#2522/3137 空中分解2
★タイトル (JHM ) 92/12/12 8:56 (152)
《助駒氏の系譜》(1) カ
★内容
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-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= chapter 1 頭上のイカリング =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
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自分の事というのは、なかなか自分自身では判らないものらしい。愛の矢を放つ天使
のキューピットとても、その例外ではない。頭の上の天使の輪も天使自身には見えぬ。
が、心の澄んだ子供の眼には天使の姿が見える。母親に手を引かれた幼い子供が言う。
「 おかぁさん 」
「 な〜に? 」
母親が問うと、子供は空を指さす。
「 天使の頭の上に、イカリング・フライが・・・ 」
「 え゛っ 」
母親には何も見えない。指さされた天使は「きょん」とした眼で子供を見ているだけ。
運命の愛の矢は宿命のイカリングの呪縛からは逃れられないものなのであろうか。母親
はタメ息一つ残して、子供の手を引いてスタスタ歩いて行ってしまった。良く晴れた、
初春の昼下がりの事であった。
その程なく近くには、井手前大学のキャンパスがある。若さに満ち溢れる学舎。立ち
話をする学生達。ニヤニヤしながら話す話題と言ったら、お決まりの定番。
「 お〜っ、やっちまったぜ〜 」
宏純が、また昨夜の「戦果」をほのめかす。伊達にBMWのM1に乗っている訳では
ない。和臣も負けてはいない。ハーレーのロー・ライダーを乗り回している。いつも、
2つのヘルメットをぶら下げている。予備のヘルメットの方は、使用する女性がいつも
異なるので、3つのヘルメットを専用の紫外線消毒器をも使用して清潔にしながら、常
に清浄なものをぶら下げて、臨戦体制にある。サドル・タンクの横に張り付けてある、
沢山のシールは、地図の発電所のマークの様でもあり、「笑っていいとも」でタモリ氏
がメモ紙に描くという伝説のマークにも酷似している。要は、彼の「撃墜数」を現して
いる「キル・マーク」なのである。仲間うちでは、「ワケワカメスマンコッテス・マーク」と呼ばれる
そのマークについて、女の子には、まことしやかに、
「 峠のワインディングで『ブッチ』した印 」
とか説明するのだ。ロー・ライダーのマシンが、幾ら何でもレーサー・レプリカに勝て
る訳が無い。狼が化けているお婆さんが、「赤ずきん」ちゃんが持つ素朴な疑問、
「お婆ちゃんの口は何でそんなに大きいの」
に対して説明をしている様で、端から見ていると滑稽である。その昔、
「 久美子・・・君を乗せるのだから・・・ 」
か言う車のCMがあった。世の中はギブ・アンド・テイクであるから、後で「乗せて
貰う」というのが「暗黙の了解」であった訳なのだろう。そんな時代、車なんかには縁
が無かった私が思うに、今は、その「暗黙の了解」も崩れ、一方通行の「アッシー君」
が溢れているのではないだろうか。そして、ギブ・アンド・テイクの原則を貫くには、
それなりの「バック・グラウンド」が必要なのである。皮のジャケットの胸ポケットは
現ナマとクレジット・カードではちきれんばかりのお財布。和臣はニンマリしながら、
キーを回してエンジンを始動させ、メットを被ると、
「 MS-DOS 風に言えば zuck.com 、 back.com って処だな 」
と言って、腰を前後にゆすった。と思ったら、アクセルをふかして、
「 今夜も決めるぜ 」
とか呟いて、構内の道を駆け抜けて行った。
そんなこんなで一日は過ぎて行く。実習の課題は、先輩にウィスキーでも持って頼ん
でおくと、先輩の家でやってくれてしまうから、後は社会の御勉強一途なのだな。
「 日米構造協議について − KAZUNOKO-CEILING は米国に存在するか? −
なんて問題を考える訳ね。社会のお勉強、そして、人体の構造のお勉強。
スケコマ シロウ
駐車場に行くとボロいのが教官の車、とすぐに見分けがつく。助駒史朗は、授業は、
もう今日はやめにして、マンションに帰る事にした。彼の車は、仲間うちでは一番ボロ
な、ユーノス・コスモのオープン・トップ。3ローター280馬力の処を少し手を入れ
、350くらい出ているか、って処だ。
「 ヒュ〜〜ン 」
モーターの音に似たロータリーの音が響く。バック・ミラーにZ1に乗った長い髪の女
が見える。口笛が出る。
「 ヒューヒュー 」
我ながら下品な、と史朗は思った。
★
天使のキューピットは、相変わらず「きょん」とした顔で空に浮かんでいた。最近は
恋の矢を打とうと打つまいと、勝手にくっついて別れるカップルが多い。
「 二時間だけのエクスタシー おぉ、いぇ〜 」
とか言って名前も性格も判らないまま、別れて行く(参考文献:ユニコーンのアルバム
:「ケダモノの嵐」→中学生の女の子がこんなん聞いている世の中なんだな〜・・)。
そんな「民間活力」の圧力に、竿さしテコ入れする流れもあって、キューピットにも、
かの「ノルマ証券」並の「ノルマ」が課せられている。
ビルだの電信柱だのが立て込んでいる都会地での業務遂行にあたって、幾つかの技術
革新がなされた。従来だと、目標とする二人が同一直線上に乗った時を狙い、串刺しに
する感じで打つのであったが、障害物が多いこの頃。キューピット組合から要求を受け
た当局側が「スマート兵器」化された天使の矢を開発し、近ごろ実戦配備された。
朝から、昨日の宴会の為に「ぼーっ」とした頭のキューピットは、ノルマに追われ、
適当にカップルをつくっておかねばならない。
スケベ根性の塊といえる助駒史朗。史朗は、バックミラーの中の女に気を取られて
いる。Z1に乗った長い髪の女は丸茂慶子と言う。通称「マルモーケ」。
「 必殺 バレンタイン千倍返し 」
という秘技を持つ。この、今乗っているZ1だって、その成果なのだ。チョコレートも
馬鹿にしたもんじゃない(チョコレートのオマケが大事なのよね、ウン、ワカル、ワカル・・・・・
誰しも、背中の、そして、頭上の気配に、いつか気づく時が来る。例えば貴方が休み
に田舎街へ出かけた時に、ふと振り返るとそこには黒い大きなバッグを持った、
「新宿」さん
が、ヌーッ、と立っているかもしれないのだ。キューピットの頭上に、「イカリング」
が存在したのは、ほんの一瞬だったのかもしれない。しかし、その呪縛は、おそらく、
永遠に続くのであろう。「天使の矢」を引き絞り、ノルマを早いうちに片づけておこう
と狙いをつけ、「オート」のポジションにした丁度その時、ふと何か頭上にある感じに
とらわれた天使は、うっかり指がボタンに触れた事に気がつかなかった。同時に、2本
発射される矢は、思惑によれば史朗と丸茂慶子の二人に当たる筈であった。けれども、
史朗に向かった矢は、放庇の為に史朗が一時停止をしたため、そこを歩いていた真面目
な眼鏡のサラリーマン柿豊岩男に当たってしまった。
丸茂慶子は、Z1のハンドルを片手で握って、髪をかき上げながら、
「 切り株で待ってりゃ、仕掛けて仕損じ無しよ・・・ 」
と言ったかと思うと、奇妙な歌を歌っていた。
マルモーケ マルモーケ 2月せっせと チョコ稼ぎ〜
バレン タイン に 種蒔いて〜 ころり 千倍 木の根っ子〜
が、天使の矢が当たった途端に神妙な顔になった。そして、急ハンドルでUターンして
何と、純情一途の岩男くんのそばに車をつけると、
「 良かったら、御乗りになりません? 」
いつもなら、怪訝な顔で丁重に御断りを言う岩男くんなのであったが、天使の矢が効い
て、二の句も無く乗り込んでしまった。この平和の世、車で行く楽しい場所は、掃いて
捨てる程ある。
一応、命中したという記録が「ブラック・ボックス」に登録されている事を見るや、
天使のキューピットは、誰に当たったか、全く意に介さないで一目散に帰って行った。
「 う〜ん 何か 展開が違うんだな〜 」
とは言ったものの、見切りの早い史朗は次の瞬間には新しい女の事を考え始めていた。