#2289/3137 空中分解2
★タイトル (RAD ) 92/10/21 15:23 (178)
野生児ヒューイ 第一部(4) 悠歩
★内容
野生児ヒューイ 第一部(4)
悠歩
少年は途中、一度木から降りて下に横たわっていた虎の体にヒヒの頭を持つ奇妙な
獣の死体を何かの繊維を寄り合わせて作った縄で自分の背中に括りつけた。
それが済むと再び片手でティナを担ぎ上げ、木の上に飛び乗り移動を始めた。
その移動の早さには目を見張るものがあった。
ティナ一人を抱えたままで移動するだけでもかなりの労力が必要とされるだろうに
その上、優に百キロは越えている獣を背負って普通の人間が平らな道を歩くよりも早
い速度で移動している。
密林といっても(少年+ティナ+獣)の体重を支えられる枝はそれ程多くはない。
時には次の枝まで五メートル以上離れていることもあったが、少年は苦も無くそれ
を飛び移って行った。
明らかに少年はこの密林のなかで生まれ育った者に間違い無い。
ティナは少年の肩の上で絶望を感じていた。
少年の肌は日に焼けてはいたが、ティナと同じ白色人のものだった。しかし、それ
以外はこの密林での行動力、あの怪物を倒した力、ティナにとって全く理解できない
言葉、どれを取っても昔見た映画の中の”蛮族”そのものだった。
やがて少年は密林を抜け広くなった場所で乱暴にティナを降ろした。
「やっ、いたい」
倒れ込んだティナは両手をついて、ゆっくりと上半身を起こし、恐る恐る周りを見
渡した。
そこは頑丈な岩場で、奥のほうには崖が見えた。
崖には大小幾つもの穴が開いていて、ちらちらと人影も見える。どうやらその洞窟
が住居になっているようだ。
横穴式住居というやつだ。人間の住居としてはもっとも原始的である。
少年の姿を見つけて人々が集まってきた。大人や子ども、男や女、五十人程はいる
だろうか? ティナはこれだけの生きている人々を見るのは久しぶりだった。
しかしティナに安堵感はなかった。集まってきた人々は皆、少年と同じ様な獣の皮
の服を着て中には乳房を露にした女性もいた。
やはり皆白人で比較的顔立ちの整ったものが多かった。乳房を露にした女性もかな
りの美人といって良かった。
だがそれだけに彼らの口にするティナにとって理解できない奇妙な言葉が不気味に
感じられた。
人々はティナと獣と怪物の爪を交互に見比べ、少年になにやら話掛けていた。
「痛い!」
突然髪を誰かに引っ張られティナは叫んだ。振り向くと、小さな子ども達がさっと
大人達の影に隠れた。
ティナはその子ども達を見て、涙を流した。今の自分が彼らにとって珍しい見世物
になっていることに気付いたのだ。
しばらくすると集まってきた人々を割って白髪の老人が現れた。どうやら彼らの長
老らしい。
老人はゆっくりと少年に何かを話掛けたが、もちろんティナには全く理解できなかっ
た。
『長老、約束通りバルバを倒してきた。これで俺も戦士として認めてもらえるな』
少年は自信に満ちた声で長老に言った。
『ふむ、確かに。だがこの娘は何だ? このわしも初めて見る奇妙な姿をしているが』
『森でザンザ(怪物のこと)に襲われているを見つけた。ついでだからザンザも倒し
て連れてきた』
長老はしばらくバルバの傷を丹念に調べていた。そして何かを納得すると再び少年
に話掛けた。
『間違い無くお前の槍が致命傷になっている。しかも見事に一撃で決めたようだ。宜
しい、認めよう。お前は今日から我が部族の戦士だ。ヒューイよ!』
少年、ヒューイは嬉しそうに笑った。戦士として認められること、それは一人前の
男として認められたということである。
『俺はまだ認めていないぞ!』
人々の一番後ろに立っていた2メートル半はあろうかという大男が叫んだ。
人々の間に緊張が走る。
彼の名はガルフ。一族の戦士を束ねる戦士頭(がしら)である。
基本的に一族のなかでの事柄の決定権は長である長老にあったが、こと村を守る戦
士に関することについては戦士頭の承認が必要とされている。
『どうしてだガルフ? 俺は掟通り、一人でバルバを倒した。ならば掟通り戦士とし
て認めろ』
ヒューイは体格的にも遥かに勝っているこの年長者に臆することも無く、言った。
彼らの中には現代人のような上下関係というものは存在しない。確かに長や戦士頭な
どとある事柄に対し、皆を指示する立場の者はいたがそれは我々の思っているような
地位などというものではない。
ガルフは人垣を分けこちらに向かって歩いてきた。
『こんな小僧が一人でバルバを倒したなどと信じられるか。大方、バルバとザンザが
共倒れになったところを拾ってきたのだろう…』
そしてガルフはヒューイの横を通り過ぎ、ティナの元で足を止めた。それから大き
な体を屈め、ティナの髪を手にし、珍しげにそれを眺めた。
「ひっ!」
密林の中を散々走り回ったため、随分汚れてしまってはいたがそれでもティナの髪
は美しく輝く金色の光を隠せずにガルフの手のなかでさらさらと流れて行った。
『ふむ、金色の髪とは珍しいな。この娘、俺が貰う。いいな? ヒューイ』
ガルフの言葉に答える代わりにヒューイは槍を投げ捨て身構えた。
『やーっ』
ヒューイは自分よりも遥かに大きなガルフに真正面から突っ込んで行った。
言葉の分からないティナは彼らの間で何が起こったのか、全く理解ができなかった。
ただ突然に始まった戦いに、彼らが「ターザン」映画に出てくるような野蛮人である
ことを確信した。
この後、自分がどんな目に会うのか想像すると身の毛がよだつ。
「に…逃げなきゃ」
幸いなことに皆の注目はヒューイとガルフの戦いに注がれている。逃げ出すのなら
ば今しかない!
ティナは気付かれないように出来るだけそっと立ち上がり、森のほうに歩き出そう
とした。
しかしティナの行く手に四、五人の子ども達が立ちはだかった。
『お前は、ヒューイ兄ちゃんかガルフの勝った方のものになるんだ』
「な、なに? この子達。何を言っているの」
真正面から突っ込んで行ったヒューイはガルフの直前で素早く跳躍した。バルバや
ザンザと戦ったときのように、そのスピードと跳躍力を以て相手を攪乱する戦法に出
たのだ。
しかし戦士頭として数々の実戦を経験してきたガルフはヒューイのその戦法に惑わ
されることはなかった。
ヒューイの体が視界から消えると慌てもせず、しかし素早く左手を空に延ばし己の
頭上にあったヒューイの足を掴んだ。
−グン−
そしてそのままヒューイを地面に叩き付ける。
普通の者であれば全身打撲で即死であっただろう。しかしヒューイは咄嗟に柔道の
受け身の形を取っていた。誰に教わったものでもなかったがそれは自然のうちに身に
付いたものであった。
それでもガルフの渾身の力で叩き付けられた体には激痛が走る。
そこにガルフの蹴りが飛んできた。
ヒューイは素早く飛んでこれを避ける。
それにしてもガルフの動きはその巨体からは信じがたいものがあった。通常、2メー
トル半もの身長があれば、ただ立って歩くだけでもかなりの負担になるものである。
ところがガルフはまるでオリンピック選手のような機敏な動きで、その2メートル
半の巨体を操っていた。
ヒューイは距離を取ってダメージの回復を計った。
『フフフフ… フハハハハッ』
突然声高らかにガルフが笑い出した。
『やるな、小僧』
ガルフの額に、一筋の血が流れていた。いつの間にやったのか、ヒューイの一撃が
ガルフの額を割っていたのだ。
しかし、受けたダメージはやはりヒューイの方が遥かに大きかったのだが。
『流石にジョンの息子と言ったところか。……………良かろう。貴様を戦士として認
めよう、ヒューイよ」
そう言ってガルフは満足そうに人々の中に消えて行った。
『さあ、来い!』
無事、戦士の仲間入りを果たしたと同時に彼女の所有権を得たヒューイがティナの
腕を取って引いた。
「いや、やめてよ」
言葉では抵抗してみたがティナは割とおとなしく、それに従った。今や抵抗が何の
意味も持たないことを悟っていたのだ。
これ迄起こったことを言葉が分からないこともあり、ティナは全く理解していなかっ
た。
だがもし、彼らの言葉を理解していたら憤慨してティナはなおも抵抗し続けたに違
いない。彼女の意志を全く無視し、まるで何かの景品のように扱われていたのだから。
ヒューイに連れられてティナは泉に出た。彼らの住居となっている洞窟がある崖に
小さな滝が幾筋も流れ落ちているところがあり、そこがヒューイ達一族の水場になっ
ているようだった。
そこでは既に何人かの子ども達が水遊びを楽しんでいた。
ヒューイはティナを連れたまま、水の中に入って行く。
「ちょっと、服が濡れちゃう」
不意にヒューイがティナの後頭部を掴み、そのまま押し倒した。
「! 殺される!!」
水中に顔を押し込まれ、酸素を求めながらティナは思った。
このまま殺されて彼の食事にされてしまう。
そんな恐ろしい考えがティナの頭を掠めた。
しばらくしてヒューイはその手を引いてティナの顔を引き上げた。
「はあ、はあ、はあ」
新鮮な酸素を求め、ティナは荒く呼吸する。そして怯え切った目でヒューイを見つ
めた。
ティナの呼吸が整い始めた頃、再びヒューイは腕に力を入れた。
『洗えば奇麗になるじゃないか』
そんなことを三回繰り返した後、ヒューイはティナを担ぎ挙げて崖を上り自分の住
居となっている洞窟で彼女を降ろすと何処かに行ってしまった。
「…あのとき…アルトマンさん達と…天国に行けば良かった…」
薄暗い洞窟のなかでティナは生まれてから一番惨めな気持ちになっていた。
洞窟の外の空は赤く染まり始めていた。
寒かった。とても寒かった。濡れた衣服が体温を奪って行く。
「ごほっ、ごほっ」
洞窟の奥で何かが咳き込んだ。
ティナは一瞬びくっとしたが、それ程怖いとも感じなかった。
咳の主に恐ろしい殺意を感じなかったこともあるが、仮にそれが恐ろしい猛獣であっ
てもこのままこんな思いを続けて行くよりもいっそ、死んでしまった方がいいと思っ
たからだ。
「ワー?」
奥のほうから声がした。先程の咳の主だろう。もちろん、ティナには言葉の意味は
分からなかったがそれはどうやら若い女の声のようだった。
「誰か…いるの…」
ようやく洞窟の暗さにも目の慣れてきたティナはその声の主の姿を求めた。
洞窟の奥のほうに獣の毛皮で作られた寝具で横になった二十歳代の半ばから後半く
らいの女が驚いたようにティナのほうを見つめていた。
そして女はゆっくりと口を開いて言った。
「あなたは誰? お嬢さん」
それはティナにもはっきりと分かる、耳慣れた言葉だった。
つづく