AWC 六文字の殺人 3      永山


        
#2711/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/18   8:13  (174)
六文字の殺人 3      永山
★内容
3.Kの殺人
「麻薬、か」
 田西頼五郎の身辺を探ってみた吉野刑事であったが、芳しい成果は得られな
かった。田西は学年主任を勤めるだけあってか、聞き込みでも清廉潔白な人柄
しか出てこない。麻薬なんて、最も縁遠いものである。
「生徒の口車に乗せられたかな、こりゃ」
 しかし、あの根本とかいう女生徒が全面的に嘘をついていたのではなさそう
だ。彼女が持ってきた楽譜は、確かに横倉和代の筆跡による物と認められたし、
音楽の規則から見ておかしいのも明らかだった。
「暗号か。いつ、被害者はこれを書いたのかねえ」
 吉野は考えた。
 死ぬ直前ではない。前もって書いていたのは確かだろう。自分の身に万が一
のことがあった場合、第三者に事件を、あるいは犯人を知ってもらいたいため
にこれを書いておいた。自分の身が危険にさらされるのを承知していたという
ことは、被害者は犯人に会って、相手を問い詰めようとしたのではないか。こ
れなら筋は通ってきそうだ。
 横倉の死亡推定時刻は、発見当夜の午後九時半から十時半の間。この間の田
西のアリバイは、忘れ物を取りに来た根本によって、一部証言されているが、
他は不明瞭なままだ。
「田西には機会はあったろうが、動機がない。暗号の読み方が間違っているの
か、田西が巧妙なのか……」
 田西が麻薬に関して巧妙だとしたら、今度の殺人についてはずいぶんお粗末
だと思う。自分が宿直のとき、学校で殺人を犯せば、疑われる確率は高くなる。
ここいらが、どうもしっくりとこないでいた。

 期末試験も乗り切り、もう気楽である。成績はそこそこあればいい。そんな
気分でいるものだから、時としてぼーっとすることもある。
「−−井君! 桜井君、聞こえないの?」
「ん?」
 呼ばれていたのか。当番の掃除も終わって、ぼんやりと考えごとをしてしま
ったらしい。教室には声の主と僕以外、誰もいない。
「何だ、根本さん」
「何だじゃないよ。何回、呼んだと思ってんの?」
「四回ぐらいじゃないの」
「もう、そんなことはどうでもいいから、試験も終わったことだし、例のこと
を言っておこうかと思って」
「警察ね。どうだったん?」
「別に叱られやしなかったけど、指紋をべたべた付けちゃったのが、お気に召
さないらしくて、嫌みを言われたわ」
「それぐらい、しょうがないよ」
「でね、暗号解読については、こっちの言うことを聞くだけ聞いて、『なるほ
ど。では、お引き取り下さい』だって」
 ふむ。
「ねえ、当たってなかったのかな、桜井君の解読方法で?」
「そうじゃないだろう。当たっていても、警察が『そりゃあ凄い。どうもあり
がとう』なんて、言うわきゃないさ」
「それもそうか」
「それだけで終わったの?」
「ええ、これだけ。何の連絡もなし」
 それなら、わざわざ知らされるような話じゃなかったような……。
「あたしはまた、警視庁って言うの? そこから金一封でももらえるかと思っ
てた」
「もらえるにしても、犯人逮捕後だよ」
「なあに? 警視庁だの犯人逮捕だの、物騒な言葉が聞こえていたけど」
 不意に、第三者の声が割って入ってきた。そちらを向くと、水木千夏子先生
がいた。僕が、心の中でも「先生」と付けることにしている、数少ない教師だ。
「あ、先生」
 机の上に腰掛けていた根本が、素早く降り立った。
「そんなかしこまらなくていいのよ。用があるのは桜井君の方だし」
「用?」
「あのね。私が文芸部の顧問をしているのは知っているかしら」
 水木先生は国語が専門で、日本の文学にも興味を持っていると聞いている。
若い頃(今も充分若いが)、色々な文芸賞に投稿し、一度だけ、雑誌に作品が
載ったこともあるらしい。そんな文学少女だった訳だから、文芸部の顧問をし
てもおかしくない。
「何となく知ってはいましたけれど、それが」
「部では月に一度の割合で、会報を出しているの。学級ごとに配ってもらって
いるから、目にしたことがあると思うけれど」
「あります。六ページから八ページほどの新聞みたいなのでしょ? 書評が大
部分を占めている……」
「それよ。今、冬休み前の号を出そうとしているところなんだけれど、推理小
説の特集を組んでいたの。それで、横倉先生も割とその手の本がお好きで、原
稿を頼んでいたのだけど、まだ書き上げてもらっていない内に、今度の事件が
起こったでしょう。こんな事件が起きたばかりなのに、推理小説特集だなんて、
不謹慎だって言われそうだけれど、もう新たな原稿を書く時間もないから、こ
の特集は変えないつもりでいるの。でも、横倉先生の分が空いてしまうのよ。
それで、色々と当たってみたら、白井先生があなたのことを言って下さって。
どうかしら、推理小説を主題に短い文を書いてみる気はない?」
「ははあ、余計なことを白井先生も思い出してくれたなあ」
 渋ってみせたが、内心は結構嬉しい。水木先生は教え方がうまい上に美人だ
から、男女を問わず生徒間では人気がある。手伝いができるなら、喜んでしま
しょう。
「だめなの?」
「いいえ。推理小説のジャンルについて、自由に決めさせてもらえれば、引き
受けます」
「もちろんよ。よかったわ。分量はね、このぐらいだから、勉強に差し支える
なんてことはないと思うわ」
 そう言って先生が取り出したのは、藁半紙に10×25程度の升目がコピー
された物。それが二枚。
「なるべく、多めに書いてね」
「締め切りは?」
「あっ、二日後でどうかしら」
「大丈夫だと思います。水曜日の放課後、職員室に持って行けばいいですか」
「ええ、結構よ。お願いするわ」
 そうして教室を出て行こうとした先生だったが、ついっと立ち止まった。
「そうそう、桜井君。あなた、横倉先生の事件に関して何かを拾って、それを
警察に届けたそうね」
「あ? 拾ったのも警察に届けたのも僕じゃなくて、こっちの根本さんです。
それより、どうしてご存知なんですか?」
 退屈そうにしていた根本を指さしながら、僕は答えた。
「あら? 警察の方が来て、根本と桜井って生徒はどういうのですか、なんて
聞いていったからよ」
「根本さん、警察で喋ったの、僕の名前?」
 すると、彼女はばつ悪げにするでもなく、
「うん。暗号解読について話すとき、桜井っていうクラスメートが解きました
って」
 と言った。すると今度は、水木先生。
「暗号? 暗号なんか拾ったの?」
「ええ。横倉先生が最初に倒れていた場所で、根本さんが拾ったそうです。そ
れを見せてもらって、僕が解いたんです」
「へえ、どんな文章になったの?」
 意外と推理っぽいことに興味があるのか、先生は身を乗り出すようにした。
「あまり大声では言えないんですけど」
 そう前置きして、僕は例の解読文を口にした。
「麻薬に田西先生ですって? 信じられない……」
 開いた口に手を当てる水木先生。その驚いた表情なんかを見ていると、まだ
大学生と言っても通りそうだ。
「そう言えば、田西先生、学校に来られてませんね?」
 根本が言った。
「そうなの。事件の決着がつくまで、自宅待機というか謹慎みたいな形ね。警
察にもしょっちゅう、呼び出されているそうだし……。いけない、こんな話、
先生と生徒の間でするもんじゃないわ。時間も経ったし、用事があるから。あ
なた達も気を付けて帰りなさいよ」
「はい」
 素直に返事して、先生を送り出す。
「だいぶ大ごとになってるわね。ワイドショーでやってるの、見たし。いつの
間に撮ったのかなあ、ウチの学校の風景や、生徒の通学なんかが映されてた」
「もうすぐ終わるさ。田西先生が捕まってね。それよりも、僕は原稿で忙しい
から」
 渡された用紙を鞄にしまうと、僕は教室を出ることにした。
「一緒に帰ろ」
 思わぬ声が背中にかかった。
「あれ? 根本さんて歩きじゃなかった? 僕、私鉄だから」
「買物のついでがあるの」
 根本は鞄を手に、僕の横についた。
 電車の中でも、彼女は僕の横に座った。どういうつもりなんだろう?
 やがて、ここらで一番の繁華街に通じる駅に到着。降りると、まず半円形の
ビルが目に飛び込む、仲々の近未来都市している空間だ。

「この前、事件があった学校の関係者が死んだと聞いて来ました、吉野ですが」
 後ろ姿を見せている刑事らしき男に、吉野は声をかけた。相手の階級が分か
らないので、こんな物言いとなる。
「あ? 何だ、吉野さんじゃないですか」
「お? その声は浜本刑事か?」
 振り返った男は、室内の明りのため、顔が影になっていたが、吉野は声で男
が浜本だと分かった。吉野と浜本はかつて、ある連続殺人事件について合同捜
査を行ったことがある。
「以前と同じ様な展開で、会えましたね」
 比較的若い浜本が言うと、吉野は何も言わずにうなずき、嬉しそうに笑った。
それからすぐに表情を引き締める。
「被害者の名前は?」
「小澤進一と言いまして、三十五才。周辺の住人や管理人に聞いて、**高校
の化学の教師だと分かりました」
「確かに、同じ高校だ」
 二人の刑事は、現場である室内に移動しながら、話を続けた。
「死亡推定時刻とか死因は後ほどとして、これを見て下さい。まあ、刺殺には
違いないんですが」
 浜本は目で鑑識員に合図すると、遺体の手の先を示した。
「K?」
 そこには血文字でKとあった。被害者の右手にも、血糊がべっとりと付着し
ている。
「瀕死の被害者が、間際に書いた手がかりか」
「そう思いたいんですが、吉野さん。見て下さい。動かされた形跡があるでし
ょう」
 浜本の言う通り、床に敷き詰められたグレーのカーペットには、血が渦巻く
ように痕を残していた。
「これは……被害者が自力で動いたのか、犯人が遺体を動かしたかってことで
すかな?」
「まだ、どちらとも。もし、後者だとすれば、血文字のKは逆さまになってし
まうんですね」
「なるほど……」
 吉野はそれでも、イニシャルがKの学校関係者を思い浮かべようとしていた。

−−続く




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