#2626/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 92/12/30 0:24 (111)
「危脳魔流探偵譚」(8) 久作
★内容
・疑惑*緑の凌辱・
月光に照らされた庭を、鏡三郎は眺めていた。鏡三郎は夜の景色
が好きだった。夜は全ての物がモノ・クロームになる。白昼に晒す
素顔は傷も曇りもあり醜いが、細かい汚れを拭い去った柔らかい単
色の世界は美しい。ウットリと庭を眺め回していた鏡三郎の視線が
二つの影に焦点が合うと、ピタリと止まった。一つはホッソリと高
く、一つはポッテリと低い。高い方に低い方が寄り添い、まとわり
付いて、こちらに歩いてくる。緑と紀子らしい。
紀子は突然、緑の胸に飛び込んでいった。緑が丸い肩を包み込む
ように抱きしめる。緑は紀子の耳元で何か囁いているようだ。緑の
肩は震えている。緑が紀子を抱きしめているのではない。緑は三寸
ほども低い紀子に、しがみ付いている。紀子が優しく背中に手を回
している。紀子が顔を上げる。緑もビクリと紀子の首筋に埋めてい
た顔を上げ、二人は見つめ合う。武者振り付くように緑が紀子の唇
を奪う。一瞬、紀子は身を固くするが、すぐに脱力して、緑の背中
に回した右手をユックリ腰へと下ろしていく。
影絵芝居は五分ほどで終わった。間近に鏡三郎を発見した緑が、
慌てて顔を離した。紀子はバツの悪そうな顔をして早々に立ち去っ
た。緑と鏡三郎だけが残る。
「おめぇ 紀子さんに・・・」
もともと三白眼の鏡三郎の目は一層白っぽくなり、まっすぐ緑を
睨みつけている。
「あ いや あの・・・」
緑はシドロモドロになって俯く。
「大方、亀吉に凌辱されたのをネタに同情を引いたんだろ」
「え そ そんな・・・」
「隠したって無駄さ 昨日の昼間か一昨日の晩かは知らねぇが、
おめぇ 亀吉にムリヤリ犯されたんだろ
ふん 今でも歩き方がチョット変になってるしな
まだ痛むのかい」
悪魔のような暗く冷たい声だ。緑は肩を震わせ歯を食い縛ってい
る。冷たい声は続く。
「おめぇ 五月にソックリだもんな 亀吉が寵愛してた五月によぉ
亀吉は嗜虐趣味があったらしいからな おめぇも縛り上げられて
コッテリ犯られたんだろ え
それともナニかい 自分から進んで・・・」
緑は怒りに燃えた目で鏡三郎を見返した。
「ひっ 人の気も知らないでっ あっあたし あたしっ・・・
あんたなんかっ あんたなんかぁ」
緑の白く震える頬に涙が幾筋も流れていく。緑は駆け出していく。
鏡三郎だけが取り残される。鏡三郎は脇に下ろした両の拳を握り締
めたかと思うと、崩れ落ちた。うずくまり丸めた背中に銀色の光が
降り注ぐ。鏡三郎は地面を掻きムシっている。月が冷たい笑みを浮
かべ、見下ろしている。
・疑惑*政治抗争・
鏡三郎は紀子と向かい合って珈琲を飲んでいた。紀子は気まずそ
うに俯いたまま。鏡三郎は重たい口を開いた。
「紀子さん・・・」
「え あ はい」
「緑・・・さんのコト 好きなのかい」
「え あ あの・・・」
紀子はハッキリと答えた。耳の裏まで赤く染まっている。
「奇麗なヒトだからね・・・」
鏡三郎は落ち込んだ口調で、取って付けたようなコトを言う。
「あ あの でも・・・」
以前から鏡三郎の気持ちを察してはいた紀子が口ごもる。
「いや いいんだ 大好きだったお母さんにも似てるんだろ」
紀子は俯いたまま、チョットはにかんだ。静かな会話はココで打
ち切られる。
「はぁっはっはっはっ 朝っぱらから逢いびきかな」
山先満だ。相変わらず声が大きい。紀子はプイと立ち去る。
「おはようございます」
「おはよう おはよう いや今日もイイ天気ぢゃ
はっはっはっはっはっ」
模範学生を演じることには定評のある鏡三郎は、山先を相手に、
皇国の美風やら楠公の美談など、物語に過ぎない「歴史」について
暫く話し合った。
「いや 若いのにヨオ知っておられる さすが 学士さんぢゃ」
山先はスコブル機嫌がイイ。
「はあ ところで 山先さんは 何故 桑折邸に?」
「ははは お勤めぢゃよ お勤め」
「お勤め?」
「うむ 今度の総選挙ぢゃが 君は どっちに付いとる」
蛇のような目で山先が鏡三郎を覗き見る。
「はあ 特に政治思想は持っておりませんが R党の方が・・・」
「そおぢゃろ そうぢゃろう うむ 心ある者は そう思うとる」
山先は余計に機嫌がヨクなった。九竜党がR党寄りなのは周知の
事実だ。実際は鏡三郎は既存政党を全く信用していなければ、R党
も大嫌いだった。
「しかし 選挙はコレじゃしな」
山先はニヤリと笑って指で輪を作り、言葉を続けた。
「桑折君は T党の市支部長ではあるが ワシとも長い付き合い
R党への援助を頼みに来たのぢゃ」
「え でも・・・」
「うむ 勿論 本人は生前 イイ返事をせんかった
・・・最後の最期までの
ぢゃから 遺族に頼み込もうと思うての R党の支援を
長男の亀次君に直接頼んで 支援して貰おうと思うてな
それで居座っとるワケぢゃ」
「でも 亀吉氏がT党の支部長してた手前 亀次さんも 支援し
にくいんじゃ?」
「普通ならな ぢゃが T党は桑折君が支部長ぢゃからと
過大な資金提供を長男の亀次君が経営する会社に
いつも要求しておった
ぢゃから 亀次君はT党のコトをヨク思っておらん」
「なるほど」
「とはいえ 今の世の中 政党や官僚と繋がっておらぬと
何かと商売が滞る そこで R党が支援を依頼する
亀次君とて 渡りに舟ぢゃろ はっはっはっはっはっ」
(ふうん、九竜党にとっても亀吉は邪魔だったんだ。しかも九竜
党は思い切った武力行使で名高い政治結社だしな・・・)、鏡三郎
は亀吉の死を、複数の人間が望んでいたのを知って慄然とした。し
かし、どれも殺人の動機にしては、やや薄弱な気もした。それに、
どのように殺人が行われたか、そもそも殺人であったのか、それが
皆目解らなかった。
(続く)