#2146/3137 空中分解2
★タイトル (RAD ) 92/ 9/15 1:23 (151)
真理子2 悠歩
★内容
「ごめん、待った?」
前の夜、ドリフを最後まで見ていたため、僕は約束の時間に十分ほど遅れてしまっ
た。
「うん、ちょっとだけ」
少女はそう言って優しくほほえんだ。
そう言えば明るいところで少女の姿を見るのはこれが初めてだ。(もっとも、少女
と会うのはまだ、これで3回目なのだから、当たり前かも知れないが)
白いつば広い帽子に白のブラウス、白いソッ
クスに白くてピカピカの靴、そして、透き通る様な白い肌。
背中には小さな可愛らしい、水色のナップサックが背負われていた。
清楚な白で統一された少女は、白い陽光の中にあっても奇麗でかわいらしい。
いや、むしろその不健康なまでに白い肌が、この現実的な光の中にあって、あの、
夕暮れ時の少女とは別の妖しさを感じさせた。
それに比べ、僕の格好ときたら、寝癖の抜け切らない頭をタイガースの野球帽で隠
し、同じく、色あせた二十二番のタイガースのシャツ、そして、泥まみれ運動靴。
見事なまでに対照的な二人だった。
「さあ、行きましょう」
その場で、ぼーっと彼女に見惚れていた僕に、遅刻を責めることもなく少女は言っ
た。
そして、小さなポシェットの中から二枚の切符を取り出し、一枚を僕に手渡し
た。
「あっ、お金」
ポケットに手を入れて小銭を取り出そうとした僕に、
「また、今度でいいよ」
と言って、少女は改札口へ歩き出した。
僕は慌てて後を追った。
電車の長椅子に並ぶようにして、僕たちは並ぶようにして、腰掛けた。
やっぱり、遅れてきたことを怒っているのだろうか。改札口を抜けてきてから、少
女は一言も口を聞こうとしなかった。
僕は何とかこの息苦しい状況を抜け出そうと考えていたが、どうしても会話が切れ
出せなかった。
何か、会話のきっかけになるものはないかと、僕は、電車の中を見渡した。
平日には通勤、通学客で一杯になるこの電車も、日曜の午前中ということもあって、
廻りにはさほど乗客もいない。近くの動物園にでも行くのだろうか。親子連れの姿が
見える。
結局僕は、会話のきっかけを見出だせず視線を少女のほうへ向けた。
少女は何か遠い眼差しで、窓の外の流れる風景を見つめていた。
そのまま二人の間に沈黙が続いた。
今にして思えば、もし、このとき僕が少女の様子に気付いていれば…何かもっと変
わっていたのかも知れない。
「そう言えば、私たち、まだお互いの名前も知らなかったわね」
最初に沈黙を破ったのは少女のほうだった。
確かに、僕たちはまだ、お互いの名前を知らなかった。考えてみればおかしな話で
ある。
「え、えっと、ぼ…僕、大介。川元大介」
「私は、真理子。飯村真理子。よろしくね」
お互いに名乗り合った後は、それまでと打って変わって、会話が弾んだ。
学校のこと、友達のこと、家のこと、まるで久しぶりに出会った友人同志のように、
二人の会話は続いた。
真理子の学校は、僕の通っている学校のとなりの学区にあり、真理子は僕と同じ小
学四年生で、先月十才になったばかりだという事だった。
僕にとって、大変心地のいいこの時間は、どちらかと言うと、僕が話し手で、真理
子が聞き手となり、目的の駅に着くまで続いた。
一時間ほどして、電車は目的の駅に到着した。そして、そこから更にバスで四十分
ほど揺られ、あとは歩きとなった。
この辺りは、ちょっとしたハイキングコースになっているようで、僕達のほかにも
何組かの乗客が一緒に降りた。
「う〜ん、空気がおいしいな」
僕は、思い切り深呼吸をしながら言った。「さあ、急ぎましょう」
真理子はそんな僕を優しく促すように言うと、歩き出した。
「ちょっと、ねえ、待ってよ」
僕は慌てて真理子の後を追った。
バスを降りてから、真理子の様子が何か変わった。それが何か、そのときの僕には
分からなかった。
だが、それまで、どちらかというと物静かな、深窓の令嬢とでも言うような感じの
(もっ
とも、これは僕の一方的で、勝手なイメージであるが)少女だったのが、突然、スター
トのゲートが開かれた競争馬のように、ゴール(目的地)に向かってつっ走った。
「ねぇ、どうしたのさ、もっとゆっくり歩こうよ」
「時間がないの、ゆっくりなんて、してられないわ」
真理子は僕に構わず、どんどん急ぎ足で、何組ものハイキング客達を追い抜いて行っ
た。
しばらくして、僕はようやく真理子と並んだ。
「ねえ、真理ちゃん。どうしたのさ。何怒ってるの?僕、何かいけないこと言った?」
だが、真理子は何やら思い詰めたような険しい目で、ただ、前を睨む様な目付きで、
歩き続けていた。
正直、僕はこの真理子という少女が判らなくなっていた。
初めてあの川原であったときは何やら、物憂げで妖しい魅力に引かれたが、突然それ
まで全く見知らぬ同志だった僕をこんな所に誘ったり、電車のなかで見せたように明
るくなったり、また、突然怒ったようになったり。
僕は次第に怒りのこみ上げてくるのを感じて立ち止まった。
「いいよ、何怒ってるんだか知らないけど、勝手にすれば、僕はもう帰るから」
僕は、半ば感情的になって言った。
僕がそう言ったのを聞くと、真理子は急にその場に足を止めた。
二人の間にはやや距離があったが、それでも真理子の肩が震えているのが僕にははっ
きりと見て取れた。
「あっ…、ごめん…。僕が言い過ぎた。ごめん」
真理子は何も答えなかった。
小さな肩が震えている。
『やっぱり、泣いてるんだろうな』
何かとても後ろめたい気持ちになって、もう一度少女に謝ろうとしたとき、不意に
真理子がこちらに振り返った。
その瞳からは、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出していた。
「ご、ごめん。ごめんね、真理ちゃん。ねえ、
泣かないで。ねえ、ごめん、真理ちゃん」
僕は必死に謝ったが、真理子はその場に立っ
たまま、声も出さず、その大きく円らな瞳から、大粒の涙をぼろぼろと流し続けた。
僕はどうしていいのか判らず、我ながら情けない顔になって、真理子を見つめた。
ほんの十秒程度のことだったろうか。
僕にはとてつもなく長い時間に感じられた。
やがて、真理子が首を小さく横に振った。
「ちがう…の…」
「えっ?」
余りにも、小さくて弱々しい声だったので、僕は聞き返してしまった。
「ちがうの…、大介君が悪いんじゃないの。みんな私のわがままなの。ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
真理子はそう言いながら、今度はその場に座り込み、そして、声を上げて泣き出し
てしまった。
「泣かないで真理ちゃん、僕が悪かったんだ。真理ちゃんじゃないよ、真理ちゃんが
悪いんじゃないよ」
しかし、真理子はなかなか泣き止みそうになかった。
どのくらいの間、泣いていただろうか。真理子はようやく落ち着いてきたようだっ
た。
「まだ…、いっしょに行ってもらえる?」
涙の残ったままの大きな瞳を真っ赤にして、真理子は僕に弱々しく尋ねた。
「なに、言ってるのさ」
涙で目を濡らした真理子があまりにも可愛らしくて、少し意地悪をしてやりたくなっ
て、僕はちょっと怒ったような声で言った。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「そう、そうよね…」
本当は、もう少し意地悪をしてやるつもりだったが、悲しそうな真理子の顔を見て
るととてもこれ以上、続けられそうになかった。
「何てね。当たり前じゃないか、そ
のためにここまで来たんじゃないか」
僕は出来るかぎりの笑顔で(もっとも、今にして思えばそれは、情けないものであっ
たように思えるが。)そう言った。
「ほんと、本当なの?」
真理子の問い掛けに、僕は大きく首を縦に振って答えた。
「ありがとう、ありがとう大介君」
真理子の顔に、パアッと、笑顔が射し、感極まったように僕の首え抱き着いてきた。
「よかった。本当に良かった。私、怖かった…、怖かったの。だって、もしこのまま
大介君が怒って帰えっちゃったら、私、ひとり…、ぼっちでいかなくっちゃならない
もの」
嬉しさのためか、僕に抱き着いたまま、真理子は泣きじゃくった。
僕は、少女の温もりを遠くに感じながらまるで夢の中にいるような気分だった。
そして、そのためか、それとも僕がちゃんとした思慮を持ち合わせていなかったた
めか、真理子の言葉の真意に気付くことができなかった。
しばらくして、僕達は再び歩き始めた。
足取りはそれまでとは打って変わって、ゆっくりとしたもので、真理子も先程のこ
とがまるで嘘のように明るかった。
お互いに話も弾んで、取り留めもない話をしながら、僕達は川上を目指した。
つづく