AWC 【五式戦の鬼】零戦がどうした!航空日本は陸軍機に限る


        
#2640/3137 空中分解2
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【五式戦の鬼】零戦がどうした!航空日本は陸軍機に限る
★内容


 『五式戦の鬼』



 ●血まみれで側溝に死ぬ母子●

 2人の子供が側溝の中で、鮮血に染まって倒れていた。どちらも
3つか4つという年齢か。米軍の戦闘機P51Dムスタングの機銃
掃射の犠牲になったのだ。

 航空機銃の威力は人体には甚大だ。相手の航空機の装甲を破壊す
る威力の銃弾が人体を貫通するのだ。命中すると肉体は四散する。
子供は一人が頭部を半分吹き飛ばされ、一人は腕に当ったのだろう。
肘から先がちぎれ飛んでいた。こちらの子供はまだ生きているが、
出血が激しく、もうあまり動いていない。

 傍らで呆然としているのは母親だったのか。母親も腹部を撃たれ
ていた。もんぺの生地を越えて鮮血がほとばしり出ていた。苦しい
うめき声。それでも子供の安否が気になるのか、空中を空しく手が
探っている。腹部を撃たれたとなると銃弾が背中から貫通したはず
である。この母親もかなりの確率で死ぬだろう。

 手を差しのべようとする。ともかく何かしてやらなければ。



 ●飛行服姿の俺に冷たい視線●

 しかし、さしのべた俺の手が、民間人の手で振り払われた。悪意
がこもっていた。側溝から立ち上がったばかりの俺に、周囲の視線
が無言で突き刺さる。飛行服を着ている俺。帰隊する途中で空襲に
会い、側溝に飛び込んだ俺。戦闘員の俺は無傷で助かり、非戦闘員
の3人の母子が銃撃の犠牲になった。

 ひっそりと担架が到着し、母親と2人の子供が、運ばれて行った。

 連日の米軍の空襲。戦闘機までが低空飛行で市民を無差別銃撃し
はじめた。それなのに、ほんのちかくの陸軍飛行基地からは迎撃に
飛び立つ戦闘機は、一機もない。なぜだ。なぜなのだ。

 飛行服を着ている俺。陸軍飛行基地の空中勤務者と誰が見ても分
かる。誰も何も言ってはこない。なじる言葉もかけてはこない。し
かし、母子三人を担架で運ぶ民間人の無言が、俺のなかで言いよう
もない凶暴なものを駆り立てた。

 担架で運ばれて行く母子は、すでに3人とも死亡したらしい。担
架はほどなく地上に置かれ、周囲に手を合わせる人垣ができた。俺
は、人垣を避けて基地への道を急いだ。



 ●迎撃するなの軍命令●

 本土決戦に備えて、各飛行隊とも損耗が激しい対戦闘機戦闘は控
えよ。そうした命令が飛行基地に出されているのが、民間人には知
るはずがない。我が者顔に飛行する敵戦闘機を見ながら、林の影で
息を潜めている、陸軍戦闘機部隊。


 夕方、この日3度目の警報が出る。敵大型機40機編隊が紀伊半
島南部より侵入。小型機多数の随伴あり、飛行高度は約4000メ
ートル。かなりの低空侵入だ。市街地は焼夷弾攻撃で手ひどくやら
れるだろう。

 また眺めるだけだ。

 そう思ったとたん、俺は退避壕へ行く代わりに、乗機を掩蔽して
いる飛行場周囲の林の中に駆け出した。


 ●五式戦を独断離陸させる●

 掩蔽された陸軍五式戦闘機が林の中に並んでいる。傍らにはいつ
出撃命令を受けてもよいように、地上勤務者が身を潜めている。乗
機のそばにいた彼らに俺は怒鳴る。

 『飛ぶぞ。ペラ回せ』

 拒否する地上勤務者。命令がありません。だめです。

 『俺が命令する。いいから出せ。出さねば自分で出す』

 俺の気合いに押されて、彼らが動く。あるいは彼らとて連日の出
撃なしに理不尽なものを感じていたのか。しかし、そんなことは俺
にはどうでもよいことだ。掩蔽が外され、五式戦が姿を現した。操
縦席に飛び乗る。燃料、銃弾ともに充足している。エンジン始動。
三菱製ハ一一二2型空冷二重星型十四気筒、1500馬力のエンジ
ンが快調に始動する。


 車輪どめが外され、滑走路に向かう。滑走路上に姿を現した五式
戦を見て出撃禁止の命令違反に気がついた司令部幕僚たちが、表に
でてきてわめいているのが見える。勝手にほざけ。俺はやる。




 ●くそくらえだ無線命令●

 増速して離陸。ただちに上昇。以前乗っていた陸軍四式戦(通称
/疾風)の鈍重な上昇に比較して、なんと軽やかなことか。たちど
ころに高度400メートル。普段は感度が悪い無線機から、この日
ばかり鮮明に地上からの命令が届くから皮肉なものだ。

 引き返せ。命令だ。引き返せ。

 肝心かなめの戦闘のときは役に立たない無線機のくせに。腹がた
ってスイッチを切る。

 飛行高度を4500メートルに決める。雲を利用して撃ち下ろし
に攻撃をかけてやる。雲量は4。高度4000メートルの戦闘なら、
地上からも俺の戦いは、はっきり見えるはずだ。

 間もなく敵戦闘機がやってくる。遠めに見ると陸軍三式戦闘機と
間違えそうな外観。P51Dムスタングだ。ざっと30機。はるか
に遅れて超重爆B29の編隊。もとより勝算などどうでもよいのだ。
倒れた母子三人に差し伸べた俺の手が、邪けんに振り払われたとき、
俺はもうどうでもいい、そう決意したのだ。



 ●P51を連続で撃墜●

 相手は雲の下すれすれに見え隠れする俺に気がついていなかった。
高度差五百メートルを降下しながら、射撃する。俺の20ミリ機関
砲弾を浴び、一機のP51が機体の破片を飛び散らせて空中分解す
る。一機撃墜。

 敵編隊はばらばらになった。編隊をつき抜けていったん高度30
00メートルまで降下し、再上昇。混乱した敵機の中のひとつに照
準して再び射撃。200発しかない胴体内の20ミリ弾はたちまち
撃ち尽くす。致命弾を浴びせられず。逆に態勢を建て直してきた敵
機数機に背後から付かれる。

 いったん急降下してすぐ上昇。五式戦ならば、しぶといP51を
振り切れる。激しく機動しながら上昇する。周り中が敵機だ。追尾
を振り切ったと見るや反転して、一機を照準に捕らえる。12.7
ミリの射撃。照準した敵機の右翼に射弾が集中。狙ったP51は右
翼を引きちぎられて錐揉みになりつつ落ちて行く。2機撃墜。

 素早く反転する。この時から相手も本気になった。激しく撃たれ
る。曳航弾が風防をかすめて行く。次はあいつだ。たまたま照準に
入ったP51に再び12.7ミリの射撃。背後から胴体に銃弾が吸
い込まれる。煙りを吐く敵機。撃破は確実。



 ●被弾したが脱出ができない●

 さあ、次。

 そう思った瞬間に、敵の銃弾から激しく左の翼を撃ち抜かれた。
バリバリバリバリと嫌な破壊音。やられた。機首にも命中したらし
い。エンジンから白煙が出て、それが操縦席に入ってきた。何も見
えなくなった。

 さらに撃たれている。逃げなければ。風防を開けようとするが開
かない。左に急旋回しつつ、なおも脱出しようとする。と、その途
端追跡してきたP51の一機と空中衝突した。



 ●二機撃墜、一機に体当り●

 この様子は、地上からはっきりと見えた。日没直前の空襲に陸軍
機が一機だけ迎撃に飛び立ってムスタングを二機、確実に撃墜した。
そして体当りでもう一機。ぶつかった五式戦とムスタングは、もつ
れるように墜落して大阪市郊外の畑に落ちた。

 壮絶!陸鷲単機衆敵に挑む

  大阪上空 敵戦闘機編隊に敢然 殴り込み

   二機撃墜後 一機に体当り

 翌日の新聞の朝刊に、紹介された俺の記事。戦死した俺は、むろ
ん目にすることはできなかった。







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