#2363/3137 空中分解2
★タイトル (UCB ) 92/11/17 21:35 ( 56)
随筆>大洗サンビーチ おうざき
★内容
晩秋の大洗サンビーチは人影少なく、風だけがやかましく騒ぐ以外は、ひっそ
りとした雰囲気を感じさせていた。
波打ちぎわまでやたらと距離があって、駐車場やシャワーなどの雑多な設備が
ひしめくコンクリートのエリアから、砂浜をたっぷり三分は歩かないと、波を足
元に受ける事ができない。
今は柵で入りにくくなっているのだが、当時は、自転車やバイクなどで直接砂
浜に抜ける事ができた、設備の端を通る細い通路がある。海が好きな私は、暇が
あれば原付に乗って、そこを訪れ、砂浜ぎりぎりにまで原付を乗り入れ、近くの
ベンチに腰をかけて、砂浜を眺めたりしていた。
その日も、ここに来た時にはいつもやるように、そうして砂浜を眺めていた。
しばらくすると、排気音を響かせながら近付いてくる黒いオートバイの姿が、
私の視野の端に写った。大排気量車である事が一目で分かる巨大な車体と排気音
だった。
オートバイは隣のベンチで止まった。バイクが好きなのに原付の免許しか持っ
ていない私にとって、それを見て見ぬふりをするのは困難だった。
どんなオートバイなのか、じっくりとこの目で観察してみたい。できる事なら、
乗っている人と話をしてみたい。
私は誘惑に負けた。じろじろ見るのは失礼だから、一言断ろうか。暴走族だっ
たらどうしようか。この人も海を見に来ているのだろうか。いろいろな事を考え
ながらも、勇気を奮い起こして、そのオートバイに向けて足をすすめた。
ベンチに座っていたその人に向けて、一つ頭を下げて、「どうも」と言った。
相手の人は、少し探るような視線を私に向けた。
サイドスタンドによりかかり、小首をかしげているオートバイを見ながら、
「SRXですか?」と聞いてみた。
よく見てみると明らかに三十を越しているその人の目に、笑みが生まれた。黒
い牛革の上着に、これも革のツーリングパンツ、黒のブーツ。なかなか、バイク
乗りらしい、いさましい格好をしている。
「いや、ホンダのBROS(ブロス)だよ」
「そうですか。SRXだとばかり思っていました」
「なぜ、そう思うの?」
「いや、マフラーが短いから」
それを聞いて、その人は「ああ」と、賛同したらしい応じかたをした。
「何ccですか?」
「六百五十cc」
ここへはよく来るんですか。最後はどんなバイクを目指していますか。二輪の
免許を取ろうと思っているんですが、難しいですか。
今ではもうあまり憶えていないが、とにかくかなり手応えのある会話だった、
それだけは忘れていない。
私はその時二十五ぐらいだったから、もう二、三年前の事になる。その後しば
らくして、中型二輪の免許を取ったが、この出会いが事実上のきっかけになって
いた事が、今でははっきりと分かる。
私は今、原付時代からの憧れだったSRXに乗っている。そして二月に一回は、
こうして大洗サンビーチを訪れる。
あれから多くを学んだ。
二輪に乗る者にしか存在を感じる事のできない世界。四輪に乗るかぎり、悟る
事のできない領域。口では説明できない、体験した者どうしの沈黙の微笑だけが
語りえる快感を。
できる事なら、名前も聞かずに別れた彼氏に、ここで再会したい。そう思って
いる。あの黒くて大きい、マフラーの短いオートバイがまた目印になる事を願っ
ている。
もし再会できたなら、その時に言う台詞はもう決めてある。
「どうも。いつぞや、ここでお会いしましたね」
きっと、つもる話がある事だろう。
<おわり>