AWC 幻のストラトキャスター 01〈トラウト〉


        
#2449/3137 空中分解2
★タイトル (RMC     )  92/12/ 9  10:38  (163)
幻のストラトキャスター 01〈トラウト〉
★内容
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                             ハートブレイク・ミドル

                                      <1>

                             幻のストラトキャスター

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                               RMC42151 <~
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−−朝6時半の銀座
まだひとけもなく、カラスの群れだけが目だつ八丁目の表通りをフルサイズのオー
プンカーが走っている。おまけに助手席には金茶の毛並みの大型犬だ。
 フォードだろうか、優勝パレードなどでよくみかけるあれだが、それにしてはか
なりの旧型、車体のあちらこちらも傷とへこみだらけである。
 しかし、腐っていようが傷だらけだろうが、それはフルサイズのオープンカー。
往年の威厳は失われずに、その通りにおいて個性的である事はどうやら確かだ。

 男は地下の駐車場に入るための減速をすると同時に、パネルにあるスイッチでそ
のクルマのオートマティック・トップ(電動幌)を閉じた。
 別に好きで早朝からオープントップで走っているのではなく、リアウインドのビ
ニールがひび割れてしまってよく見えないからなのだが、他人から見ると、また、
それはそれで彼らしく映ってしまうから得といえば得な風貌である。

 男はぞんざいにクルマをビルの地下にほおりこむと、顎髭を撫でながら、表通り
に出、資生堂パーラーの門をまがり、その一本裏側の通りにある仕事場へ、まるで
早朝散歩のごとく犬を連れ、のんびりと歩きはじめた。
背丈は180に少し足らない程で痩せ型。太いうねのコーデュロイスーツにノータ
イ。背骨がどちらかに傾いているのか彼特有の歩き方をする。

作詞家:銀色虎人(ぎんいろとらと)

 それが彼の肩書きだ。もう、この銀座に仕事場を移してから何年になるか、初め
はむかいの旧いビルにいたのだが、ビル新築のためにこのビルに移った。
 若干広くなり賃貸料も高くなったので、友人のアートプロデューサーである光瀬
を誘い、フロアを半分ずつ仕切り、仕事場を共有し、賃貸料を折半している。
 7階建ての細長いビルで、彼らのフロアをのぞくすべてが資生堂の会議室か、に
貸出されている。向いにある本社ビルも手狭で広さが足りないという事であろう。

 考えごとは早朝に限ると、彼は毎朝7時にはすでに仕事場につく。
アシスタントの笑子がくるまでにはまだ2時間ある、彼はその2時間のうちに依頼
された詞を書き上げる。出来がよくても悪くてもそれが実力と決め、そうしている。
人がそばにいてはモノを考えられないという訳ではない。

 9時に彼女がくると、そこで初めて彼は朝のコーヒーにありつける。
10時すぎになると少なからず依頼や打合せ、録音の立会いなどの電話があり、大
抵は昼食をとったあとに出かける。
打合せがないときは映画をみたり、界隈をうろうろしたりする。
 笑子を帰らせて一人仕事場でミステリーを読む事もあるが、それらも遊んでいる
訳ではない。つまり、自分の生活体験だけで書く詞などたかが知れているという事?
いや、それはすれすれのところでどちらかは本人も分らない。

 仕事場の半分を共有しているお隣さんは、あまりここには来ず、殆ど倉庫がわり
にしているようで、日本画、リトグラフ、油絵などかなり高価なものだろうが、
乱雑に積重ねて置いてある。たまにそこにかかってくる電話は、笑子が受ける事に
なっており、虎人に内緒で彼女はお小遣い程度を光瀬から貰っているらしい。

 彼、昔はいくつかヒットを飛ばし、業界では八丁目の先生などと呼ばれているが、
近頃は音楽そのものの不振と相まってシンガーソングライターとやらが自分で詞を
書く事が多い。つまり、なかなか仕事も限られ、ノーヒット状態が続いてはいる。
が、一般人が考えるほど作詞家はヒットのみをあてにして生きている訳でもなく、
アニメの主題歌や子供番組の歌、新人作詞家には真似の出来ない社歌や市歌なるも
のの作詞、CMのコピーライトなどなど首尾範囲はなかなか広いものなのである。
 それにある程度の実績をもつ作詞家ともなると、作品の出来不出来に対してクレ
ームはつけにくい。言葉を変えれば、批評はすべて自分に返ってくるという事にな
るのだが、彼に限っていえば、それを気にする程幼い作品はない。

 朝の2時間、頭の中に整理されているのかいないのかの感性の引出しを開け放ち
それに見合った言葉を探し−−取出し−−埋め−−繋げる。
 あとは商品になるかならないのかの決断をすればいい。合理的という事ではなく、
長年の経験と自信が、クイズをとく様に正解を出すといったら近いのかも知れない。

 彼はドアの鍵を開け、中へ入るといつもの様に最初にパソコンの電源を入れた。
ハードディスクが起動するまでの時間−−30秒ほどで、ブラインドを引き、窓を
開けて部屋の空気を入換え、上着をハンガーにかける。そして電話のメッセージラ
ンプが付いていればそれの再生ボタンを押す。
 丁度彼が椅子に座ったと同時にパソコンが立上がり、いつでも文章を書けるモー
ドになり、かたや留守番電話からはその伝言が流れ始める。
 それら一連の動作は、日々寸分違わぬ朝の儀式−−とまではいわぬが、いわば彼
の“間”のようなもので、その間は陳腐なほどここ数年来変ってはいない。

「先生、先週お願いしたあれ如何でしょうか?、出来てましたらお昼にお伺い……

大概は当日〆切の確認だ。
彼はその作詞の打合せ資料を机にひろげ、煙草に火をつけ、窓の外を眺めた。

−−早朝の銀座。
まだ眠っている街は霧がかかっているというか、そんな感じがする。
銀座なりにも朝の透明感のようなものは確かにあるようだ。

 通常であれば、彼はそうして煙草を一本吸うか吸わないかのうちに、書上げなけ
ればいけない詞のエントランスが見えてくる。

……で、それは今朝も例外ではない。
煙草をもみ消し、一息小さく息をはき終えると、彼はゆっくりとキーボードを叩き
そのクイズをときはじめた。

                                  ★

 今日の依頼原稿は雑誌広告に使うコピーライト。こういったものはコンセプトが
すでに最初から存在するので、いわばクライアントの代筆屋のような仕事である。
上の時計を見あげると、どうやら虎人は一時間程でそれを終えたらしい。

 デスクの足掛けをポンと蹴って椅子を後ろへすべらせ、ドアの郵便受けから顔を
のぞかせていた朝刊を手にとり、いつものナナメ読みを始めた。
 そうやって彼はデスクから離れたとたんに、大げさではなく、まず一生といって
いい程、今書いた文章の事は思い出さない−−というか記憶から追放する事が出来
る。特にコピーライトの場合は彼一人の仕事ではなく、数名がそれに携わって完成
されるものであり、作品への愛着は更に少ない。
あとはすべて、原稿渡しから請求書までアシスタントの笑子まかせなのである。

 新聞の政治欄はタイトルだけ読む、それ以上に深く知りたい事はまずない。
そして下段のコラム、これも大抵は最後まで読み続ける前に興味がなくなり、更に
下段の出版物の広告に目が行く……?小さな三面記事

  地下鉄有楽町駅の地下道に浮浪者の暴動らしきものがあり、隣接する商店
  のウインドウなどが被害にあった模様である。
  数名の容疑者を現在取調べ中だが、どうやら扇動したのはタカさんと呼ば
  れるリーダー格の人物で……

……やれやれ

「ウォフッ!」

 いつもの定位置で寝そべっていたゴールデンリトリーバー種のジェーンが首を上
げ小さく吠える。笑子?

「おはようございま〜す、あらっ先生もう終ったんですか例の原稿!」

 もう25か6になるのか、ここ数年変らないショートヘアーにスリムのジーンズ
男っぽいスタイルではあるが、着こなしがそうなのか女性らしさは失っていない。
 スーツでも着、化粧をすれば、どきまぎする男もいるのかも知れないが、ま彼女
の事、友人の結婚式でさえスーツなど着ないのであろう。

「おはよう、終った。取りに来るようにえーと彼……に」

「はい山口さんですね、原稿見てもいいですかぁ?」

「見なくていい、触ると毒がうつる」

「またぁ」

「いやホントだ」

「ふふ、今すぐコーヒーいれます、ジェーンも朝御飯ね、はい待って」

  彼女は座るまもなく上着を椅子にかけると、常時ボリュームをミニマムに下げ
あるFMの電源を入れ、流しに立ち、ポットに水を入れ始めた。
 いままで寝そべっていたジェーンが、そわそわとしながらも、きちんとお座りを
して朝飯を待っている。

「笑子、見ろよこれ」

「えっ……あらぁタカさん?またなんですかぁまったく」

「後でお迎えに参上するか……本庁かなあ?」

「三原橋の交番に電話してみますか?」

「悪いね」




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