AWC 「危脳魔流探偵譚」(9)   久作


        
#2627/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF     )  92/12/30   0:27  (105)
「危脳魔流探偵譚」(9)   久作
★内容
        ・夢・

    鏡三郎は夢を見ていた。大きな寝台の上で体を強張らせ、呻いて
   いる。夢の中でも鏡三郎は寝ていた。そこに五月が入ってくる。冷
   たく美しい無表情に戦慄を覚え、鏡三郎は跳び起きようとした。金
   縛りに遭ったように、体が動かない。五月は寝台脇の小卓に珈琲碗
   と砂糖壷を置いた。それで五月は出ていく筈だった。それ以上の動
   きは出来ない筈だった。五月は鏡三郎の方を振り向くと近付いてき
   た。叫ぼうにも鏡三郎の口は動かない。五月は身を屈めてくる。五
   月は鏡三郎の顔に覆い被さり、唇を重ねてきた。
    「愛してる」
    五月が囁いた。生身の人間だった。暗紫色のドレスを着ているが、
   五月と思って見ていたのは、緑だった。
    「愛してる あなたに抱かれたかった・・・」
    緑の目は涙を浮かべている。
    「それを亀吉が・・・ 亀吉がムリヤリ あたしを・・・」
    鏡三郎の口が漸く微かに動いた。
    「お おまえは おまえは・・・」
    緑は人差し指を鏡三郎の唇に押し当て、制した。
    「言わないで」
    緑は立ち上がり、小卓の前に立ち、砂糖壷の蓋を取った。
    「珈琲に砂糖は入れないのよね あなたは でも・・・」
    「やっ やめろっ やめろっ」
    緑は寂しげに笑うと、思いつめた表情で一匙の砂糖を珈琲に落と
   した。
    「うわああああっっっ」
    跳び起きた鏡三郎は汗に塗れた顔を手で拭った。節くれだった百
   姓向きの手だ。傍らのヨク磨き上げた小卓を顧みた。何もない。が、
   薄っすら人の手形が残っている。手形の指はスンナリと細く長い。
   紀子? しかし紀子の手はもっと小さい。鏡三郎は唇に手を遣った。
   心なしか濡れている気がした。

        ・捜査・

    「よお 驚きだな お前がブルジョアジーの食客になってるとは
     さては改心したか マルクス・ボーイ」
    「人聞きの悪いコト言わないで下さいよ 美作さん」
    「人聞きが悪いって マルクス・ボーイのことか
     それともブルジョアジーの食客って所か?」
    「どっちもですよ その性格 どうにかならないんですか?」
    「鏡三郎に言われるとはね 俺は お前ほど裏表はないゼ」
    「お互い様ですよ それより まだ犯人捕まらないんですか」
    鏡三郎はワザと解りきったコトを訊いた。
    「ふん 何のコトだ こりゃあ殺人事件じゃないゼ」
    「はっ 何 とぼけてるんですか」
    「とぼけてなんかないさ 殺人事件じゃないんだよ これは」
    「真面目に聞いてるんですよ 俺は」
    「俺だって真面目さ イイか 鏡三郎
     殺人ってのはな 死体があるだけじゃ いけねぇんだ
     凶器も犯人も 動機だって必要なんだよ」
    「凶器って・・・ 毒殺なんでしょ?」
    「多分な・・・っとっと あのなあ 毒殺って言ってもな
     毒がなけりゃ 毒殺になんねぇだろうが」
    「え 毒は発見されなかったんですか?」
    「ああ 少なくとも砒素とかいう今まで使い古されたのはな
     言っておくが 新たに発見発明された毒は 検出不可能なんだ
     その物質が毒であることが証明され 組成も解らなきゃ 検出
     できない 検出できなきゃ 証拠にならん」
    「じゃあ 新手の毒?」
    「そうは思うが これが軍事機密扱いで 手が出ないんだ」
    「軍事機密? じゃあ やっぱり・・・」
    「ん 何が?」
    「い いえ 軍事機密って?」
    「どうも 山名教授は 軍の依頼で毒薬の研究をしていたらしい」
    「山名教授を疑ってるんですか?」
    「ああ 立派な動機がある」
    「どんな立派な動機ですか?」
    食ってかかる鏡三郎の目をジッと美作は見つめている。鏡三郎も
   実は山名父子が犯人と確信するに至っていた。しかし山名父子を、
   宏二を庇ってやりたかった。
    「美作さん 何故 山名教授を疑ってるんですか?」
    「ふん 解った お前は容疑者から除外してもよさそうだ
     実は お前を一番 疑ってたんだ
     でも何も知らないみたいだから・・・」
    「なっ なんですって ドウいうことですっ」
    「山名教授と お前が組んで犯ったのかと思ってた ってコトさ
     お前にも動機があり しかも この家の家庭教師だから
     近付くことも簡単だからな」
    「だから どういう・・・」
    美作は辺りを見回し、誰もいないのを確かめると、声をひそめて
   話しだした。話を聞いて鏡三郎は驚いた。たしかに疑おうと思えば
   鏡三郎にも十分な動機があった。しかし鏡三郎は、その事実を今ま
   で知らなかった。美作の話は以下のようなモノだった。
    3年前の夏、山名恵子を見初めた桑折亀吉は、執拗に養女にしよ
   うと圧力をかけた。山名教授の研究資金を出していた企業を買収し、
   研究資金をストップさせた。困った教授を見兼ねた恵子はすすんで
   養女になることを申し出た。が、二日後、自殺した。帰って来た遺
   骸には縄と無数の鞭の痕が残っていた。
    「・・・本当に 自殺だったんでしょうか」
    「ああ それは間違いない 俺も解剖報告は確かめた」
    「でも・・・ それじゃあ 軍事機密も絡んでるコトだし
     もう捜査止めましょ ねっ ね 美作さん
     だいたい 亀吉なんて 殺されても仕方ないコトしてんだから」
    「いつもの お前らしくもない 真理の探究とやらいう
     お題目は ドウした」
    「俺の求めてるのは 経世済民のための真理ですよ」
    「はあん その真理とやらを説いているのが マルクスっていう
     昔のドイツのブンヤさんってワケかい」
    「・・・・・・」
    「とにかく捜査は続ける あのアカ父子をしょっぴてやる」
    「美作さんっ」
    美作は鏡三郎の部屋を出て行こうとした。その時、階下から女の
   悲鳴が響いてきた。

(続く)




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