AWC 「月面」(2)  久作


        
#2370/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF     )  92/11/20   1: 5  (145)
「月面」(2)  久作
★内容

夜風に当たりたくなり
ブラリと街に出た
ハリウッド風のジャケットに ソフト帽のモボ
電髪を当てたワンピースのモガ達が
だらしない笑顔でソゾロ歩いている
亡国の兆しだ

背後からザワメキが近付いてきた
振り返る
憲兵たちだ

   赤 青 緑 黄 紫

ネオンが反射し
むき出しの銃剣が 色とりどりにギラついている

最後尾の上等兵の胸ぐらを掴んだ
「何事かっ」
「ああっ 大尉どのっ 暴動でありますっ
 この先の洋館に 無政府主義者が立て篭り 警官たちと交戦中でありますっ」
上等兵を突き飛ばし
軍刀の柄を押さえて駆け出した

「どおしたっ」
「あっ 大尉殿 どこ行ってらしたんですか」
「ちょっとな 無政府主義者だと」
「はい 主義者たちが集まっているとの情報で
 警官たちが踏み込んだんですが 奴ら 銃を持ってまして
 警官が3人ほど殺られました」
「この洋館の主人は」
「はい ロシアの外交官なのですが 先月から帰国中で
 今は 留守番の母娘がいる筈ですが 無事かどうか・・・」
「よし 突っ込む」
「しかし 奴らの人数も解りませんし
 15分も撃ち合っていますが まだ弾が尽きる様子はありません」
「付いて来いっ」
恩賜のモーゼルを抜き 安全装置をはずした
刻印された菊の御紋が眩ゆく輝いている
全身に殺気がみなぎってくる

ためらう軍曹と4人の兵を連れて
隣家の敷地から裏に回った
灯りは点いていない
窓を外して忍び込んだ
モーゼルを左手に持ち替え 軍刀を握った
足音を忍ばせ長い廊下を歩く
半開きのドアから光が洩れてくる

中に入ると 豪勢な寝室だ
ベッドには天蓋まで付いている
床には30半ばの和装の女と17位の少女が折り重なって倒れている
和装の女は受話器を握り締めたまま こと切れていた
顔はむくみ 鼻から血が垂れていた
首を絞められたらしい
不思議と穏やかな死顔だった
警察に通報した所を主義者たちに殺されたのだろう
少女は気を失っているだけだった
可哀相に 目の前で母親を殺され さぞ恐ろしかったことだろう
揺り起こそうとしが やめた
騒がれたら面倒だ

「お前ら 屋敷を捜索し
 賊の人数を確認して戻って来い それから作戦を立てる
 俺はここで待ってる」
「はいっ」5人は廊下に滑り出し 散って行った

妖しく美しい少女だ
切れ長の目を縁取る長い睫毛は 濡れている
母親が殺されるのを見て泣き叫んだのだろう
細めに通った鼻筋にうっすら脂が滲んでいる
肌は極めて白い
少し寒気がして目を背けた

なにげなく振り返ると 驚いた
少女そっくりの 西洋女性が男の寝首を掻いている 油絵だ
女は 向こう側にあるベッドにだらしなく眠っている男の首を斬っている
こちらに向けられた女の背中には
逞しく豊かな筋肉が盛り上がり うねり 波打ち
女の激しい感情を表現している
しかし こちらを振り返った女の顔は
若後家らしい 艶っぽさと 優しさに満ち
まるで房事の絶頂のような・・・・・・
額に張られた金板には「ユウヂット:ヘメッセン」とあった

ユウディットは聖書に出てくる有名な寡婦だ
我が町に攻め寄せた将軍を篭絡し
同衾した後 寝首を掻いて町を救った烈婦だったと記憶する
ヘメッセンという位だから
フランドルの画工かなにかなのだろう
クラナッハのユウディットなら見たことがあるが
それは クラナッハらしい
細い目の年増が 身をキツク包み込む甚だ被虐的な衣装を着け
誇らしげな顔で 男の首の斬り口を 見せている格好のものだ
こんな無邪気な少女の しかも そのあどけない顔に似合わぬ
逞しい裸身をうねらせている絵ではない
無邪気な悦びの表情
足元に倒れている少女を見下ろす
ヘメッセンのユウディットそっくりの顔が一瞬ほころんだように見えた

もう一度寒気がして 椅子にヘタリこんだ
丁度 5人の部下が戻ってきた
気を取り直して 報告を聞いた
賊は 9人
館の正面の部屋に1人ずつ陣取って
続々と増えていく警官相手に応戦している
屋敷に隠してあったのだろう 何十丁もの拳銃や小銃を
弾がきれる度に とっかえひっかえ持ち替えて 発砲している
仕事は簡単だった
奴らは警官隊にしか注意を向けていなかった
背後から忍び寄り 呼吸を吐ききった所を見計らって
背中から 心臓を 抉る
悲鳴すら上げさせず 4人を
望み通り 政府の無い世界に送り出してやった
5人目にかかるため 廊下に出ると 軍曹に会った
忍び声で話しかけてきた
「大尉殿 皆殺しにしちゃ いけませんぜ
 1人2人は残しとかなきゃ 警察がウルサイんで・・・」
「調べるのは俺達の仕事じゃない
 俺達の仕事は鎮圧だ」
「大尉っ」
「解ったよ じゃあ 1人だけ 残しておいてやる
 多分 2階の真ん中の部屋に陣取ってるのが 頭だ」

騒動は1時間ほどで終わった
警官隊が館に押し入ってくる
右腕をモーゼルに撃ち抜かれながらも
主義者の頭は抵抗しているようだ
しかし その騒ぎも2、3分でおさまり 静かになった

寝室に戻る
少女は相変わらず気を失っている
女の顔をテーブル・クロスで覆い
少女を揺り起こした
「ん ああっ あっあなたはっ」
「心配いらない
 賊は鎮圧しました 怪我はありませんか」
「ええ あたしは
 ・・・お おかあさま おかあさまあっ」
「お気の毒ですが・・・」
「おかあさまっ おかあさまあああっっ」
少女はテーブル・クロスをむしり取ると
蒼ざめた女の顔に頬を擦り寄せ 泣きじゃくった

(続く)




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