#2322/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 92/10/28 23:40 (179)
推理>「死刑」 その1 スティール
★内容
その1 発 端
春、ある晴れた日の昼休み、俺は、散策を
していた。すぐ横には、グラウンドがあり、
数十人が、そこで、ソフトボールを興じてい
た。いつもは、俺も、ソフトボールに加わる
のだが、今日だけは違った。春の日和を全身
に受け、俺は、ただ、ぼけーっとして、辺り
をうろうろしていた。たまには、こういうの
もいいかもしれないと、俺は、思っていた。
建物の壁に沿って、俺は、歩いていた。ま
もなく、灰色の壁の角にさしかかり、俺は、
その壁の変化に沿って、曲がった。その先は、
左側が5メートルほどの高さの塀、右側は建
物という、幅広い道になっていた。そこで、
俺は、ふと、あることに気付いた。普段とは、
少し、違うことにだ。建物の壁に、寄り掛か
るように、誰かが倒れていた。その誰かは、
春の陽気に誘われて、昼寝でもしているかの
ように、微動だにしない。しかし、昼寝にし
ては、変だ。うつ伏せだし、首の曲がり方が、
少し奇異な感じがした。俺は、ゆっくりと、
近づいた。嫌な予感がした。まさか、こんな
ところで、殺しが・・・。まさか・・・。
その誰かに近づいた俺は、思わず、声が上
げた。
「シゲさん、シゲさんじゃないか!」
壁に倒れかかっていたのは、シゲさんだっ
た。俺は、シゲさんの名を呼びながら、その
体を抱き起こした。しかし、シゲさんの首は、
重力に逆らわず、不器用に、ぶらぶらとして
いた。首の骨を折られて、完璧に死んでいる
ようだ。
普通の人間なら、こういうときに、動転す
るのだろうが、俺は、まったくといっていい
ほど、動揺していなかった。なにしろ、俺は、
三人も人を殺した、人殺しなのだから・・・。
しかも、その三人のうち、一番最初に殺した
のは、俺の実の母だった。次に、殺した奴は、
俺に、こんなふうに、首をへし折られて、死
んだのだ。
俺は、ともかく、看守を呼びにいくことに
した。看守に、シゲさんの死を知らせるため
に、俺は走り出した。走りながら、俺は、思
った。(しかし、誰が、なんで、死刑囚なん
か、殺したんだろう?)と。
2時間後、俺は、手錠をはめられて、懲罰
房に入れられていた。第一発見者である俺は、
どうやら、犯人と間違われたようだ。おそら
く、ムショのなかでは、正式な取り調べがで
きないのだろう。俺は、今日明日からでも、
検事のもとに通わされることになるのだろう
か?
不意に、ドアの鍵を開ける金属音が響いた。
我が身の不幸にクサっていた俺は、その気配
を、まったく気付かなかった。
一番最初に入ってきたのは、このムショの
所長、二番目に入ってきたのは、熊のような
体格をした、俺にとっては、見覚えのない男
だ。体格からみると、まるで、マル暴専門の
デカのようだが?
所長は、デカに揉み手をしながら言った。
このデカは、そんなに偉いのか? それとも、
所長は「殺し」という不祥事で、萎縮してい
るのか? ともかく、所長の声は、俺の耳に
入ってきた。
「この男が、シゲさん殺しの容疑者です」
俺は、むかついた。デカだろうが、所長だ
ろうが、死刑囚に、もう怖いものなどないの
だ。
「俺は、シゲさんが倒れているのを発見した
だけだ!」
所長は不愉快そうな顔をして、
「本庁の刑事さんに向かって、なんてことを
言うんだ! いますぐ、謝罪しなさい」
(まったく、ムショと幼稚園を間違えてるじ
ゃないのか、この所長は・・・)と、俺は、
いつものにように、思った。
刑事さんと呼ばれた、熊のような幅広のデ
カは、表情ひとつ変えず、座っている俺に、
語りかけるように、しゃがみながら、言った。
「三ヶ月前に、ここに、送り込まれたそうだ
な。その前は、どこにいた?」
「府中だ。死刑の判決を受けて、ここに来た
んだ。こっちのほうが、二審の高裁が、近
いからかな? いやっ、それとも、死刑囚
が、こっちに、多いからかもしれない」
俺の軽薄なしゃべりとは対照的な口調で、
デカは言った。
「茂三郎のことは、どのくらい知ってるんだ?
おめえら、死刑囚は、みんな仲がいいんだ
ろう、ホモみてぇにな」
最後の言葉が余計だが、これは、いちおう、
尋問だろう。警察の奴らも、かなり、あせっ
ているようだ。デカは、さらに、言葉を続け
た。
「茂三郎は、あの有名な、三鷹事件の犯人だ。
本人は、やってねえっていってるがな。だ
が、法務大臣のハンコさえありゃ、いつで
も、首吊りで死刑にできる、死刑囚だ。ど
うして、殺したんだ?」
カマをかけて、きやがった。この、あほデ
カが・・・。
「俺は、やってねぇ! なんの証拠がある!
だいたい、死刑囚、殺して、どうすんだよ
う!」
デカは、ニヤニヤと、笑った。
「わかるもんか? お前は、自分の母を、殺
した男だからな」
俺は、頭にきた。言い訳がしたかったが、
やめた。だが、俺は理性を失い、自分の言葉
が荒くなるのを止めることは、できなかった。
「なんだとー、おめえに、何が分かる」
「なんべんでも、言ってやる。これは、お前
が、最初から自供し、一貫して認め、裁判
でも証言していることだ! お前は、人殺
しだ。母を殺し、そのほかに、二人も殺し
た。今度の殺しだって、お前がやったって、
別に、おかしくはない」
「俺が人殺しの殺人犯だから、シゲさんも、
殺したというのか・・・。あんな爺さんを
か?」
これが、正式な尋問の代わりの「カマかけ」
だということは、わかっていた。俺は、その
手に乗せられないために、だんまりを決め込
むことに、決めた。
「ばかやろう。もう、てめえのツラなんか、
見たかねえ。俺に、何か聞きてえんなら、
ミニスカートの婦人警官でも、連れて来て、
しゃがませて、パンツ丸見えで、尋問でも
させな」
俺は、床に寝ころんで、後ろを向いた。お
そらく、あとの尋問は、明日から、地検に連
れ出して、行われることになるだろう。
俺の予想どおり、デカは「明日迎えにくる」
と、手短に言い残して、房から出ていった。
意外に、あっさりと諦めて、出ていった。た
ぶん、非協力的な態度をとっている俺に対す
る質問をするのは、違法な捜査になって、ま
ずいと判断したのだろう。あとの捜査は、明
日からになるか? だが、これで、今日の飯
はヌキになるかもしれない。看守を殴った懲
役が、手錠を後ろ手に掛けられたまま、一週
間も、犬のように、飯を食わされた、などと
いうのは、ムショでは、よくあることだ。
懲罰房に入れられ、手錠をはめられた俺は、
考えた。シゲさんが殺されたというのは、ど
う考えても、おかしかった。府に落ちないこ
とだった。いったい、どうして? 誰が?
何のために?
スティール