AWC 幻のストラトキャスター 08〈トラウト〉


        
#2456/3137 空中分解2
★タイトル (RMC     )  92/12/ 9  11: 3  (161)
幻のストラトキャスター 08〈トラウト〉
★内容

「タイコ叩くよ、俺だって昔みたいにな−−」

「おいおい待てよ−−なんでまた?」

「なんでもいい、ピンクス見てても何にも面白くねえんだ。お前にはわかるだろう
 が向う側、つまり音楽の楽しさはやってるやつが一番で、聞いてる奴が二番だ。
 俺は聞いてばっかりいてつまんねんだよ多分、やった方が面白そうだ」

「はっはっは、今更やったら面白そうだって?」

「冗談じゃない、お前だから言ってるんだ」

「天下の桃謙が仕事やめてか?」

「誰かにやらせとくさ。お前ギター持ってるか、まだ、あれ」

「ストラトキャスターか、クロゼットの奥で粗大ゴミになってる筈だ」

「お前の60年代のストラトはな、今中古で100万して殿堂入りだぜ。お前のプ
 レイだって多分そうだ、70年代そのまんまだから今のヤツにはかなわねぇ筈…」

「しかし、ジャイアンツの長嶋でもな−−」

「テレビの長嶋見てみろよ、本当は指名代打ぐらいやりたいって感じだぜ」

「本気なのか……お前いくつんなった」

「47だよミックジャガーより若い」

「そうだけどな、あいつはやり続けてる−−」

「それじゃ、なんでお前は途中で辞めた?音楽は若気の至りと思ったか」

「はっはっは、負けるなお前には、俺を作詞家にさせたのは誰だ」

「−−うるせい、負けたって言うんだったらやれ。作詞家になれとは言ったがな、
 公務員みたいな作詞家になりやがってよ、似合わないんだよお前」

「……俺が公務員か?」

「公務員だったらまだいい、公務員みたいな作詞家がダメだってんだよ、わかんね
 え奴だな、目標は日比谷だ、いいな」

「野音……アイデア良すぎるよお前」

                                  ★


−−駒沢公園の脇にあるマンションの一室

 虎人はカントリーブーツを靴箱の置くから引きずり出し眺めていた。
それは彼が20代の頃に彼とアメリカ中をともに放浪したブーツだ。
 確か旅先のどこかでそれを買い、袖に長いフリンジのついたインディアンジャケ
ットもそれに合わせて買った筈だ。
 全体がベージュで、尖った先と踝の切込みから上は茶色のトカゲの皮が張ってあ
る。近頃では渋谷あたりで若者にも流行っているようだが、このブーツこそいわば
70年代ウエストコーストミュージシャンの象徴だった。
 虎人はカビを乾いた布で落とし、靴クリームをたっぷりくれてやるとそれに足を
通し、数歩歩いてみた−−

……トニーラマのブーツか

その重さ、締付けられる感触−−、70年代のエネルギーがまだそこには満ちてい
るような感じがした。
 彼はひとときその感慨にふけると、そのブーツをまた仕舞いこみ、寝室のクロゼ
ットの奥から今度は長方形の古びたケース、つまりフェンダーのストラトキャスタ
ーを引きずりだした。
 ケースの表面には、ニューオールリンズ、デンバー、ナッシュビル、様々な地名
の入ったステッカーが沢山張ってある。今ではその地名もかすれ、かろうじて読め
る程度だ。アメリカ中をヒッピーの様に放浪した事が嬉しかったのであろう、カー
ドを集める少年のごとく、ゆく先々の街でそれを買っては誇らしげに張ったもので
ある。

−−その1965年製フェンダーのストラトキャスターをケースから取出す

 メイプルフィニッシュのボディに黒のピックガード。これは確か白だったのもの
を誰かの真似で黒に変えた。それにチョーキングで削り取られたネックの指板。

−−ピックガードの隙間に挟んであるピックをとる−−ふっ、柔らかめか
−−qweenn!

 親指と人差し指で持ったピックの頂点と中指の爪で、弦を挟むようにして数ミリ
ひき上げ、それを指板にぶつけるように落す。70年代に流行ったパッティング奏
法だ。

−−ひとしきりブルースコードを弾いてみる
昔とまったく同じように体が左右に揺れてくる。
アドリブ−−おかしいほどに昔のままのフレーズ。たいそう気持がいい。
 それは丁度自転車のように一度乗れれば忘れはしない性質のものだ。確かに指の
動きは怪しいが、ノリさえ心得れば早弾きの必要などまるでない。

−−10分−−20分
−−完全に昔が蘇ってくる。邪心がなんにもなくグイグイ何かに引張られていく自
分を感じ、没頭した。
 確かにそれは彼が昔存在した場所であり、その場所に立ちさえすれば、自然と心
までぐらぐらと揺れだし、知らぬ間に体さえも高みに運ばれてしまう。それはそう
いった性質のなにかであった。

−−イメージの高み?
 彼はいきなりストラトを投げだし、ソファに寝そべってためいきをついた。
イメージの高み、そう思ったとたんに彼はその高みから突き落されるごとく、なに
か空しさに似たものを感じたのだ。それが何なのかなど考えるのもめんどうな気分
だった。

                                  ★

「やったー先生!有難うございます!」

「やったな笑子。お前のコピーが広告大賞新人賞とは俺も形無しだ。銀色虎人にラ
 イバル現るだな、早速名刺にコピーライターの肩書き入れろ」

「いいんですか、そんな」

「いや俺が認めるもなにも世間が認めた、そろそろここも卒業か?笑子」

「いやで〜す、今飛出したって仕事ある訳ないじゃないですか」

「おー、そうやって俺の仕事をかっぱらい続けるという訳か、まあいいだろう」

「えへへ、先生!」

「−−−−」

「私ね、まだ中空に浮いた訳じゃないんですけどね、あの感じ−−分ったんです」

「おお−−それで水平線の向うにコピーが見えたか?」

「ええ−−生意気ですけど、なんとなく」

「俺の方は浮いた−−」

「えっ!嘘」

「先週だ、5センチぐらいか」

「−−−−」

「ギターを弾くと俺は浮く、だが足元が見えないから浮いているのは分らない」

「先生ギターまた?……でもはっきり言って浮くのは嘘ですよね」

「はは、だから分らないと言っただろ、よし今夜は叶で乾杯だ」

「やった!めちゃめちゃ飲んじゃいますよ」

「くわばらくわばら」

「また−−死語遊び?」

「いや、飛んでも八分」

「歩いて三分!」

「笑子お前、よくそれで新人賞−−」

「先生のオジンが移ったみたいです。お構いなく、はい」

「べらぼうめ」

「ふふ、お上手お上手」




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