AWC 『夜泳ぐ』 うちだ


        
#2357/3137 空中分解2
★タイトル (TEM     )  92/11/14  22: 3  ( 73)
『夜泳ぐ』 うちだ
★内容
〜夏の話で恐縮です〜

季節ものはやっぱオーソドックスなのがよろしいわ。浴衣着てお出掛けしたり、
プールに行ったり、キャンプしてみたり。蚊取り線香つけて夕涼みしたりして、
ああ夏ーってカンジでさ。
「でも夏は海なんだよなぁ」とは友人A。彼女の家は海まで1kmもない。台風
時に電話なんぞすると、海が荒れるのが見えるというからなぁ。
「最近行かないよね」と私。
「だって焼きたくないもん」
はい、そうなんですよ。私たち、一般にいう25過ぎればお肌の曲がり角って
ことで。日焼けはお肌の大敵だもの。口は悪いけど二人とも一応女性なのさ。
「ねっ。良いこと考えた」と私。
「なになに??」
「夜泳ぐ」
なんて冗談のつもりだったんですけどね。(『夜歩く』は横溝正史)
「いいっ!それいいっ」
と言われて、なあんだやっぱ「良いこと」じゃんと認識したりして。だって昼
間ほど混んでないだろうし。ほら、日焼けしないじゃない?

翌日PM7:00にAと待ち合わせた。彼女の家で水着に着替えて、バスタオ
ルとカメラを持ってGO。吹く風が涼しくていい気持ち。昼間は人でごったが
えすここらのビーチも、今や寂しき祭りの後。さすがに夏だから、まだふらふ
らしている輩ももちろん居るけれど。ちなみに海のほうは全くもって私たち二
人のものだった。んーらっきぃ。海は黒く、波はダークグリーンだ。
私とAは海へ駆け出した。子供みたいだ。私たちはなかなか年をとらないのは
いいとして、いつまでたっても大人になれないんじゃないかと時々不安になる。

さてところが、夜は水が冷たい。当たり前ですか?
立ち止まる私を追い抜いて、Aはざぶざぶざぶと深いほうへ入っていく。さす
がは海の子、一味違う。しかし私だって、やると言ったらやる。こう見えても
過去には75M泳げたのだ。

“あそこに浮かぶブイまでなら泳げるよね”
“ま、それくらいなら大したことないじゃん”
との暗黙の了解があって私たちは沖へ出る。

まず平泳ぎ、これは体力消耗度がもっとも低いからである。しかしこれは元来
私の持ち技ではない。慣れないからやだ。途中で犬かきに切り替える。犬かき
も体力消耗など大したことないからのう。

それにしても進まない。実は波がけっこう荒いのだ。ジャブジャブと力強く戻
されそうになる。うー負けないもん。

でここで本来の得意技クロールを出す。主役はトリである。しかしいかんせん、
すでに体力値は二桁台を切っている。手も重けりゃ足も重い。目的地まで行け
ても戻れなきゃ意味はない。Aの姿を前方のブイに見る。あー負けた負けた。
意地より命だよー。ホント言うと75M泳いだのは子供の頃の話なんだ。

私は向きを変え、泳ぐ。耳元でジャブジャブと波の音。今度は沖に流されてい
るようだ、力強く戻されそうになった。岸が結構遠い。私は一瞬あせって犬か
きになる。うう、いかんいかん。パニック状態になったら溺れて死ぬ。ブイま
でたどり着けば、Aが助けてくれるだろう。振り返るとAの姿とブイが小さく
遠い。帯に短したすきに長しとはよくいったものだ、なんて言っている場合じゃ
ないぞ。迷う間にも体力の減少を感じる。岸へ行くか、ブイまで行くか、こりゃ
究極の選択だ。

私は岸へ泳いだ。なんだかすごくヤバイような気がする。しかし岸へって決め
たんだから、泳ぐしかないけど。まずいなぁ死んじゃうかもしれない。

死ぬ。こうやって何げなく人って死んでしまうものなのだろうか。

すでに体力値は一桁を割るところまでいっているが、手も足もなぜか動く。“
火事場の馬鹿力”ってやつ?でも“火事場の馬鹿力”というのが人類に等しく
備わった能力だとしたら、事故で死ぬやつなんていないんじゃないのか?
私は死なない。死なないと思ったら死なないんだろう、きっと。疲れて岸まで
の距離も分からなくなってくるけれど、とにかく止まれば死んでしまう。

そんなわけで私の頭はけっこう哲学していたけれど、手足は健気な働きを見せ
ていつの間にやら岸までたどり着いた。命からがら(こう書くとイキナリ白々
しいが)たどり着いた浜では、子供やヤンキーが花火をしていたりして。
結論。季節ものはやっぱオーソドックスなのがよろしいわ。

                        おしまい




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