AWC 「モニタする少年」(再UP)巻の04<コウ


        
#2417/3137 空中分解2
★タイトル (HBJ     )  92/12/ 1   7:10  ( 99)
「モニタする少年」(再UP)巻の04<コウ
★内容
キーがトレンディーな物かと思った。俺は、『カラマーゾフの兄弟』とかいう
文庫本を買った。上中下と3冊も買って、損をする。上巻の4分の1も読まな
い内に放棄した。何故って、それだけ読むのに半日もかかったし、その間、本
の中では一人も死ななかったから。ドストエフスキーも、午後のワイドショー
を見ていれば良かったのに、と俺は思う。そうすれば、何も彼の命だけが、特
別に重大では無い事に、気付いたかも知れない。今、紫の表紙の3冊は、パソ
コン・ラックの下にひいてある。パソコン・ラックの足が、ドストエフスキー
の顔に食い込んでいる。(世界に盲目で1000枚も書ける奴がいたら、確か
に鈍感だな!)
(コメント:『カラマーゾフ・・・・』では、最初の何枚かで、どんどん死ん
でました。編集者に言ったら、「そんな事は、どうでもいい」と言われた)

 VHSに飽きて、コンポのスイッチを入れる。家族が帰ってきた気配がした
ので、ヘッドホンを、頭に、かける。FYCのCDを聴いた。あんまり良い曲
だとは思わない。だけれども、タワー・レコードのレジの横の壁に貼ってある
ビルボードのベスト3のCDは、必ず買う事にしている。思い出作りだ。俺の
、人生など、ありふれた毎日だから、今日の俺を、見失わない為には、何かの
印が必要なのだ。音楽は、つまり、陳腐な人生にくっつける「索引」みたいな
ものなのだ。10年後、何処かで偶然に『シー・ドライブス・ミー・クレイジ
ー』を聴いたなら、俺は、今の俺を思い出すに違いない。

 電話が鳴った。カヨか? 俺は、受話器を、もぎ取る様に取った。お袋だっ
た。
「夕飯が出来たから、下りてきなさい」
俺は机から離れた。ドアの所まで行った時、気になって、俺は、机の方を見た
。ヘッドホンが、机の上に、投げ出されていた。ヘッドホンから、シャカシャ
カと、音が漏れていた。
「俺達は歌っているんだぜ」と叫んでいるみたいだった。「俺達を歌わせるま
まにして、行ってしまうのかい?」
俺は、慌てて机に戻ると、コンポのクリヤーのスイッチを押した。俺って、変
かな、と俺は考えた。何故、俺は、銀色に光るCDに、生命を感じたりするの
だろう? 階段を下りている時、俺は、予備校での俺を、思い出した。あの時
、俺は、日本史の退屈な講師を早送りしたかった。あの講師は、確かに生きて
いた。

 俺は、黙って俺の席に付いて、食事を始めた。お袋と親父が、おばあちゃん
の事を話していた。
「ミブンカの癌だからな」と親父が言った。「航空評論家の青木ナントカと同
じだよ」
「それで、どうなるの?」とお袋が言った。
「一応、化学療法をやるんだけどな、兄貴が交代で看病しよう、って言うんだ
」と親父。
「家政婦を頼めばいいじゃない」
「もう、そんな段階じゃないんだよ」
「そんなに酷いの?」とお袋が言った。
「肺の中に、ピンポン玉ぐらいの癌が十個もあるんだってさ」
俺は、おばあちゃんの不幸な病状に、ピンと来ないまま、食欲があったので、
食事をしていた。親父が、お猪口を置いて、俺を見ていた。俺は、親父と目を
合わさない様に、眉毛の辺りを掻きながら、うつむいていた。
「お前」と親父が言った。「食欲があるじゃないか」
 俺は、すっかりと、縫いぐるみにくるまれていた事に、気付く。俺は、俺の
受信スイッチをOFFにしていた。俺は、世界から、何も感じないでいた。俺
は、おばあちゃんの病気の話に、リアリティーを感じる事が出来ないでいる。
丸で、100万年前のジャワ原人の病気の話を、聞いているみたいだった。
 俺は、何故か、さっき見た、ブラウン管の中の死を、思い出していた。それ
から、色々な台詞が、頭に浮かんだ。
「南シナ海じゃあ、130人もベトナム人が死んでいるから、おばあちゃんの
死なんて、どうでもいい些事さ!」
「白タクの運ちゃんに殺された、処女の新婦に比べれば、おばあちゃんの一生
なんて、幸せだったよ!」
もちろん、これらの台詞を、吐いたりはしない。おばあちゃんの息子に言う台
詞ではない、と、思ったから。そんな事より、俺は、奇妙に思ったのだが・・
・。つまり、何故に、ブラウン管に映った、知らない人々の死が、おばあちゃ
んの死の意味を、薄めるのだろうか? 俺の感性は、狂っているのだろうか?
多分、俺は、家族や親戚や小数の隣人といる時だけ、正常なのだろう。テレビ
で、多くを知りすぎてから、回りの人々の意味が、どんどん小さくなって行く
気がする。

 俺は、俺の部屋の外では、何時も縫いぐるみ被っていて、縫いぐるみの穴か
らカメラを回している気分だ。部屋に帰ると、俺は、頭の中で、テープを再生
して、初めてリアリティーを得る。俺は、部屋に帰って、コーヒーを飲みなが
ら、食後の一服をしていた。そうしたら、おばあちゃんの病気が、妙にリアリ
ティーを持って、俺に迫って来た。俺は、吐きそうになった。前に、親父が取
っている文芸春秋で、化学療法の副作用の酷さを読んだ事がある。酷い場合に
(コメント:文芸春秋などと、芥川への野心がうかがえる)
は一日に100回も嘔吐するらしい。そんな事態がお袋や親父や俺に起こらな
い様に、と、俺は、100回ぐらい祈った。 夜、ベットに入ってからも、俺
は考えていた。俺にとって日常は何処にあるのだろうか? ブラウン管に映っ
ている巨大な不幸が、俺の日常か? それとも、おばあちゃんの病気が、俺の
日常か? 考えていて、そんな事はどちらでもいい、と気付いた。何時の時代
にも、もっと大きな事で、自分の不幸をごまかす事はされていた。
「星を見てごらん。宇宙はこんなに広い! だから、君は、そんなに小さな事
で悩まなくって、いいんだよ!」
「テレビを見てごらん。世界ではこんなに沢山死んでいる! だから、君は、
おばあちゃんの病気で悩まなくって、いいんだよ!」
 俺は、昔の事を思い出していた。俺が初めてキスを見たのは、銀色のブラウ
ン管の表面で、その時には、バラかレモンかミントの匂いがした。俺が初めて
キスをしたのは、中2の夏で、その時には給食の玉葱の臭いがした。多分、全
ては、こういう事なのだ。おばあちゃんの死体には蝿がたかるという事だ。そ
んなおばあちゃんよりも、去年の夏、甲府で撮影したVTRに映っているおば
あちゃんの方が、愛しやすい、というだけの事だ。
 夜中に、ビートたけしの深夜放送が始まった。それに夢中になって、俺は、
もう、おばあちゃんの事は考えなかった。

                                          §

 カヨと会う日の夕方、俺は、シャワーを浴びてからディップ・ローションで
決めた。しかし、気に入らなかったので、もう一回シャンプーだけしてから、
今度はムースで決めた。体中にシーブリーズを塗って、顔にはオールドスパイ




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