#2381/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 92/11/20 2:55 (140)
「月面」(11) 久作
★内容
ドア・ベルが鳴った
恵子かと思って 身構えた
Mが帰ってきてから 恵子は 訪ねてこなくなっていた
「夜分 恐れ入ります」
ドアを開けると 強張った表情の 前田研二 恵子の父親が立っていた
恵子との関係が バレた と思い緊張した
「実は 折り入って 御相談が・・・」
とりあえず 部屋に上がってもらった
「・・・他でもない 恵子のことなのですが・・・」
父親は 言いにくそうだった
俺は 恵子が卒業したら 結婚する積りだった
「実は 娘は 恵子は・・・」
なんだか 父親の態度は変だった
「少し 変な娘でして・・・」
余りの意外な言葉に 吹き出しそうになったが 辛うじて こらえた
明らかに 言葉を選んで喋っている 父親の態度は 真剣だった
「先生も お気付きだとは 思いますが
恵子は 夢と現実の境がなくなることが あるのです
今朝は今朝で・・・
お母さまっ お母さまっ
気持ちいい こんな こんな おかあさまああっっ
などと・・・ うなされておりました」
「は はあ」
「恵子は 変なクセ と申しますか
変な遊びをする 子でした
幼い頃から 買い与えた人形や 縫いぐるみの首を
首を 絞めて 喜ぶクセがあったのです
私が いくら注意をしても やめませんでした
1度などは 縫いぐるみを取り上げました
妻は無頓着に 娘の求めるまま
私が取り上げた縫いぐるみを 捜し出し 再び娘に与えました
そればかりか 妻は 女の子とは そおゆうものです
などと言い 却って 私のことを 無理解な父親だと なじりました
私も長く研究生活を送り
世事に疎いことは自覚しておりましたので
そんなものかと 思い ソレキリになりました・・・」
「首を 絞める・・・」
「そうです その時は ソレキリになりましたが
・・・私が もっと注意をしていればよかったのです・・・
ある日 大学から帰ると 家には 電気も点いていず
鍵も締まっていましたので
留守だと思い 部屋に入ったのです
しかし 居間には 居間に・・・
妻が仰向けになっていました
恵子が上に跨ったまま あどけない寝顔で眠っていました
昼寝をしたまま 寝過ごしているのかと思ったのですが
様子が変なので 妻を 揺り起こしました
起きませんでした
当たり前です
妻は 首を絞められ 殺されていたのです」
「そ それは ・・・どういうことですか」
答えは解っていたが 聞かずにいられなかった
「恵子が 殺したとしか思えません
家の窓や戸は 全て鍵が締まっていました」
「で でもですね 人間の首を絞めて殺すためには
両手の握力を足して 50kg以上ないと・・・
そう言われてるじゃないですか
恵子さんは 今でも そのくらいあるかどうか・・・
それに当時まだ 5歳か6歳だったんでしょ」
「私も そのことは 考えました
しかし 妻が全く抵抗せず 恵子が全体重をかければ
時間はかかりますが 可能です」
「そ そんな・・・ いくら母親でも 首を絞められて おとなしく・・・」
「いや 血です
妻には 解っていたのです
恵子が 人の首を絞め 悦びを感じる女だということが
実際 妻も 由紀も・・・」
「奥さんにも そういう 性癖が・・・」
「いや 私も初めは拒んだのです そうです 拒みました
しかし 私は 由紀を愛していたのです
あまりに 強く求められたもので・・・
由紀は 美しく 素晴らしい女でした」
うなだれる 前田に この残酷な質問をせずには いられなかった
「奥さん 恵子さんに 似てたのですか」
「あ あれは 恵子は 生き写しなのです
由紀に 生き写しなのです」
しわがれた声を 絞りだし 前田は 崩れ落ちた
鳴咽が洩れる
「前田さん 前田さん しっかりして下さい」
端正な顔を歪めたまま 前田は 顔を上げた
「・・・つい 取り乱しまして・・・
このことは 何とぞ ご内聞に
由紀は ドイツにいる時でしたから
医学部の友人に頼んで 心臓発作と いうことになっておりますから
・・・先生も お気をつけ下さい
最近 恵子の夢に 先生が 登場しているようです
あの娘は 加減が解っていないのです
快楽を得ながら 相手を殺さない術を 由紀は知っていました
しかし あの娘は 不幸にも すでに
本当に 絞め殺してしまっているのです
最大限の快楽を知った者に 後戻りは 不可能です
お気をつけ下さい・・・・・・」
前田は フラフラと立ち上がり 挨拶もせぬまま 出ていった
恵子が 母親を殺した・・・
しかも そのことで 快楽を 得た・・・
それも まだ 5歳や 6歳の時に・・・
もう 疑うことはない
俺は 恵子に 殺される
多分 どこかのビルの屋上で
首を絞められ
恍惚のうちに・・・・・・
再び ドア・ベルが鳴った
「よお いつにも増して 間抜けた顔やな
何かあったんか」
「あっ ああっ 会いたかった 会いたかった」
「気色悪い奴やなぁ
何かあったんか よい 何があったんぞ」
「恵子の父親が来た」
「ほれで?」
俺は 今聞いたばかりの 話を Mにした
堰を切ったように 喋り続けた
早く 吐き出したかった
「ふうん なるほどなぁ」
Mは 腕組みしながら 考え込んでいた
「何が なるほど なんぞ」
「いや お前には言わんとこ 思おたんやけど・・・
実はな 惟義 お前やないで ご先祖さんの方や
惟義の日記を読みよるとな
遠回しなんやけど ほおゆう 記述が よお 出てくるんよ」
「ど どおいう?」
「例えばやな
今夜の絞めは強かった おかげで咳こんだ
とかな
Kの締めつける力は徐々に強くなっているようだ
17の頃は 絡めてくる程度だったのに
今では 呼吸が しにくくなる程に強くなっている
とか 恵子を養女にして52で死ぬまで 続いとる
というより 日記いうても このことだけ 書き連ねとるメモなんやけど
ワシ 初めは 締めつけ とか書いとるけん
アレのことや と思うて 気にせんかったけど
最後の行だけ 全然 違う筆跡で こう書いとったんや
Kは強く絞め過ぎた 俺は死んだ やっと 逃げることができた」
(続き)