AWC 小さな株主の憂鬱。      【惑星人奈宇】


        
#2430/3137 空中分解2
★タイトル (ZQG     )  92/12/ 3  19: 9  (148)
小さな株主の憂鬱。      【惑星人奈宇】
★内容
 今は1992年8月2日。
 自動車を所有していない春男は、剰余金を株式や債券に投資して一億円の財産を
作りたいと考えていた。最近の株式は下りっぱなしで増やすつもりの財産を減らし
て仕舞う結果に成り頭の痛い毎日を送っていた。

 日経平均は現在1万5千円前後でしょう。だからそろそろここら辺りで買ったら、
この後株価が上がり始めるんではないかと思ってるんですけど。1989年末に記
録した38916円の半分以下に下がって仕舞っているのだからねえ、もうそろそ
ろ上がり始めても不思議では有りません。

 株価が3割下がったら買いだなんて格言が有るけど、どうも失敗してしまいまし
た。90年5月に約89万円で買った旭化成の株式、これがこの後上がって一株9
50円前後までには成りましたが、売却目標である1000円には届きませんでし
た。金庫の中に大事に保管してある「旭化成工業株式会社の株券一枚」が今では5
6万円の値打ちしかありません。

 あああああどうしょう、出るのは溜め息ばかり、あああどうしよう、などと考え
ているうちに一週間が過ぎてしまった。

 旭化成の事業内容は、「化成品、樹脂事業、住宅素材」で全売上高の7割を占有
しています、繊維事業は16%でしか有りません、それに医薬品も製造しているん
です、これは将来性があると考えても無理はありません。

 最近では東洋醸造と合併していて、エイズ関連で新薬でも出されれば株価が暴騰
することも考えられるしね、ワンマン的社長時代は終り、協議性的運営で会社再建
のために頑張っています。何だか将来値上がりしそうな気がして成らないんだ。そ
れで売りに出す気に成れなくてね、株価低下をただ呆然と見ているだけなのです。

 新聞を読み終えて窓の外をぼおおっと眺めていると、玄関のチャイムが鳴った。
客と言うのは他でも無い安男と安子であった。
 安男は新車を買ったので早速安子を乗せてドライブがてらに春男の所に寄ったの
である。安男は春男を誘って三人でドライブに行こうと予定していたんだけど、春
男の気の晴れない意気消沈した顔を見て、誘いをかけ難い気持ちに成ってしまって
そわそわして居ると、春男が早く中に入るように促した。

「二人揃って何だい。鰻でも捕まえたんか。」
「鰻かあ、おうおうなんだあ急に、鰻にビール、あああまた飲みたいよ。」
「まああ入れよう、ジュースでも御馳走するから、それにしてもお前ニコニコして
 居るなあ。」
「うひっ、ははは、安男君、自動車を買ったの、だから‥‥‥」
「なあんだ、そやったんか、あははは」

 安男と安子は春男に促されてダイニング・ルームに入り椅子に腰をかけた。
「安男が自動車を‥‥‥、それは凄いなあ。」
「それで今から春男君にドライブに行かないかって、誘いに来たのよ。」
 春男は喉を潤す飲物をと考え冷蔵庫の扉を開けコーラを取り出した。一方安男は
食卓の上に経済新聞が広げられた状態で放置されているのを見て少し顔を曇らせて
しまった。

「春男君はまだ株式投資をしているのか。今は下がってばかりで冴えないだろう」
「もう大分下がったからそろそろ上がるんではないの。 ねえ、春男ちゃん。」
「それに出来高が少ないから、少し上がるとすぐ下がって仕舞うんだよ。」
「そならこれからずっと下がり続けるといいたいの。ショック、ショックだよ。」
「それは‥‥‥、要するに景気がねえ、まだ景気が良くないでしょ‥‥‥、
 だからだよ。」
「でも何処かで落ち止まって、そこから上がるんでしょう。そろそろじゃないの。」
「それが解ったら苦労はないよ、ほんとはさ、10年以内に一億円を作ろうと計画
 して居たんだ、それが‥‥‥、それが‥‥‥、それがなのさ。」

「一億円 おほう 一億円、僕も欲しいなあ一億円。」
「一億円有れば利子で生活できるじゃん、羨ましいっ、なあああ。」
 突然安男は安子とお互いに反対向きに腕を組み、足をスキップさせて踊り始めた。

「春男ちゃんは好い男、サシミを食べてえビール飲んで、昼寝をしてたらうわっは
っは、うわっはっはーわっはっは、映画を見てたらうわっはっは、パソコンしてた
ら一億円、パチンコしてたら一億円、わっはっはーわっはっは、3年たったらわっ
はっは、5年たったらわっはっは、うわっはっはーわっはっは、10年たったら一
億円、‥‥‥、‥‥‥。」

 春男は安男と安子が楽しそうに歌いながら踊っているのを聞きながらテーブルの
上にコップを三個並べた。二人が踊り終えるのを待ってコーラを注いだ。コップの
中から小粒の泡がぱらぱらぱらっと上がり水面で弾けるように消えていった。

 安男は「今の株式市場は最低だよ、持っている株式は全部売ってしまったら好い
んだよ、まさか春男君 何か持っているの、持っているのなら適当に上がったら売
らんといかんよ。」と涼しい顔で春男に向かって言った。更に欲は禁物だよと付け
加えた。春男は「俺の話しも聞いてくれよ。」と言って話し始めた。

「僕の持っている旭化成の株式、現在は55万円でもそのうちに65万円にまで上
がったとするでしょ、そろそろ売ったら良いと考えるのだけど、だけどこの時に更
に70万円に上がったら売りましょうと考えてしまうのね。何しろ89万円も支払
って買ったのだから、‥‥‥。なるべく高く売りたい気持ちが勝ってしまうのよ。」
「気持ちは解るけど、何処かで損を覚悟で売らんといかんのでは無いか。」
「そうねえ、そおうだよ春男ちゃん、そなら安いと思う所で買って高くなったら
売れば好いじゃないの、それを何回も繰り返せば好いんだよね。」
 株は心理戦争であると何かの本に書いてあったけど、春男も例外では無く株の値
動きに連動するかのように簡単に心が動き、気持ちが変わるのである。

 春男は新聞を読んでいて今回の株式の大幅価格低下は景気の先行き不安とか不動
産価格低下とかの原因よりも、大企業同志の株高維持とか乗っ取られ防止のために
株式の相当額を持ち合っていた事に対する崩れ現象が始まっているんではないかと
想像している。現在配当金利回りが平均で1%くらいでしょう、だから株式を長期
保有するよりは預金で剰余金を運用した方が得だからである。ひよっとしたら日経
平均でいうと8000円に迄低下すれかも知れない。平均利回りは2%に迄上がる
からである。いくら何でも一万円以下には下がらないでしょう、ねえ、そうですよ
ねえ、一万円以下にまで下がったら日本だけで無く世界経済にも莫大な悪影響が及
びますからねえ。

 一般的に日本企業の業績は抜群だから最悪の場合でも1万円前後で収まり、ここ
から再び上がり始めるだろうと春男は想定している。長期的には一万円前後に収ま
るのかも知れないけど、近年的には市場で噂されている底値12000円説に説得
力がありそうに感じている。

「最近は株式の売買出来高も少ないようだぜ。」
「政府と証券会社の不祥事でうんざりしたからなあ。」
「それにさ、損得に関係無く株式などを売却した時は0.3%の有価証券取引税を
 取られるだろう、理由のない税金に思えてさ。」

「ところでさ、更に株式価格が下がると思うか。」
「うん大分下がったからなあ、そろそろ上がり始めるんでは無いかと思うけど。」
「でも会社の業績が悪いでしょ、だからもう少し下がった後上がるんでは無いか」
「超優良企業の株価が最近、ぐさっと下がったでしょ、目を落しそうだったよ。」
「えっ、あはははは、ひょっとしたら、買い時かも知れないなあ。」

「えっ、安男は買いたいの、ほんとか」と春男は安男に言った。不動産や住宅、ハ
イテク産業、それに何でも安いからなあ、今は絶好の買い場だよ、と春男はどれ位
安男が株式を買いたい気持ちが有るかを探るために安男に向かって言ってみた。す
ると安男は、そのうちに買うよ、と言って幾分温く成ってしまったコーラの入った
コップを手に取って飲み始めた。日曜日の午後は静かであった。
 エアコンの静かな音と窓の外から聞こえてくる蝉の鳴き声、あたかも高原に居る
ような不思議な気分だ。
 安子は、「ねえ山は涼しいだろうねえ、一度行ってみない。」とニコッと笑いな
がら言った。
「それはそうと、安男は何の自動車を買ったんだ。」
「今流行の‥‥‥、ええっとキャンプも出来るあれさ。」と安子は言った。
春男は、これはひょっとしたらパジェロ、エスクード、サファリ、あるいはエステ
マかも知れないと思い、彼の自動車に対して急に興味が出てきた。

「でえ、安男君は今から何処にドライブに行くんや、僕もつき合うよ。」
「まだ慣らし運転だからなあ、近くを少しだけだよ。」
「お前 まさか 軽自動車では無いだろうなあ。」
「やだね、春男ちゃん、軽自動車でも好いでしょ、結構高いらしいから。」
「知っているよ、解るよその気持ち。」

 三人はピッカピッカの自動車に乗り込み、滑べるように静かに道路に出て行った。

「安男君、キャンプセット買ったんか、キャンプが楽しみだぜ。」
「キャンプセットは春男君に頼むよ。」
「賛成、賛成だよう。」
「アハハハハハ、アハハハハハハ、‥‥‥ 。」

 持てる者と持たざる者の意識の差は大きいです。春男だって近い将来株式の値段
が上がったら意識的にも気分的にも楽になり四輪自動車を買ったり、土地を買おう
とか考えたりして、目的達成のために頑張ることでしょう。

  −−− 完 −−−

 << 注 これは8月12日に書き込んだものを改訂した作品です。>>




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