AWC 狐穴小屋であったことは(2)   くじらの木


        
#2281/3137 空中分解2
★タイトル (BCG     )  92/10/18  10:49  ( 61)
狐穴小屋であったことは(2)   くじらの木
★内容
 すべてが順調に進んでいました。
 秋山は遭難したことになり、死体も見つからず、私の妻も疑っている様子は
ありませんでした。
 僕は課長代理になり、大手メーカーとの取引も成功しました。
 会社にあの女からの電話があったのはそんな時でした。
「もしもし、田宮さんですね、私、狐穴小屋であったことはだれにもまだ話し
たことはありませんのよ」
 信じられませんでした。あれを誰かに見られたなんていうことは。
 女は楽しかった思い出話でもするかのように続けました。
「私見てましたの、あの小屋の中二階の隅で、私もうびっくりしちゃって、ひ
ざなんかがたがたしちゃうし、きっとすごい悪い人だと思ってたら、普通のサ
ラリーマンのかたなんですね、田宮さん」
 いつも見慣れたオフィスのなかの風景、お茶を運んでいる女子社員や、紙コ
ップのなかの冷めたコーヒーや、開いたままの書類ケースそんなものすべてが
何か遠いところの風景に感じられました。
「今のところ、完全犯罪、ふふ」
 僕の頭は混乱していました。いったいこの女はだれなんだろう、どうして僕
を捜し当てたのだろう。それの答えは見つかりませんでしたが、この女が警察
に行かず僕に電話をしてきたのは何か目的があるからで、それは最悪の場面と
はいえないような気がしました。
「何が目的です、金ですか」
「今日、あなたの家に電話します、ちょっとお願いしたいことがあるの」
 そう言って電話は切れました。
 僕は受話器を持ったまま小さく震えていました。
 僕は脅迫を受けている。
 だれだかわからない女に。
 いや、まてよ。
 その時一人の女のことを思い出しました。
 僕が以東岳を下ったところにあるガレ場で秋山を待っていたとき、僕に声を
かけたあの女です。
 あの女は秋山を殺した時、小屋に泊まっていたのか。
 僕は小屋の中をよく見なかったことを後悔しました。
 その日の夜、女からの電話が約束通りかかってきました。
 金だろうと思っていた僕の予想は見事に外れました。
 もっとも僕から絞りとれる金などたかが知れているのかも知れませんが。
「人を殺していただきたいの」
 その女はまるで煙草の火を貸していただきたいの、とでも言っているかのよ
うでした。
「心配いらないわ、あの時とまったく同じでいいのよ、まったくいい方法だわ
それに今度は、あなたが殺す人は、あなたとはまったく関係の無い人なんだか
らあの時よりずっとあなたの立場は有利だともいえるわけよね」
 彼女はちょっと笑った後、その男が狐穴小屋に泊まる日と、男の人相や体付
きを詳しく僕に話しました。そしてこれがうまく成功したら、僕の口座に一千
万円振込むことと二度と電話を掛けないことを約束しました。
 もちろんそれが信じられるものなのかはわかりませんでしたが確かなことは
、僕には一つの道しか残されていないとゆうことです。
「わかった」
 僕はそう答えたのです。その男とあなたの関係は、などということは聞きま
せんでした。
「今度は、小屋にあなたと、その男しかいないことをよく確かめてね」
 彼女はそう言って電話を切りました。

 そして今、僕はここにいるのです。
 なかなかあなたが来ないものだから、ついついこんなことを書いてしまいま
した。
 ここを出るときにこれは燃やしていこうと思っています。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 勇一は読み終わると、また後を振り向いた。
 あの男がゆっくり立ち上がるのが見えた。
                      おわり
                         くじらの木でした




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 くじらの木の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE