#2058/3137 空中分解2
★タイトル (NZH ) 92/ 8/17 22:28 (200)
剥 製 愛 好 会 『Crazy For You』RUI
★内容
若草色をした草原で、歳は10歳ぐらいだろうか、少女は自分の飼っている鳥と遊んでいた。
それは、カラスだったが、羽は黒ではなく、雪が積もったように白かった。遠くから見ると、鳩よりも大きめの白い鳥に見えた。
突然変異で、白くなったのだろうが、遠目にもそれはとても、美しい光景だった。
「ほら、ライカ、こっちよ!」
ライカというのは、そのカラスの名前だろうか。
少女が花輪を作って、飛んでいるカラスの首にかけてやる。
カラスも嬉しそうに、空高く舞い上がり輪を描いていたが・・・
「バアン!」
と、いう銃声と共に、その絵のような光景はビリビリに裂かれた。
空中を舞っていたカラスの白い色に深紅の血が飛び散った。そして、その物体は支えを失ったように地面に下降して行く。
犬の声が遠くで響く。
「ライカ・・・?」
少女は震えていた。幼い彼女には、まだ何が起こったのかわからなかった。
「ライカ!」
急いでライカの落ちて行った方向へ走った。
その時、ざざっと、少女の目の前のしげみが搖れた。
少女は、彼女から見ると、とてつもなく大きい猟犬と、顔を会わせていた。白に黒い斑があり、足や胴は引き締まっていて、いかにも機敏そうである。
その犬の口にはライカ−−先程まで大空を優雅に舞っていた白いカラスがくわえられていた。
彼女はそのまま、動かなかった。いや、動けなかった。
その犬は彼女の視線を感じ取り、足を止めた。
静寂が周りを包んだ。
少女の胸の奥からの叫び声さえも、閉じ込めたまま。
その内、唐突にピューピューと、口笛が高く聞こえた。犬はピクンと耳を立てると、自分の使命を思いだしたように、口笛の鳴る方向へ駆けて行った。
少女はその場に立ちすくみ、そして、力尽きたように草原に座り込んだ。肩を震わせて泣いた。
透明な液体が、緑の絨毯に染み込んで行く。
少女は、声を押し殺し、震える声で何かを呟いた。10歳の子供にしては、異様な程の迫力があった。
「許さない・・・わよ。・・絶対に・・・後悔させてやるから!」
「こうやってるのは、いいもんだ・・・」
と、村野竜一は呟いた。
容貌は、白髪でもうかなりの年齢と見受けられるが、まだまだエネルギッシュな体力と好奇心を持ち合わせている。
ここはある大学の−−一名門の大学の構内。そして、村野竜一は、ここの生物学の教授である。今日、彼の担当の授業は終って、午後からはずっと暇になっていた。
村野はこれ幸いと、やり残していた実験を終えたが、今はもう既に5時を回っている。 授業が終った学生が、通用門にちらほら見える。
「いいもんだ−−−」
と、村野はもう一度、呟いた。
実験も一段落ついて、もう、黄昏が窓にまで迫り、ガラスを通して中の動物たちを赤く染めていた。
村野の趣味は剥製を集める事だった。
鷹や鳶や狼、熊まで揃えてある。
やはり、こうも数があると、あまり人間が長くいられるところではなかった。
しかし、それは、感受性の違いというもので・・・
ここは村野専用の−−−本来の実験室の階下にある地下室。唯一、村野の心がやすらぐ場所なのだった。
自分の動物達を見るがために。
自分の今までの努力の結果を賛賞するかのように。
突然、上でドアをノックするような音がした。村野は急いで地下室から出て、実験室のドアを開けた。
そこには、まずまず可愛らしい顔立ちの娘が立っていた。村野を見ると、軽く首を傾げた。
その様子になんとなく見覚えがある。
そうだ。自分の担当の授業を受けている、1年の娘だった。もっとも名前の方は、忘れてしまったが・・・
「ああ、君か・・・どうした?」
村野はドアのノブを握ったまま、尋ねた。
彼女は、黙って顔を伏せ、何も言わない。
「・・・まあ、入りなさい」
村野は彼女を部屋に招き入れた。「汚い所だけどね」
薬品の臭いが染みついているテーブルと簡単な椅子に彼女を座らせた。
「で、用事の向きは何なんだね・・・」
村野は穏やかにその点を聞いた。
「村野教授・・・あの・・・お願いが」
突然、うつむいていた彼女が口を開いた。
「お願い? 何なんだね?」
「私、計算してみたら、先生の授業の単位だけが足りなかったんです。ほんの少しですけど。で、もうすぐ進級会議があるでしょう。それで、あの・・・」
「成程」
村野は、真剣な顔をして思い詰めたような生徒がやって来たので、内心は、一体どうしたんだろうと勘ぐっていた。
しかし、そんな単純な話だったので、思わず笑顔になった。
「成程。単位をねだりに来たんだね。ま、君はここのところ、私の授業に出てきてなかったからね。単位が足りないのは、当り前だ」
「だ・・・駄目ですか?」
彼女は上目づかいに村野を見つめた。
こう見ると、なかなか魅力的な表情をしている。
「君、名前は? あまりに授業に出て来なかったから、忘れてしまってね」
「私は、相良瑞穂よ。珍しい名前なのに、覚えないんですか?」
「そうか。・・・相良・・相良ね」
村野は、ペラペラと、分厚い紙で覆われた、出席簿のようなものをめくると、
「・・・確かに出席はこれじゃ、まずいな」
と、顔をしかめた。「しかし、実習とか、テストの方は決して悪くない。君は意外によくできるんだなあ」
村野はチラ、と彼女を見た。
「よし!」
村野は、パタンと出席簿を閉じた。
彼女−−相良瑞穂はハッとして顔を上げた。
「次に進級した時に、しっかりと出てくれるのなら、単位は約束しよう」
瑞穂の顔が嬉しさに紅潮した。
「本当ですか! わあ、嬉しい! 村野教授、ありがとうございます!」
と、飛びついた。
長く肩に垂らした髪のシャンプーの香りが、微かに匂った。
「あーあ。ホッとした! 教授、コーヒーでも入れましょうか?」
瑞穂はいきなり笑顔になった。
「生憎、ここにはコーヒーなんて洒落た物は置いてないんだ。実験室だしね」
村野は、机を簡単に片付けながら苦笑した。
「本当に殺風景な部屋ねえ・・・」
瑞穂は、部屋を見渡しながら言った。
「実験室なんだし、この辺りに鷲とか鷹とかの剥製があったらいいのに。ね、先生!」
「あるよ」
と、村野は知らず知らずの内に言っていた。
なぜだろう?
「あるって・・・剥製が? 鷹とかの?」
瑞穂は、すこし驚いたようだった。
「ああ」
本当に、私はどうしてこんな事を言っているのだろう。
あれを見せれば、秘密でもなくなるというのに。いや、それよりも、もっとまずい事になりかねないのに。
「秘密の地下室にあるんだよ。見せて上げようか」
言葉は勝手に口をついて出てきた。
「嬉しい! 先生の秘密だなんて!」
村野はそんな瑞穂の様子をじっと、目で追っていた。
彼女は本気で喜んでいる。・・・まあ、いい。今ごろの娘だ。どうせ大学の学科意外の物には知識などないに違いない。
ただの動かない動物だと思って見るだけだ。
そうだとも・・・
地下室には、さっき−−先刻までの動物たちの剥製があった。
ただ、この中に天然記念物指定の動物達がいなければ、村野もここまで大切にはしなかっただろう。
家に置いておくと、妻には内緒なのだからいつばれるかわからない。物置などに入れておくとほこりを被って駄目になってしまう。
だったら、大学の構内の自分の実験室だったら?
村野はそう考えた。幸い、工事などもさほど難しくない。
実験などに使う危険な薬品を置くという名目で、大学側に承諾して貰った。
もちろん、薬品も名目通り置いてある。
「随分と暗いのね・・・」
瑞穂は恐る恐る硬い石の階段を、村野の後について下った。
「そりゃそうさ。地下室だからね」
「空気が悪くなりませんか?」
「いや、換気扇がついているからね。常に新鮮な空気を取り入れてる。長時間いてもいいようにね。−−さあ。ここだよ」
「・・・凄い」
瑞穂はそれを見て、思わず感嘆の声を上げた。「あ! それに、地下室に窓がついてる!」
「ああ、地下室にいることが多い時もあるから、窓がないのが耐えられなくてね、夕日の濃い色が入って来るといいと思って・・・」
村野は誇らしく言った。
「これは、私の自慢だよ。この仕掛は穴を掘って、そしてレンズで屈折させて・・・」
ここで村野は、言葉を切ってフッと笑った。
瑞穂は全く村野の説明を聞いてなかった。熱心に剥製を見ている。
その熱心さは、興味ぶかげというより、一種、他の感情が混ざっていた。
その様子を見て、村野の顔に少し不安の影が落ちたのも、当り前だった。
「・・・凄いわね。この鳥。 なんて名前?」
「なんだ、そんな事も知らないのか? 無知だな」
村野は少し、ホッとしながら、「ああ、これはね、きじだよ」
「ああ・・・そうだったわね。あ、これは? 鳩?」
それは他の大きな剥製に埋もれるように囲まれていた。
「これね。珍しいだろう? これは鳩じゃない、白いカラスさ」
「白い・・・」
「そう、突然変異だろうけどね。白子って聞くだろう? しかし、白いカラスは、後にも先にもこれきりだよ」
「そう。滅多にないのね」
瑞穂は静かな声で呟いた。
「ああ、滅多にね」
瑞穂は、硬い石のようになった白いカラスの羽を指先で撫でながら、
「・・・私も昔、これと同じ鳥を飼ってたわ。小さい頃、林で、巣から落ちた雛を育てたの。私にもよくなついて、順調に育ち始めてから驚いたわ。そのカラスは雪のように白かったの。とても賢くてね・・・ライカって名前だった」
村野の顔は蒼白になり、たじろいだ。
「顔色が変わったわ」
瑞穂が静かに言った。
「あれは・・・どうしてもほしかったんだ・・・噂を聞いて・・」
村野はよろけた。「すまなかったと思っている・・・」
「−−本当に偶然だわ。私は、あの時、ライカを殺した奴に復讐を誓ったけれど、年月は経ってるし、捜す宛がなくて諦めかけていたところだったの。村野教授とは思わなかったけど・・・」
瑞穂は村野の謝罪の言葉が聞こえないかのように、
「・・・ここの動物達、かわいそうに。こんなに硬く固められて・・・」
と、軽くきじの頭を爪の甲で触っている。
身体から冷汗が出て動けない村野を横目でうっとりと眺めながら、瑞穂は、呟くように言った。
「・・・ねえ、あなたもこの動物達といっしょに固まってみたら?」
「何を・・・考えてるんだ・・・君は」
村野はこみ上げて来る恐怖を押え、震える声で言った。
「新鮮な空気を入れるために、ここは換気扇がついてるって言ってたわね。それを故障させて、この地下室のドアや隙間にテープで目張りをしたらどうなるかしら? それで、ここに閉じ込めておいて・・・」
「やめろ!」
村野の悲痛な声も彼女にはもはや、届かなかった。
彼女は、ほがらかに笑いながら、地下室の階段を軽快に上がって行った。