AWC フォールアウト・シティ 1   リーベルG


        
#2606/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/12/27  22:38  (105)
フォールアウト・シティ 1   リーベルG
★内容

                   1

 久しぶりに見る故郷の空は記憶より色あせて見えた。長年の記憶の中で美化された
空の色にはかなわない。そう思うと少し悲しかった。
 バスから降りると、バス停の電子掲示板が新しくなっていることに気付いた。
 ぼくはバッグを持って歩き始めた。
 十年ぶりだったが、記憶は鮮明に残っていた。しかし、町の光景は一部が記憶と一
致している他は、ほとんど変化していた。当然の事だ。
 町のあちらこちらに配置されたMP(モニタリング・ポスト)は最新型に変わって
いた。高価な製品だが、電源三法交付金の額は年々上がっているから、町の誰もがこ
れくらいの投資は当然だと考えているのだろう。原発が稼動し始めた頃は、大東電力
提供の無料MPも設置されていたが、実際より低い放射能値を表示するように設計し
てあることが発覚した後は、見向きもされなくなった。
 まっすぐ実家に向かうつもりだったが、ふとのんびり歩いて見たくなった。ぼくは
高校の方に向かった。道を憶えているかどうか、少し不安があったが、足は勝手に正
しい方向に歩いていく。
 すれ違う人たちは、ぼくの顔をちらりと見ては、過ぎ去っていく。心の中で誰だっ
たか考えているだろう。それはお互い様だ。
 帰宅途中の高校生ともすれ違った。制服は十年前と変化がない。懐かしい想いに胸
が痛んだ。高校にはいい思い出など、あまりなかったにもかかわらず。
 都心では姿を消した電柱がここではまだ何本か残っていた。電線が外れているので、
撤去漏れだろう。そこには何枚もビラが貼り付けられている。それらは要約すると、
 「大東電力はあなたの暮らしのパートナー」
 「市民の命をおびやかす原発は今すぐ出て行け!」
 この二つに大別できた。つまり、まだ戦いは続いているわけだ。
 高校の脇に神社がある。ここだけは自然が残っている。ぼくの一番の遊び場だった。
なくなっているかも知れないと思っていたが、残っていた。
 長い階段を昇った。運動不足の足腰には少々こたえたが、何とか休むことなく昇る
きることができた。石段の終点で深呼吸すると振り向いた。目の前に故郷が広がった。
 ぼくは町を見降ろした。
 こうして見ると町が変わったのがはっきりわかる。市民会館は大きく、立派になっ
ていたし、道路も整備され記憶にない場所にも延びている。体育館とプールのそばに、
ちょっとした規模の遊園地が増えていて、夕暮れなのに、こうこうと照明が光ってい
る。その他にも、きれいなオフィスビルがいくつも建っている。昔から市当局は懸命
に企業誘致に力を入れていた。それに引っかかった愚かな企業がいたのだろう。
 遠くに海が見える。そして海岸に原発が巨体を横たえている。あれは少しも変わら
ない。人類の科学の邪悪な落とし子だ。十年前に町の運命を、そしてぼくの運命を変
えてしまった建造物である。
 どれくらい眺めていたのだろう。
 「大江君」
 静かな声が後ろからぼくを呼んだ。すっかり忘れてしまっていた記憶が、その声を
耳にした途端、鮮やかに甦った。
 ぼくは振り向いて、思い出を具現化したようなほっそりした姿をみつめた。
 「美咲…。どうして…」
 須賀沼美咲は十年前と同じ笑顔でぼくを見つめた。記憶の中の彫像より、少し世の
中を知り、その分いくらか純真さを失った美咲がそこにいた。
 「ここに来ると思ったわ」
 そういうとぼくの隣に来て、石段に腰を降ろした。長い髪がふわっと舞った。
 ぼくも座った。ぼくは昨日の朝、美咲からかかってきた電話のことを口にしようと
したが、一瞬早く美咲の美しい唇から流れた声がぼくの機先を制した。
 「どう、感想は」
 「感想って町の?」ぼくは美咲に見とれながら言葉を返した。十年の歳月は美咲の
上をあっさり通り過ぎたようだ。はじけるような、それでいて静かな光を瞳に浮かべ
て、美咲はぼくを見つめた。
 (あなたは戻ってくるわ。だからさよならは言わない…)
 十年前の美咲の言葉が脳裏に浮かんできた。あれは予言だったのか。それとも希望
にすぎなかったのか。
 「だいぶ変わったね」ぼくは無難な解答を口にした。
 美咲はぼくから視線を外し、原発の方を見つめた。
 しばらく沈黙が辺りを支配した。天使が通り過ぎるような気まずい沈黙ではなく、
むしろ心地よい静寂だった。少し冷たい秋の風が、時折木の葉にワルツを踊らせた。
 「何も変わってないわ」ややあって、美咲が口にした言葉はそっけないものだった。
ぼくは美咲の横顔を見たが、同様にそっけない表情が浮かんでいるだけだった。
 気まぐれな風が美咲の髪をもてあそんだ。美咲は見覚えのある仕草で髪を押さえて、
立ち上がった。
 「行きましょうよ。もう家にいったの?」再び笑顔を浮かべて美咲は訊いた。
 「いや、まだだよ」ぼくもバッグを掴んで立ち上がった。
 「十年ぶりよね」美咲は少女のようないたずらっぽい表情を浮かべた。「大江君が
あたしを捨てて出て行ってから」
 「美咲…」ぼくは何と言っていいのかわからなかったが、何かを言おうとした。謝
罪か?冷たく開き直るか?ジョークにまぎらわすか?しかし、美咲は慈悲深くも、素
早くその機会を奪ってくれた。
 「心配しないでね。別に大江君を恨んでるわけじゃないのよ。そりゃ、あの時は悲
しかったけどね。でも大江君の人生を私が縛る訳にもいかないしね」
 美咲はにっこり笑うと一段づつ石段を降り始めた。ぼくもその後を追った。
 「ずっとこの町にいたのか?」
 「そうね。2年間短大に行ったけど」
 「今はどうしてるの?」
 「仕事のこと?それとも結婚の事?」美咲は再びいたずらっ子のように微笑んだ。
ぼくは思わずドキッとした。
 「仕事のことさ」
 「市役所で働いてるの。地方公務員よ。これでも」
 「頭よかったからな」
 「といっても、大して仕事はないの。毎日半分は暇なの。誰でもできるわよ」
 再びぼく達は沈黙した。美咲は羽の生えた天使のような軽やかさで、踊るように石
段を降りていた。美咲は短距離の選手だったのだ。運動音痴だったぼくは賛嘆しなが
らも劣等感を感じずにはいられなかった。
 美咲はぼくのことについて、何も訊こうとしなかった。すでに知っているのか、関
心がないのか。もっとも訊かれても素直に答が返せたかどうかはわからない。恐らく
下手な嘘をついてしまうのがオチだったろう。それを察して美咲はわざと訊かなかっ
たのかもしれない。美咲が何よりも嫌ったのはぼくが嘘をつくことだった。
 石段を降りて、下のバス通りにつくまで美咲は口を開かなかった。
 「香苗とマッシュが死んだわ」
 美咲は、無感動といってもよいほど乾いた声で言った。ぼくは一瞬、言葉に迷った。
昨日の電話での美咲は、気も狂わんばかりに動転していたのだ。
 「ああ、知らせてくれてありがとう」
 「葬式は明日よ」美咲は真剣な目でぼくを見つめた。ぼくは頷いた。
 「行くよ」
 「じゃあ、昼の1時に車で迎えに行くわ」
 「わかった」
 「来てくれてありがとう」美咲はそう囁くなり、身を翻した。「じゃあね」
 ぼくは、足早に歩いていってしまった美咲の後ろ姿を、しばらく見つめて立ち尽く
していた。自転車に乗った女子高生が通りかかり、怪訝な顔でぼくを見た。





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