#2243/3137 空中分解2
★タイトル (TEM ) 92/10/ 7 0:39 ( 50)
場所固定>月世界の女 うちだ
★内容
窓の外のくらい空には、大きな青い地球が浮かんで見える。地球から月を見る
より大きく感じたのは気のせいじゃなく、実際4倍近く大きく見えるのだとい
うのは最近聞いたことだ。俺がここ月面ゴクレニウス営業所勤務になってから
やっと1カ月が過ぎた。
「月面も3年くらい前までは船の中みたいに無重力状態で、いつも簡易宇宙服
を着用してて面倒だったけどさー。今じゃ居住区内は地球と変わらないよ」
月面生活をしたことのある同僚が言ったように、環境は思ったほど悪くなかっ
た。火星の8:2に比べると、月の人口の男女比率は3:7。やはりデスクワ
ークが多いからだろうか。2係1課での俺の仕事も簡単な伝票処理だった。静
岡の営業所と比べると断然仕事量が少ない。ヒマなせいもあるのだろう。とな
りの席の3つ年上の井上政美がしきりに俺に話しかけてくる。彼女は2歳のこ
ろ両親に連れられて地球を出て以来20年以上、宇宙船や月面での暮らしばか
りという話だった。それにしても、この女はよく喋った。
「やっぱ地球人がいいわよねー。タカチホ星人なんて、私たちから見るとかな
り異様じゃない。あの色って最低だと思わない?」
「そうですねぇ」
俺はあいまいに返事をした。彼女の言うタカチホ星人とは、このゴクレニウス
営業所の責任者のことだ。俺はここに来たときに1度会っている。目が痛くな
るような鮮やかなピンクのスーツを着込んだ7等身の女性だった。美人のよう
だが、金髪緋眼で肌はなめらかなグリーンときているため、地球育ちの俺なん
かにはかなり異様な感じを受けた・・・なんて言うと、また地球の男は保守的
でイカンと叩れそうだからやめておく。
「ねえねえ。鈴木さんも日本人でしょ。私もなのよ」
「・・・はあ」
「出身地はどこ?」
「静岡です」
「あ、知ってる知ってるー。富士山があるのよねーっ。」
俺はうんざりしてしまったがよく耐えた。その辺をよく考慮に入れてほしいと
思う。俺はこの営業所に勤務する向こう4カ月間、平穏に暮らしたかったのだ。
「同郷同士仲よくしましょうね」
井上がしなだれかかってきた。(ひーーーっ)これが4カ月も続くのか?俺は
叫びそうになるのをこらえたが、井上の細い肩を突き飛ばしてしまった。頭が
重いからバランスがとりにくいのだろうか、彼女はあっと言う間にぶざまに仰
向きにひっくりかえしてしまった。じたばたと床でもんどりうつ井上に、俺の
言うまい言うまいと念じていた気持ちがぐらついてしまった。
「お前と一緒にするなーーっ!!この女ぁ、た・た・・・・・」
俺は言ってはならない事をとうとう口に出してしまった。
「タコのくせにーっ!!!!」
「ひっ、ひどおぉいっ。それって差別よ、セクハラよ」
・・・・言ってはいけないことだった。どこの世界においても、(特に女には)
容姿のことは言ってはならないのだ。俺だって分かっている。あのムーンフェ
イスという現象は無重力状態で起こる。頭に顔に血が昇ってしまうため、顔が
大きく見える。重力が地球の6分の1の月面暮らしや、重力のない宇宙船での
暮らしを20年も続けていた、彼女の頭がデカイのは仕方のないことだ。その
分体が萎んでしまっているのも仕方のないことだ。でもその、昔の映画に出て
るようなタコ型宇宙人そっくりの彼女に馴れ馴れしくされる、俺の気持ちも少
しは察してほしい。
つづく・かもしれない