#2432/3137 空中分解2
★タイトル (TEM ) 92/12/ 4 21:44 ( 59)
自転車泥棒と私 うちだ
★内容
「ホントに駅でいいんですか?家まで送りますよ。」
「でも自転車が置いてあるんだよね。」
「へぇー先輩、駅まで自転車なの?」
暁美は家から会社まで自転車と電車で通勤している。電車の出る駅まで歩けば
30分、バスで25分、自転車で15分。路線バスでは時間のロスが多い。
「なぁんだ暁美先輩なら毎日でも送ってあげるのになぁ。」
ハンドブレーキを上げて杉山が言った。
「私だってそのほうが面倒いいけどさ、行きに困るからねぇ・・・ここで降ろ
して。んじゃ、ありがとね。」
暁美は車を降りようとして、思わず声を上げた。いつもの場所に自転車がない。
「うそぉー」
杉山が気ずいて声をかけた。「盗られたんですか?」
「だってだって、ちゃんと施錠したのに」
「番号合わせのでしょ?あれじゃ駄目ですよ。慣れれば一発で開くらしいです
から・・・警察に行きます?」
「・・・うん・・・あ、それより、とりあえず家に送ってくれる?」
「はい。」
盗難自転車はたいがい持ち主には返らないと、暁美は聞いたことがある。“ちょ
っとそこまで”的な無断拝借が多いというのも。
「ひどいひどい。私は何にも悪いことしてないのにー。ぐれてやる。」
「あー先輩、気を取り直して。“明日は明日の風が吹く”ですよ」
金木町の停留所には1時間に2本しかバスが来ない。次の朝、暁美はいつもよ
り20分早く起きてバス停に向かった。
「あれぇー?」
自転車が。停留所に失ったはずの自転車がひっそりと置いてあったのだ。
「ってことは、ちょうど乗り捨てた奴もこの辺に住んでるってこと?」
それでも暁美は何となく得した気分になって、駅まで自転車を漕いでいった。
「まぁ珍しいっていうか、とにかく良かったですねー」
昨日と同じように杉山に送られて、暁美は駅に着いた。「・・・・」
呆然としている暁美に杉山が気の毒そうに声をかけた。
「あの・・・まさかとは思うけど・・・」
「うん・・・やられた。」ないのである。昨日のリピート編である。
「・・・“明日は明日の風が吹く”ですよ。」
「それじゃ昨日と同じでしょ。」
ただ、家に帰ってからも暁美は昨日ほどの憂鬱さがなかった。どうせ昨日無く
なる物だったのだ。それに予感めいたものがあった。
会社帰り。「杉山くーん。今日からは、家まで送ってくれないかなぁ?」
「いいですよ。暁美先輩なら大歓迎!」
「えへへ。悪いわね。」
恐る恐る杉山が尋ねた。「あのー結局、朝はバスを使ってるんですよね。」
「自転車よ。」
「・・・買ったんですか?」
「違うわよ。」
「まさか、またバス停にあったとか?」
「ふふふふ。」
暁美は鍵を変えなかった。彼女が毎朝、バス停から駅まで乗って行った自転車
は、帰りにはどこの誰だかがバス停まで乗ってきていた。時々自転車はそのど
こかの誰かにぴかぴかに磨かれていて、暁美の心を明るくした。それは避け切
れない事態を妥協して成立したユートピア。禁断の楽園。暁美と自転車泥棒の
蜜月は、彼女が今年4月にスクーターを買うまで続いたのだった。
おわり