの意志として行って貰い『しゃべりたい事をご自由に』と二時間まるごと預
けたのだ。
飛馬が怒って立去ったとしても、何の不思議もなかった。彼女は出演交渉の時点
で内容を明せば、最初からやりはしまいと思い、生放送の直前に提案するという冒
険に出たのだ。
しかし、それが通じた。彼女は天にも昇る気持であった。
言うまでもなく反響はこれまでにない程にあった。彼のファンにとっては意外に
も〈本当の彼〉をかいま見れたという事であろう。
神崎みなみ二四才。今でも忘れない−−ノースFMのディレクターとなって2年
目の出来事であった。
§
彼女がペコンとお辞儀をして言った「初めまして、神崎みなみです」
入社当時、初出勤のみなみである。
いかにものリクルートスーツにパンプス姿であるが、それがなんとも初々しく、
大きな目と皓い歯が印象的な普通のおんなのコである。
「北山です、ひらの」とメンドウそうにデスクの男が言った。
『ひらの?』彼女が分らないでいると、彼が「ひらのディレクター、ひ・ら・の」
と繰返した。やっと冗談だとわかり、みなみが遠慮がちに笑った。
ノースFMのナンバー1ディレクター・北さん、こと北山だ。
一八○を超えるかのような背と厚い胸−−まるでクマのようなその風貌は、お世
辞にも音楽愛好者には見えないのだが、どうやら一生〈ひら〉つまり、現場を離れ
がたい、といった人物らしい。
「可愛いのねー君、いくつ?」
「二十二です」とみなみが元気よく答えた。
「新卒でFMディレクターね、肉体労働だよ。会社にでもお勤めしたら?」と北山
が、緊張している彼女に茶々を入れる。
「いえ短大出て、二年間は〈ファースト〉でバイトをしてました」
−−ファーストとは札幌にあるイベントの会社だ。
「ああファーストね。なにやってたの、そこで」
「切符をコンピュータで打ったり、コンサートの警備をしたり・・・・です」
「ステージの一番前で後ろ向きに座ってる−−あれか?」
北山が尋ねると、みなみがうなずいて「そうです。アンコールの時なんかドドッ
とお客さんなだれ込むでしょ、全員で手をつないで、こうガッ!と防ぐんです」と
ポーズをとった。
彼は自分の前に突出された彼女の胸をみて「オッパイ触られなかったか?」と聞
いた。
みなみは一瞬北山の言葉に困惑したが、そういう事は考えてみればよく合ったの
だ「・・・・ぶっとばしました」といい、また胸を張った。
「そうかそうか、ま体力に自信はあるって事だな。君の企画書、あれ面白かったよ。
来週から番組やるか?」
「えっ、いんですか!やります」彼女は大きな瞳を一回り巡らせていった。
いくらなんでも、半年ぐらいはやらせて貰えないとヨんでいたのだ。
「皿回しは出来るか?」
「・・・・皿回し?」
「レコード回さないディレクターいるか?」
「あっレコード回すやつですか、うちのステレオで・・・・」彼女の声が小さくなった。
「そうか、何も知らないんだ。それじゃ編集も出来ないな」
「文章には自信ありますっ」
それを聞いて、一瞬分らなかった北山が笑いだした。
「はっはっは、出版社じゃないんだここ。録音テープをつなげるのが編集」
「あっ、それなら出来ません」
「イばる事じゃないけどな」
「教えて貰えれば、出来ます」
意気消沈した様子の彼女をみながら、北山が禁煙パイプをくわえた。
「しょうがないな、音楽はどんなのが好きだ」
「ソウル系が大好きです」
「・・・・あとは?」
「とりあえずソウル系のかっこいいのがやりたいんです」
それを聞きながら、彼は愛想のないグレーのデスクの本立てに挟んであった、番
組編成表を手にとり、眺め始めた。
「そうか、よし。それじゃ日曜昼の生『演歌でGO!GO!』が君の番組だ。横チ
ンがやってるから、当面はそれのアシスタント。はい」と、けんもほろろである。
「あのぉ」・・・・そう言われてもみなみはまったく演歌が苦手なのである。
「嫌か?だったら辞めろ。一種類の音楽だけ好きでディレクターが出来ると思うか?
どのディレクターも一番やりたがらない〈日曜の〉〈演歌の〉〈生番組〉をまず君
がやるんだよ」北山がみなみの目の前に三本指をつき出し、彼女の顔を覗きこんだ。
「あっ・・・・はい、頑張ります・・・・あのぉ」
北山は、後は第三スタジオにいる横田に全部聞けと言放つと、横にしていた椅子
をデスクに戻し、やりのこしていた原稿だろうか、を書き始めた。