#1985/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 92/ 7/24 10:56 (129)
毬つきの夜(2) 青木無常
★内容
「だあれえエタってえ」
「江多十郎。通称マッドくん」
なんなのそれえ、と聞くあたしに先輩、説明してくれる。江多っての、一年の
ときから三年に進級した今年までずううと先輩と一緒のクラスだった(くそ、う
らやましい奴)という、究極のオタッキーくん。入学当初から目つきばっか危険
に鋭くて、いつもひとりでぶつぶつ言ってるような超変態で、とーぜん友だちな
んかも一人もいないんだけど、校内では超有名人(あたし、知らなかった)。な
ぜかっていうと、理科準備室延焼事件、東校舎三階のトイレ暴発事件、工作棟爆
裂倒壊事件、女子体操部下着泥棒騒動(ぬれ衣、との噂もある)、美術室木炭大
量盗難事件(迷宮入り)、プールの水まっ黄っ黄騒動、全部この江多十郎が張本
人だといわれてるから。
で、その原因。ようするにこの江多ってゆわゆるマッドサイエンティストで、
究極超能力開発装置だの驚異の人工降雨システムだのヒトフェロモン検出増幅機
だのといったまゆつばもののみょーな機械ばっか作ってんの。んでもホントにそ
んなもんできたらそれこそ特許もんなんだけど、今までそれがまともに働いたこ
とがない。たいてい爆発か炎上、ひどいときなんかガーピーギーとうなり声あげ
ながら『人類の夢! 空間転移装置・消えちゃったくん』が学校中をどっかんど
っかん跳ねまわったあげく、たまたま来てた教育委員会のお偉いさんの禿げ頭か
らカツラむしりとって「ピーッ、転送ガ終了シマシタ。ピーッ」などとのたまわ
ったとゆーとんでもない逸話まであるらしいの。破格よね。
「じゃあなーに? この怪現象はその江多のせいだってゆーんですかあ?」
「たぶんね。奴には収集癖があってね。電子手帳だのポケベルだのは、しょっ
ちゅう盗まれては奴の怪しげな機械に組みこまれちまうらしいんだ。CDウォー
クマン? いかにも危ない」
「そんなーあ! だってあたしあのCD――」
べったん。
と、ぬれた音があたしの言葉をとぎらせた。先輩もぎょっと目をむき、背中ご
しにおそるおそる、ふりかえる。ぎゃーあたし見たくなーい!
現実は情け容赦もなくあたしの眼前にその様相を開示する。純白、というより
は蒼白の着物きた変なおじいちゃんが……ずぶ濡れの、皺だらけの顔で……笑い
ながら……おいでおいでしてるう! もういやっ!
ぎゃあ(省略なし。だいぶ余裕でてきたでしょ)と叫んで走りだした。先輩、
あたしがひっぱるまでもなくちゃんとついてくる。なに面白そうに笑ってんのよ
ー、もー。
ばたばたばたとなんだかすごい羽音が頭上をよぎった。わっ、なにあれ、コウ
モリ? じゃ、なんで人間の顔してんのもおおおおおおいやだっ!
「先輩っ! 江多十郎のいそうなとこってどこっ?」
あたしついに、ぶち切れた。先輩、驚きに目をむきながらうれしそうに笑い、
「どうしたんだ急に?」
「どーしたもこーしたもあるもんですか。あたしの大好きな学校をこんなにメ
チャクチャにしちゃって、もーうそいつ絶対許せないっ! がっきんがっきんプ
レスしてスクラップ置場にほうりこんできてやるんだからっ」
おお、と先輩感嘆の息をつき、よしこいとさきに立って走りはじめた。よーし!
新校舎の一階からはじめて南館、東校舎、工作棟にクラブハウスと片っ端から
しらみつぶしに走りまわった。「あたしの制服かえしてー」だの「目がほしいい
い」だの「X=……あああ、わからない」だの「ぼくは君が好きだったのにい」
だの、恨み言葉のオンパレードでつぎつぎ立ちはだかる幽霊たちも(不思議と
「うらめしやー」だけはなかったのよね)もうこうなったら単なる有象無象、こ
こにはあたしと先輩と、にっくきCDウォークマン泥棒の仇役しか存在しない究
極のロマンファンタジーワールドよっ、とわけのわかんないこと唱えながらあた
したち、ついに北別館、北東隅にひかえる『旧視聴覚室』にたどりついた。
閉じられた扉といーかげんに閉められただけの暗幕の隙間から、うすぼんやり
と灯火が見えるのを確認したあたし、先輩と目、見あわせてにんまり。
だん! と扉両開きにして踏みこみ、
「つかまえたわよ、CDどろぼうっ!」
と叫ぶと、なんだかひょろーっとした脂ぎった額に歯医者の反射鏡みたいなの
つけた超暗い変態野郎が
「うひい」
と間の抜けた声で叫びつつシェーのポーズをした。こいつか。
「おい」と先輩凛々しくつかつかと江多十郎に歩みより、「おまえ、今度はい
ったいどーゆーガラクタつくりやがったってんだよ、ええ?」
と胸ぐらつかみあげる。すると江多十郎、地獄の底からお恨み申し上げますみ
たいな陰気な目つきでにたあと笑い、
「霊界通信機」
ぱかん! いてえ、ぼっぼっぼくに、天才のこのぼっぼっぼくにっ、なにをす
るんだ、と激しくどもりながらぶつぶつ文句たれる江多にあたし、もう一発ぱこ
ん! と先輩のスポーツバッグからちゃっかり抜き出したラケットで一撃加える。
ひいい、ひいい、と泣き声だか呪咀の叫びだかよくわからない不気味さでうめ
きながらゴキブリみたいに這いずり逃げる江多十郎はもう完全に無視。先輩は、
と振りかえると、 「このCDウォークマン、だめだな、もう」
「ええっそんなあっ! じゃCDは? 清志郎様の『Blue』はっ?」
と訊くと先輩、しばらくあちこち見まわしたあげく、
「……あれじゃないのか?」
と――江多十郎の脂ぎった額にとりつけられた反射鏡を指さす。ああっ!
「ちょっとお、あたしの大事な清志郎様のCD、いったいなんに使ってんのよ
この変態!」
とラケットふりまわしながらさんざ江多追いまわしたあげく、やっとのことで
CDだけは無事にとりかえした。ああっ清志郎様!
送ってくよ、とやさしく言ってくれる先輩とは、ウォークマンこわしちゃった
こと謝るために京子の家の前でわかれた。もうさんざん。京子には冷たく「弁償
してよね」と一言いわれただけでばったんと門前払い、ひとりびくびく帰る道々、
さっきまで一緒だった先輩にしきりに「おまえ、ホントはすごい女傑だったわけ
ね」とてっぺんから爪先まで呆れられちゃったこと思い出して、ああ、もう……
生きてることからやんなっちゃう!
ただいまー、としょぼたれて玄関をくぐるとキッチンからお母さんが「さっき
電話入ってたみたいよー」と声をかけてきた。もうっ……わかってんなら出てく
れたっていいのに。どうでもいいけどさ、もう……。
部屋に入ると留守電の再生ボタンがチカチカチカチカ白々しく明滅してる。は
あ。と荷物ほうりだし、唯一無傷だったRCのCD、プレイヤーに入れて再生す
ると、あたし制服のままベッドに倒れこんだ。ああ。今宵は『上を向いて歩こう』
が死ぬほどリアル。
ひとめぐり曲が終わってもあたし、しばらくぼーぜんとしてた。留守電入って
ること、ふと思い出して再生ボタンを、おしてみた。
『よお、無事に帰れたか』と、ついさっきまで一緒の空気吸ってた金沢先輩の
声が、あたしをがばと起こさせた。『唐突だけどよ、よかったら俺とつきあって
くれよ。今日俺、おまえのこと見直したっつうか、けっこう本気で好きになって
きてな。ま、よかったら、だけどな。以上。ばいばい』って、いったいどういう
ことおおおお? だって先輩、さんざっぱらあたしのこと呆れてお転婆だの怪獣
だのヨモツシコメだのめっちゃくちゃ言ってたじゃなあい。どーゆーことよおこ
れ。
矢も盾もたまらず、電話した。受話器をとった先輩は、留守電のおちついた声
とはちょっとちがって、なんだかテレてるみたい。やっぱりあたしのことお転婆
だってさんざんけなしたりしたけど、でも、ホントに本気みたい。あたしとつき
あいたいって。本気よね。本気でしょ? 本気なのっ。意地でも。
本気にしていいのね、ね、ね、ね、と際限なくくりかえすあたしに先輩、笑い
ながら何度も「ああ、大丈夫だよ」と言ってくれた。だからあたし、さっそくデ
ートの日どり決めて約束とっちゃった。明日、学校ふけて渋谷にいくの。ああ…
…幸せっ! 幸せ幸せ幸せーーーーーーーーっ!
「じゃ、明日の十一時にハチ公わきの交番前ねっ。絶対だよ」
「わかってるって。あ、それからさあ」
うん。わくわく。なになに? 『好きだよ』とか?
「おまえが江多追いまわしてばきばきにしちまったラケットのことなんだけど
……」
げ。
世の中甘くない。翌日あたしは先輩と日がな一日楽しーく過ごしたあと、バイ
ト先さがして地元の駅をうろうろ、あちこちまわるハメになった。結局、駅前の
ロッテリアに決めて、先輩、あたしの入ってる日は毎日きてくれる。うれしいん
だけど、できたらカウンターなしで、ふたりっきりで過ごしたい。
学校のほうはあの夜ほどじゃないけど、やっぱりあの時以来なんだか幽霊騒ぎ
だの怪現象だのが頻発するようになっちゃった。先輩は活気が出ていいじゃない
かなんて呑気なこと言ってるけど、あたし冗談じゃないわ。だから二人で一緒に
帰る日は、あの夜と同じように、今は半袖になったYシャツの袖ぐいぐいひっぱ
りながら、暗くならないうちに校舎から出るようにしてる。でも、今よりももっ
ともっともっともっと先輩といられるんなら、幽霊なんてあたし怖くない。だか
らあたし、一日もはやく借金完済するためにがんばるんだっ。……京子のぶんも
あるし。
はあ。ふたりの蜜月は遠い。
(了)