AWC フォールアウト・シティ 2   リーベルG


        
#2607/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/12/27  22:40  ( 93)
フォールアウト・シティ 2   リーベルG
★内容

                   2

 老けたな。母親を見た瞬間にそんな想いがよぎった。
 5年前に父親が死んでから、母は確かに老け込んだ。一人息子が遠く離れた都会に
去ってしまったことも遠因となっているに違いない。胸が痛んだ。
 「部屋は掃除してあるよ」母はぼくが高校時代に使っていた湯呑みにお茶を注ぎな
がらいった。「布団も干しといたから」
 「うん」
 「そうそう」母は台所に行くと、手に新聞を持って戻ってきた。「事故の記事が載
ってるよ。東京じゃ載らなかったでしょう。見たいと思ってとって置いたよ」
 「ありがとう」ぼくは畳にそれを広げた。
 最初の新聞は一昨日の夕刊だった。全国紙では片隅にしか載っていなかった記事が、
こちらの地方紙では、大きめに掲載されていた。
 曰く、
 「乗用車事故。カップル死亡」
 一昨日、つまり日曜日の午後8時30分頃、1台の乗用車が海岸線を走る国道で、
カーブを曲がりきれずにガードレールに激突。そのまま突き抜け、10メートル下の
テトラポット群に突っ込んで、乗用車は直後に爆発炎上。運転席の大東電力社員、高
原浩一(29)と、助手席の同社員、荒川香苗(28)が死亡。二人ともシートベル
トをしておらず、また体内からはアルコールが発見された、というような内容だった。
 二人の写真が載っていた。ぼくの記憶より少し変わったマッシュと、香苗が笑いか
けている。気のせいか、その笑いは空虚に見えた。
 昨日の新聞には、やや小さな扱いで、事故の検証結果が載っていた。ブレーキを踏
んだ形跡がなく、車はガードレールに対してほぼ直角に突っ込んでいた。カーブの手
前で運転手が一瞬、居眠りをしたと推定される。
 「可哀そうにねえ」母がしみじみと言った。「2月には結婚だったのに」
 それは知っていた。ぼくは微かな羨望をまじえてだが、マッシュと香苗の幸せを願
っていたのである。たとえ、10年間、ほとんど音信不通だったにもかかわらず。ぼ
くと美咲がとうとうできなかったことを、あいつらには成し遂げてもらいたかった。
 ぼくは新聞をたたみ、少し冷めたお茶をすすった。ぼくの心の中のように、苦い味
が舌に残った。

 次の朝、ぼくは会社に電話して、簡単に事情を述べて休暇を申請した。どうせ、コ
ンピュータ業界全体の不況のおかげで、かなり暇だったし、ここ数日の円安の影響で、
ぼくが担当する顧客の証券会社の証券管理システムの開発も、延期になったところだ。
もっとも、それほど長く休むつもりはない。マッシュたちの葬式が終わったら、2、
3日休んで、来週からは仕事に戻るつもりだった。
 浩一がマッシュと呼ばれていたのは、マッシュルームが大好きだったからだ。弁当
には必ずマッシュルームを使った料理が一品は入っていたし、キャンプでカレーを作
ったときも、山のようにマッシュルームを投げ入れてひんしゅくをかっていた。今ま
では、気にもしなかったが、これからはマッシュルームを見る度に思い出すだろう。
 ぼくは美咲が運転するシビックの助手席に座って、ぼんやり外を眺めながらそんな
ことを考えていた。美咲は、1時ちょうどに迎えに来て、母と挨拶をかわしたきり、
一言も口を開いていない。美咲の表情は、身につけた喪服のように暗かった。ぼくも、
何となく声をかけずらく、街の観察を(またはそのふりを)続けていた。
 葬儀は市の公会堂で行われていた。見覚えのある同級生の顔も目についた。彼らは
ぼくを認めると、小さく頷いて見せたが、話しかけてこようとはしなかった。
 喪主は、マッシュの叔父にあたる人だった。マッシュの両親は数年前にガンで相次
いで他界しており、肉親は他にほとんどいない。
 焼香をすませ、弔辞が読まれた。大東電力の関係者からが多かった。実際、葬儀に
参列している人間の大半は、マッシュと香苗の同僚なのだろう。マッシュが技術副主
任だった。原子力発電所の技術副主任が、どれくらいの地位なのかはわからないが、
あいつは優秀な奴だったし、ぼくと違って人好きのする奴だった。
 大東電力の関係者は、ぼくを無遠慮にじろじろ見ていた。明らかによそ者を見る目
だった。大東電力はこの市の原子力発電所で成り立っているようなものだ。人にせよ、
金にせよ、かなりの資本を投下している。市の人口の10分の1は原発関係者だとい
う。その家族も入れれば、その比率はさらに増大するだろう。小さな市内で、最大の
勢力といってもいいくらいだ。
 出棺を見送ると、ぼくは美咲を見た。美咲の顔は固かったが、ぼくの視線に気付く
と唇の端に微笑みのかけらのようなものを浮かべた。
 「行きましょうか」
 静かな声でそういうと、先に立って駐車場の方へ歩き始めた。ぼくは同級生たちに、
軽く一礼すると、その後を追って歩きだそうとした。
 肩に手がかかったのは、その時だった。
 びっくりして、振り向くと全く知らない男がそこにいた。年齢はぼくと同じくらい
だが、髪の毛はかなり薄くなっている。病的なくらい痩せこけていて、ただ目だけが
ギラギラと鋭い光を放っていた。
 「この町の人ではありませんね?」かすれた声で男は囁いた。ぼくがうなずくと、
男は素早く何かをぼくの手に押しつけた。折り畳んだ封筒のようだった。
 「早くしまって。後で読んで下さい。誰にも言わないで」
 ぼくは返事もできなかったが、男の眼光に押されるようにそれをポケットに入れた。
男はそれを確認すると、大きく咳払いをして、周りに聞こえるくらいの声で言った。
 「故人とは?」
 ぼくは何とか、声を出すことができた。
 「高校の同級生でした。二人とも」そう言って慌てて付け加えた。「あなたは?」
 「これは失礼。職場の同僚です。柳瀬といいます」
 では、この男は大東電力の社員であるわけだ。
 「大江です。コンピュータ関係の仕事をしてます」
 「ああ、今は大変な時期ですね。いや、突然、お引き留めして申し訳ありませんで
した。見慣れないお顔でしたので。それではこれで」
 柳瀬と名乗った男は、ぼくに一礼すると、さっさと歩いて行ってしまった。少々あ
っけにとられて、そのひょろ長い後ろ姿を見送っていると、美咲が戻ってきて訊いた。
 「誰だったの?」
 「さあ、柳瀬とかいう人だったけど。マッシュたちの同僚だったらしい」
 「あなたに何の用があったの?」美咲は不思議そうに訊いた。それはぼくの方が誰
かに答えてもらいたい。
 「いや、見慣れないから誰だろう、と思ったらしいよ」
 「ふうん」美咲は不審そうに眉をひそめたが、すぐに元に戻した。「行きましょう。
お昼を奢ってくれない?いいお店ができたのよ」
 「いいよ。案内してくれ」
 ポケットの中に押し込んである紙片のことは、美咲には言わなかった。





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