AWC 六文字の殺人 4      永山


        
#2712/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/18   8:18  (200)
六文字の殺人 4      永山
★内容
4.Dの殺人
 吉野はイニシャルがKの人物の列挙をやめた。人数の多さが理由である。
(だいたい、被害者が残したんだ、すぐにそれと分かる言葉じゃなければ、意
味がない。Kには他の意味があるんだ)
 吉野は鑑識からの報告書類に目を移した。
 小澤進一の死亡推定時刻は、発見された日の前日、午後十時からの二時間で、
死因の方は何らかの刃物による刺殺。凶器は発見されていない。
 第一発見者は田西頼五郎。被害者と同じ高校の教師で、二年生の学年主任。
しかし、吉野ら刑事にとっては、横倉和代が殺された事件でも第一発見者だっ
たという印象の方が強い。
 どのようないきさつで田西が、小澤が殺されているのを発見したのかは、田
西自身の弁によると、次のようになる。
「あの日、小澤先生は無断で休んでいる形になっていました。彼と親しい先生
数人にも話を聞きましたが、誰も何も聞いていないということでした。その前
日までは元気にしていたので、早速、電話を入れてみましたが、応答がありま
せん。それが朝の九時でしたか。そのときは手の空いている者がいなかったの
で、そのままにしておきました。
 結局、私に時間ができたのは放課後しばらくしてからで、午後六時に小澤先
生のマンションに一人で向かいました。到着したのは、午後六時半頃でしたか。
玄関の呼び鈴を押しましたが、これまた何の応答もありませんでした。
 どこかに出かけているのかと思い、近くの喫茶店でしばらく時間を潰し、午
後七時十五分ぐらいに、またマンションに行きました。ですが、やはり応答が
ありませんでしたので、ドアにある新聞や郵便物を差入れる口から中を覗こう
と思いましたら、夕刊だけでなく朝刊までが取り込まれていなかったのです。
これは何かあったんではと、ノブに手をかけましたが鍵がかかってました。
 管理人に事情を話し、開けてもらったところ、あのようなことになった小澤
先生を発見したという訳なんです」
 管理人にこの点を確かめてみると、間違いないようであった。管理人がマス
ターキーで鍵を開けたのである。
 小澤自身が持っていたはずの鍵は室内になく、犯人が持ち出し、施錠したも
のと考えられる。その鍵は、未発見のままである。
 小澤という教師は真面目そのものという風評で、ある意味で、一緒にいても
つまらない人間だった。それ故か女性の噂は全くなく、部屋も男の独り暮しら
しく、そこそこに散らかっていた。
 これはつまり、動機が見あたらないことを示している。金も異性関係も怨恨
もないとなると、簡単には判明しそうもない。
 よって、まだ容疑者は絞られていないのだが、ともかく発見者の田西と、被
害者と親しかった体育教師の白井悟郎に、犯行時刻頃のアリバイを調べた。結
果は、両者とも明確なアリバイは持たず、田西が家族と一緒に家にいた、白井
が一人でマンションにいたと証言した。
 動機が見つからないと言えば、横倉和代の事件も同じであった。タクシード
ライバーだった夫に先立たれてからは独り住まいだった彼女は、音楽のことに
なるとやや自己陶酔の面があったが、それ以外は物静かな普通の中年女性だっ
たらしい。教師仲間や近所とのトラブルもない。
 根本という女生徒が持って来た暗号とその答から、麻薬に手を染めている田
西を、横倉がとがめた結果、殺されてしまったと考えるのが妥当なようだ。楽
譜の暗号は、自分の身に何かがあったときのことを考え、残していたのだろう。
 しかし、田西の身辺から麻薬の存在は出てこない。また、前にも考えたこと
だが、田西自身が宿直のときに、学校で横倉を殺すのはおかしい。仮に、田西
の宿直を見計らって横倉が詰め寄ったんだとしても、いきなり殺してしまうだ
ろうか? 殺してしまったにしても、田西は車を持っている。少しでも遠くに
遺体を移動させようとはしなかったのか? どうも不明確な点が多すぎる。

 また殺人事件だ。音楽の横倉に続き、化学の小澤が殺されるとは、全く異常
だ。もうすぐ冬休みだと言うのに、学校はざわついている。いや、休暇に入る
直前はいつもざわつくが、今回はその質が違うのだ。いの一番に学校側が心配
しているのは、受験生への影響だろうか、学校としての体面だろうか。
 自分としては推理小説が好きなだけに、実際の殺人事件にも興味がある。が、
新聞に出る程度の手がかりじゃ、あまりに少ない。時に週刊誌やスポーツ新聞
を買ってみても、細かな情報は手に入らない。
 それに、例の原稿もあって、どっちにも身が入らない状態だ。
「おい、仁。おまえ、暗号が得意だったよな」
 原稿を前にして別のことを考えていると、国吉が声をかけてきた。
「得意って訳じゃないけど、興味はある」
「楽譜の暗号、解いたんだろ? だったら、一つ、こっちも考えてみないか?」
 国吉は文字の書かれた藁半紙を見せてくれた。そこかしこに染みがある。
「何だ? 濡れてるな」
「あ、トイレ前の廊下で拾ったんだ。何で濡れてるか、知れたもんじゃないぜ」
「うえっ。よせよ、汚い」
「ま、大丈夫だって。教員トイレの方だから、そんなに出入りは激しくない」
「教員トイレって、おまえ、あっちのトイレ、使ったのか? 遠いのに」
「職員室行ったついでだったから。それより、早く考えてみろよ」
 促され、紙の文字に見入る。いや、文字と言ったが、そうではないのかもしれない。
記号か? とにかく、書かれている文字を示してみよう。
      .
D□+□□O▽=□〜

 と、紙のまん中に書かれていた。最初こそDのようだが、他は記号ばかりだ。
▽の上の点も気になる。
「数式だとしたら、D□と□□○▽を足すと、□〜になるってことか。それに
しちゃあ、上にある点がおかしいか」
 ぱっと閃いたことを口にする。
「この前の根本さんのあれ、事件に関係あったんだろう? ひょっとしたら、
これもあるんじゃないか?」
「そんなうまくいくかい」
 即座に否定してみせた。もちろん、事件に関係している方がありがたいが、
前が人影が倒れていた場所に落ちていたのに対し、今度のは教員用のトイレ前。
関連性がないと判断されても、当然のところだ。
「今は原稿で忙しいから、後で考えとくよ。紙、もらっていいだろう?」
「いや、別に俺は解いてもらわなくてもいいんだけど。根本さんとどうなって
るんかなって方が、興味ある」
 何だ、暗号はダシか。しかし、考えてみると、根本だって暗号をダシに僕に
近付いたと見なすのは、自惚れか。
「いつだったか、二人で街を歩いていたんだって、噂になってるぜ」
 ニヤニヤする国吉。そんな噂になっているとは、聞いていない。
「誰から聞いた?」
「出所は分かりませーん」
 ふざけてやがる。
 二人で歩いたのは、この前の原稿を頼まれた日しかない。あのとき、あった
奴と言えば……平沼か。親が私立病院やってる金持ちで、本人も医大を目指し
ているはずなのだが、そんなに勉強しているようには見えない。あのときだっ
て、街をぶらついている雰囲気だった。三角柱の形をした全面ミラー張りのビ
ルの前で、ちょっとすれ違っただけで、お互い声もかけなかったが。
「いいか。根本さんとは、思われているようなことはない」
 そう言い切った後、僕は小声で「少なくとも今は」と付け足した。
「さあて、原稿を書き上げないとな。今日の放課後までなんだ」
 僕は芝居めいた声を張り上げた。視界の隅に、根本が見えたような気がした。
 原稿は、文学とミステリーの両立をテーマに適当に仕上げた。本当は、もっ
といい文章にしたかったが、どうも身が入らない。今度の事件を解決したい。
そんな妄想が、鎌首をもたげているせいだ。
「今日も一緒に帰らない?」
 水木先生との話もそこそこに、職員室から出た途端、根本に声をかけられた。
「また買物?」
 やはり悪い気はしない。愛想よく応対する。
「ううん。別にこれといってないんだけど」
 気になる区切り方だ。ないんならどうして買物に行くのか。そこを聞きたい。
「いいよ。また噂にされても知らないけどね」
 根本が微笑んだ。

5.Nの殺人
 この頃になると、学校は終わるのが早い。そうなると、クラブに入っていな
い者は帰宅も早い。
 クリスマスイブを目前に控えた金曜日。つまり、冬休みは日曜から始まるこ
とになる。最悪だ。もし、一日でもずれてくれていたらと思いながら過ごして
いると、思わぬ訪問者があった。
「え、刑事?」
 不安そうな母に呼ばれ、僕も不安になる。が、同時に期待感も募ってきた。
「学校の事件のことで、生徒一人々々に聞いて回っているんだって」
 母はそれで納得しているのか。どうして死んだ二人が受け持ってもいない生
徒の家を、刑事が訪ねるかなんて考えないようだ。
 玄関に出てみると、警察も人手不足なのか、中年男性が一人いただけである。
常に二人組で来るのかと思っていた。
「吉野です」
 努力して丁寧にしているのが丸分かりだった。だが、彼の外見そのものはい
かにも刑事然としていて、僕は好感を持った。
「色々と話を聞きたいんだが」
「あの、家族に迷惑かけたくないので、どこか外で話せませんか?」
 これは嘘だった。僕自身が家族を気にしてしまうからだ。探偵は孤独でなく
てはならない。
「いいでしょう。車があるからどこへでも」
 こちらが一人になると分かると、急に高圧的になったような気がした。とに
かく、喫茶店を指定する。敢えて「グイン」だ。
「近頃は、男でもこんな店を好むのかね?」
 中年の刑事は、目を丸くしている。
「いえ。話をする途中で、便利がいいんですよ、ここは」
 吉野という刑事の質問の主眼は、やはりあの楽譜暗号のことだった。根本が
名前を出してくれたことに感謝する。最初は嫌だったけれど。
 僕がいきさつを話し終えると、刑事はうなずいた。
「何だ、この店で暗号を拾った彼女と会った訳か。それなら理解できる。とこ
ろでだ、根本という生徒は、先生に対して何か恨みを持っていなかったかね?」
 あまりにぶしつけな質問だったので、面食らう。何とか質問の意図を理解し
た。動機捜しのターゲットを、生徒の方にも向けてきたのだ。
「……持っていないでしょう。あったとしても言いませんよ」
「そりゃそうだろうな」
 そうしてお互い、意味もなく口元を曲げて笑う。
「ふん。どうやらみんな正直者だ」
「じゃあ、根本さんにも同じことを聞いたんですか」
「ああ。彼女、ちゃんと答えていたよ。『桜井君は横倉先生や小澤先生、田西
先生を恨んだりなんかしていません』とな」
 嫌な気分だ。それならこっちも遠慮しない。
「疑いは晴れたんですよね? それでは暗号を解読して差しあげたんだし、何
か情報をくれませんか?」
 むっとした顔つきになる吉野刑事。それがほぅという顔になった。
「君は推理小説好きだって、誰かから聞いたな。担任の」
「白井先生」
「そう。いい体格している先生だ。警官向きだな。どんな教育をしてるか知ら
んが、先生は教えてくれなかったか? 現実と紙の上は違う」
「では、あの暗号をそのまま渡したら、あなた方に解けましたか?」
「分からんよ。だが、今のところ、あれは役に立ったとは言い難い。麻薬なん
て、田西の周囲からは匂ってこない。だからこそ、君を疑ったんだ」
 挑戦的態度がいけなかったか、しっぺ返しを食らう。こうなれば、切札だ。
「実はですね、もう一つ、暗号を拾ったんですよ」
「何だって?」
 信じられないという顔。
「どこでだ?」
「校舎の中、とだけ言います。ですが、そこはほとんど教師しか使わないよう
な場所だったんですよね。これだけ教師間で事件が起こっているのだから、何
かの関係があるかもしれない」
「見せてくれないか」
「全面的な情報公開を要求します」
「あのなあ、捜査への協力は市民の義務だ。その暗号を渡しなさい」
「協力が義務なら、それこそ情報を公開して下さい。僕に解けるかもしれない」
 少々考えたらしい吉野刑事は、やがて結論を出した。
「ふむ……。証拠隠ぺいは罪になりかねんぞ。いいか。プライバシーに触れな
い点なら教えてやる。大ごとにしたくないからな、ありがたく思え」
「いいですよ」
 僕はさらっと言ってやった。だが、それだけじゃ信用できないから、事件の
概要をまとめたメモをその場で書いてもらい、藁半紙の暗号と交換した。
「これか。あーあ、手で触りまくって指紋が消えてたらどうする」
「僕は触ってません。端を持っただけです」
「国吉だったか? これを拾った生徒の住所を教えろ」
 もはや当初の言葉遣いは消えていた。それでも気分が回復していたので、教
えてやる。この程度なら、国吉も迷惑がるまい。噂で翻弄してくれたお返しだ。
「送ってやるから」
 短く言うと、先に刑事は立った。僕はコーヒーを流し込むと、後に続く。
「今度は解答付きじゃないんだな」
 家の前で刑事が言った。ささやかな仕返しをしたつもりのようだ。意外と刑
事はつき合い易い。

−−続く




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