AWC 野生児ヒューイ 第二部(3)  悠歩


        
#2595/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  92/12/25  21:15  (200)
野生児ヒューイ 第二部(3)  悠歩
★内容

「親父、今帰った」
 小屋に入るなりラガは土間の上にあぐらをかく。その様を小屋の中央に、細い木で
編んだ座椅子に腰掛けた男が見つめる。
 男の右横には、ラガのそれよりも遥かに立派な羽飾りが置いてある。また男自身も
初老ではあったが、ラガよりも一回り大きい体に無数の古傷の跡を持ち、それまで激
しい戦いを生き抜いてきた歴戦の兵(つわもの)であることを感じさせた。
「ん、御苦労だった。で、どうだ、収穫は」
 己の息子に対しても、男の言葉は族長としての威厳に満ち溢れていた。
「だめだ。西の泉の辺りまで足を延ばしたが、獲物の数が少ない」
 ラガは苦々しい顔で今回の狩りの報告を族長に行った。
「ふむ、やはりあれのせいか」
「ああ、多分」
「村を移動させるべきか……」
「俺は反対だ」
 ラガは立ち上がり拳を握りしめて叫んだ。
「俺達の方があれよりも長くこの地に住んでいるのだ! あんな奴等のため逃げるの
か! 冗談じゃない。俺が必ずこの手で、やつらを滅ぼして見せる」
「分かった、そう興奮するものではない。族長となるべき者が、簡単にカッカしてど
うする」
 族長は苦笑しながら、ラガをなだめた。ラガは黙って、またその場に腰を降ろす。
「すまんな、ラガ。俺がこんな体でなければ、お前一人に負担を掛けはしないのだが
……」
 そう言って族長は己の左足の方を見つめた。しかし、そこにはあるべき筈の大腿部
より下がなかった。
「あんな奴等にやられるとは……。そろそろお前に、族長の座を譲るべきかな」
「親父のそれは名誉の負傷だ。親父の戦い振り、今でも忘れない。それに俺はまだ器
ではない。女房もまだだしな」
「そのことだが、ラガ……。女を拾ってきたそうだな」
「ああ、金色の髪をした珍しい女だ。ティナと言う」
 族長の顔が僅かに曇る。
「ミンはどうする?」
「あれは子どもだ」
「ミンはいい娘だ。それにお前のことを良く好いている」
「だが子どもだ。俺は子どもには興味ない」
「ふむ、そうか。お前が決めることだ。これ以上は言うまい」
 それきり、二人の会話は終わった。族長は静かに目を綴じ、何かを思慮し始めた。
         
 さすがにおなかの空いていたティナは、ラガの置いて行った食べ物に手を着けた。
 最初に四角く切られた干し肉を口に運んでみる。ヒューイの捕ってきた肉は食べる
気がしなかったが、それがかつて生き物であったことを感じさせない干し肉なら食べ
られそうな気がしたからだ。しかしそれは余りにも固く、飽食に慣れたティナの口に
合うものではなく、一口だけでそれを食することを断念した。
 そして今度は籠の中の果物を手当り次第に試してみたが、人間の手の加わっていな
い野生の果物はどれも独特の味がして、ティナの味覚を満足させることはなかった。
「なによ、どうせなら食べられるものを持ってきなさいよね。私を飢えさせる気なの
かしら、あのインディアンは」
 少しいらつきながら呟く。思えばこの世界に来て、ティナの味覚を満足させたのは
唯一、あの野苺だけだ。柔らかくて白いパン、半熟の目玉焼き、暖かいミルクティー、
ハンバガーとその中の大っ嫌いだったピクルスの味さえ、懐かしく思える。
「あのインディアン、ここから逃げられないって言ったけど……」
 特に手足を拘束されている訳でもない。小屋の造りもティナの目から見れば、洞窟
に住むヒューイ達の部族に比べればある程度文化が進んでいるのかも知れないが、貧
相である。その気になれば、いつでも逃げ出せそうに思える。
 試しに小屋の外に出て見ようと思った。だか、入口の両側に屈強の戦士が二人、見
張りについているのに気付き諦めた。それに入口から僅かに見える風景の中にだけで
も、幾人もの人々が行き来しているのが見受けられる。
『夜を待とうかな』
 しかし、うまく逃げ出せたとしても、密林に入った途端に狂暴な獣達の恐怖に曝さ
れる。それにヒューイを捜し出すことができない。
「ここで待っていれば、きっとヒューイが来てくれるわ」
 結局、ティナにはヒューイを待つしか手立てが無いようだった。
 ティナはしばらく寝ることにした。
「せめてゴザくらい無いのかしら。もう……」
 小屋の隅に少しばかりの干し草があるのに気付いて、それを中央に寄せ、簡単な寝
床を作った。
 服が汚れるのが気になったが、こう言う生活に慣れなければならない。横になって
ティナは瞼を閉じた。
「きっと……来てくれるわ……」
 いつしかティナは小さな寝息を立てていた。
           
 何か物音がしたような気がして、ティナは目覚めた。
「誰かいるの?」
 ヒューイかも知れない。そう思ってティナは小さな声で訪ねてみたが返事がない。
気のせいか。
 小屋の入口のほうに目をやると、外はすっかりと陽が落ちて夜の帳に包まれていた。
「誰?」
 入口に立つ人影を認めて、ティナは声を掛けた。ヒューイではないようだ。
「お前は邪魔だ」
 人影から声が発せられる。女の子のようだ。
「あなたは誰なの?」
 それが自分より小さな女の子であることに、ティナの警戒心は薄れた。ミンの右手
に握りしめられた石のナイフにも気がづかずに。
「お前がいるから、ラガが……ラガが……」
 少女−−ミンはナイフを構え、ティナ目掛けて飛び掛かった。
 ようやくティナはミンから自分に向けられている殺気に気付き、横に跳び退く。
 間一髪、ティナの左肩をナイフが掠めて行った。
「痛っ!!」
 鋭い痛みが走る。そのまま地に倒れ込んだティナにとどめを差そうとミンが乗り掛
かり、ナイフを振り降ろす。ティナはそれを寸前のところでミンの手首を掴んで止め
る。獣のように俊敏な動きをするミンの動きに、ティナがついて行けたことは奇跡か、
火事場の馬鹿力か、しかし今はそんなことを考えている余裕はない。
「畜生。お前なんか、お前なんか」
 ミンのナイフを持つ手に力が込められる。ティナもそれを防ごうと必死で押し返そ
うとするが、幼い少女の力はティナのそれを上回っていた。じりじりとナイフが、ティ
ナの目前に迫って来る。
「何をしてる!?」
 突然、鋭い男の声が響き渡り、ミンのナイフを持つ手の力が緩む。ティナはこの隙
を見逃さず、渾身の力でミンの腕を横へと押しやった。
 ”ドン”と鈍い音を立てミンが背中から地面に倒れた。その時ミンの手から溢れ落
ちたナイフが、ティナの顔の真横に突き刺さる。
「貴様、ミンか?」
 男の手に握られたたいまつの明かりが、二人の少女の姿を闇の中に照らし出した。
「どういう事だ、ミン」
 よろよろと立ち上がる黒い髪の少女に、男の詰問が投げ掛けられる。
 ミンは脅えた様子で、俯いたまま男の顔を見ることができない様子だった。
 男はミンに続いてゆっくりと起き上がったティナの左肩からの出血を認めた。
「クソッ。ミン、貴様は!!」
 それは一瞬の事だった。ティナの視線からラガの姿が消えたかと思うと、次の瞬間
には大きな音と共に、小屋の壁を突き破って跳んで行くミンの姿があった。
 ラガは己の妻にと決めた女に傷を負わせた少女に、手加減の無い平手打ちを加えた
のだった。いや、少しは手加減していたのかも知れない。そうでなければいくら密林
の中に育ち、俊敏さや力においてティナを大きく上回っているとは言え、まだまだ幼
い少女である。ラガの本気の力で殴られれば即死は免れなかっただろう。
 ミンの小さな体は簡素な造りの壁を突き破り、小屋の外へと投げ出された。
 全身を襲う衝撃に、ミンはその場にうずくまったまま身動きを取る事が出来ないで
いた。
 突然の大きな物音に、村の見張りのために起きていた者や、あるいは既に深い眠り
についていた者も跳び起きて、うずくまった少女の周りに集まってきた。
 その人々が小屋のほうからサーッと二つに分かれる。その割れた人垣の間を怒りの
冷めやらないラガが、ミンの元へ一直線に歩み寄って来た。
 ラガはじっと苦痛に耐えているミンの髪を、問答無用で掴んで引きずり起こした。
「あ…ラガ……」
 ミンは呻きとも取れるような声で、自分の髪を鷲掴みにしている男の名を呟く。し
かしその目は虚ろで半ば焦点が合っていなかった。強い衝撃のため意識が半分朦朧と
している様だった。
 ラガは無言のまま空いているほうの手でミンの首の首飾りを握りしめると、それを
引き千切ろうとした。
「いや」
 ラガのやろうとしていることに気付いたミンは、首飾りに掛けられた男の太い手首
を両手で掴み、なんとかそれを引き離そうとする。だがミンの力はラガに比べれば余
りにも弱く、抵抗にはなっていなかった。
 それでもラガは、自分に逆らおうとする少女を不快に感じ、その怒りを更に強めた。
「手を離せ。そうで無ければ本当に殺すぞ」
 口調は静かであったが、それが単なる脅しでないことはその場に集まった全ての人
々
が承知していた。ミンが即座にその言葉に従わなければ、次の瞬間にも生命を失って
しまうことを……。
「お…お願……い。これだけは……これだけは許して!!」
 ミンは尚も必死の抵抗を続けた。そしてその事に依ってラガの怒りは頂点に達した。
「ミン、お前を殺す」
 ラガは首飾りを掴んだ手を離し、拳を握りしめると腕を大きく後ろに引いた。この
腕が前に戻ってきた瞬間、ミンの短い生涯が終わりを告げる。
         
 ティナは目の前で次から次へと起こる出来事を、全く理解することが出来ずにいた。
突然、年下の少女に生命を狙われ、それこそ命がけの攻防が行われたと思えば、今度
はその少女が今正にティナの目の前で殺されようとしている。
 事態は掴めない。しかし自分を殺そうとしていたとは言え、幼い少女が目の前で殺
される様を黙って見ていられるほど、ティナは冷酷にはなれなかった。
 ラガの腕が大きく後ろに引かれるのが目に写った。
『あんな小さな娘に拳を当てるつもりなの?』
 ヒューイといい、戦士頭ガルフといい、ティナの見てきたこの世界の男達の力は、
ここに来る前に見てきた男達とは、まるで比べ物にならない破壊力を持っている。
 そんなものを、あの小さな体に受ければ怪我だけで済む筈がない。間違い無く即死
だろう。
 そう思った時、既にティナの体は動き出していた。何か考えがあった訳ではない。
ただ目の前の少女の生命を救いたい。その思いだけだった。
「止めて」
 ティナが叫んだ時にはもう、ラガの腕はミンの小さな体を目掛けて振り降ろされ始
めていた。
「間に合わない」
 ティナは走りながら思い切り地面を蹴った。神に祈りながら。
 あと一瞬、ほんの一瞬遅れていたら、確実にミンの生命は失われていただろう。ティ
ナは全身でラガの腕にしがみついた。
 ラガよりも遥かに体重も軽く、力もないティナだったが、振った力の側面から、全
身を以てこれに当たった少女の力にいとも容易く、バランスを崩してしまった。
 三人は揃って地面の上に転げた。
「ぐうっ。何だ!」
 しかし、流石にラガは素早く飛び起きて、自分に飛び掛かってきた無謀な挑戦者を
確認しようとする。
 ティナも左肩の傷を始めとする、全身の痛みに耐えて立ち上がるとラガの前で両手
を広げ、ミンを庇った。
 まだはっきりしない意識でミンは自分を守ろうとする者の後ろ姿を見つめた。金色
の長い後ろ髪、左の肩から滲み出ている血。
「どうして……?」
 目の前で両手を広げて自分を庇っているのは、自分が殺そうとした少女だ。それが
なぜ自分を守ろうとしているのだろう。ミンにはとても理解できなかった。だが、ミ
ンは何かとても懐かしい物をティナの後ろ姿に見出だした様な気がしていた。
「ティ…ナか? 何故、邪魔をする」
 ラガは怒りと疑問とが入り交じった複雑な表情で、ティナを問いただした。
「何よ、野蛮人! こんな小さい子を殺す気なの。それでも次の族長なの、笑っちゃ
うわ」
 強気な事を言っては見たが、ティナの足はぶるぶると振えていた。このまま、こう
していれば殺されてしまうかも知れない。でも、退く訳には行かない。退いてしまえ
ばミンが殺されてしまうのだから。
「邪魔をするのなら、お前も殺す」
 ラガは思いもよらぬ、少女の反乱に怒り心頭に達し、腰に下げられた石斧を抜いて
ティナに襲い掛かろうとした。
「!」
 ティナは目を閉じた、やはり自分はこの見知らぬ世界で生命を失う運命だったのか。
 ティナは風を切る音を聞いたような気がした。
「何者だ!」
 ティナの生命を奪う一撃を振う筈だったラガの慌てた声に、ティナは目を開いた。
そしてその目には、ラガの足元の地面に突き刺さる、見覚えのある槍が写された。
「ヒューイ!!」
 喜びと安堵に満ちて、ティナは後ろを振り返る。そこにはティナのほうを目指して
真っ直ぐに突き進んでくる少年の姿が、薄暗い闇の中であるにも関わらず、はっきり
と見て取れた。
「貴様っ。ティナに何をする」
 その声を聞いた途端、ティナの両の目から熱いものが溢れ出してきた。




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