AWC 森からやってきた少年(3) 樹精


        
#1921/3137 空中分解2
★タイトル (NRB     )  92/ 7/ 2  19:26  ( 98)
森からやってきた少年(3)                樹精
★内容
               三

  次郎は十一月の末に、ちょっとかぜをこじらせて一週間ほどねこんだ。が、
その時はなんとかぶじなおった。ところがその年の暮れ、足に力が入らなく
なって立つことができなくなり、起き上がろうとすると両手でひざこぞうを押
さえなければならない。手もいくらか力が弱くなってしまった。次郎の両親は
おどろいて大学病院へ次郎を連れて行った。次郎はただちに入院となった。病
気の名前はギラン=バレーとかいうフランス人の名前がついている、ちょっと
めずらしいものだった。マリオは次郎のことを心配して、ほとんど毎日のよう
に電話をかけてくれた。次郎はそのたびに喜んで車いすで電話口に出た。次郎
の受持ちのお医者さんによると、この病気はたちの悪いものではなく、時間は
かかるけれども、ゆっくりと手足の力がもどってくるということであった。入
院中、次郎は不思議に感じたことがあった。マリオと電話で話すと、動かない
足にそれまでよりも力が入るように感じたからだ。次郎は、約一カ月で退院す
ることができたが、それでも、退院する前はいつもかけっこで一番だったのに、
すっかり足が遅くなってしまった。
  三学期の間マリオは休み時間になると、足を使う遊びによく次郎をさそった。
いなか育ちだったマリオも、かなり足は速かった。他の子には負けてしまうの
にマリオといっしょに走ると、ならんで走ることができるような気がして不思
議だった。

              四

  桜の花さく頃となり、次郎たちも五年生になってクラス替えがあった。次郎
はどきどきしながら新しいクラスの名前の発表を見た。運の良いことにマリオ
と同じクラスだった。マリとも同じクラスだった。ハジメがマリオに「おまえ
マリと同じクラスじゃないか。」とはやしたてたが、マリオは平然としていた。
 5年生の授業も、何事も変わったことなく始まった。マリオは相変わらずマ
リに話しかけられて、新しいクラスメートたちにうらやましがられていた。が、
マリオもマリにたいして、気軽に答えていた。むしろ見ていて回りの級友たち
は、さわやかな感じを受けた。マリとマリオが話していても、ほかの男の子も、
(もちろん次郎も)気楽にその話の中に入って行けるというところがよかった。
  5月、緑があざやかになると冬のあいだ葉を落としていた、あのケヤキが、
わかばを付け始めた。そしてまた、次郎とマリオの話し相手になってくれるよ
うになってきた。つゆの頃の緑は、それはそれはみずみずしいもので、わざわ
ざカサをさして二人でその緑色をながめに行ったくらいだった。
 7月に入って日差しが強くなると、「木のシャワー」をあびることができる
季節になった。ケヤキは半径三十メートルほどにもわたって、枝をのばして木
陰(こかげ)を作っていたが、日差しの強い日はその中にはいると本当にシャ
ワーを浴びているような気もちになった。
  夏休みも近付いたころ、次郎はマリオにハイキングにさそわれた。
「どこへ行きたい?」
「高尾山がいいな。」
次郎はそうとうの暑さを予想したけれども、山の緑も何か教えてくれるような
気がしてそれにうなずいた。
「マリもさそってみようか。」
と次郎が言った。
「うん、いいよ。」
「あと、2、3人・・・ケンタロウとユリコとすみれにも声をかけてみよう。」
次郎が4人に声をかけてみたが、
「夏の暑い日にハイキングなんて。」
と言う声があがった。それをマリオに言うと、
「よし、みんなをケヤキの所に連れて行こう。」
と、6人集まって7月の暑い日のさかりにケヤキの所へ行ってみた。
マリオは、ケヤキの木のみきに近づいたり遠ざかったりしばらくしたのち、次
郎達に声をかけた。
「このあたりでどうかな。」
ちょうどその場所は、ケヤキの緑の香りが一番気持ちよく感じられて、空気が
他の所とは比べものにならないほど新鮮な感じがすることがみんなにもわかっ
た。マリオは、
「ハイキングっていうのは、こういう所に行くんだ。」
と言った。そしてマリオはケヤキの幹に近づいて耳を当ててみせた。ケヤキの
生えていた公園は車のよくとおる道に面していたのだが、みんなが耳を当てて
みるとしんとした静けさの中に下から上へとせせらぎのようなかすかな音が聞
こえた。さそわれた4人とも、
「わかるような気がする。行ってみようか。」
と言った。
  夏休みに入ってまもなく6人は新宿駅に集まった。中央線下りホームの待合
室は、ログハウスで、木のいい香りがする。みんなはつい、きゃっきゃと中で
はしゃいでしまった。。  弁当は女の子3人が用意してくれた。 男子は水筒
を持ってきた。
 午前8時半に新宿をたつ「かいじ101号」にみんなは乗った。さいわい席
はすいていて横並びに3人ずつ、向かい合って座ることができた。マリはちゃ
っかりとマリオのとなりに座った。
  まもなく家並がまばらになり、左手に富士山が初めは低く、そしてだんだん
とその美しい姿を見せるようになった。
  列車の両側には、やがて山々がせまるようになってきた。6人はトランプな
どをして遊んでいた。そんな途中、マリは思いだしたように
「マリオと次郎って仲がいいのね。」
と、うらめしそうにいった。次郎もマリオもその言葉にほほえんだだけで、何
も答えなかった。
  特急「かいじ」は九時三十二分、高尾駅についた。そこでみんなは列車を降
りた。  駅からまもなくハイキングコースになっていた。山を歩きなれたマリ
オがグループの先頭をきって歩き始めた。マリオは町の中を歩くときよりもゆ
っくりな足取りで、山道を登って行った。マリオは口数は少なかったが、他の
みんなは、初めのうちはにぎやかにおしゃべりしながら登って行った。が、三
十分を過ぎる頃になると登り坂もけわしくなり、さすがにみんなも息を切らせ
ながら黙って歩くようになった。林の中でときどきどこからともなく小鳥のさ
えずりが聞こえて来る。そして林そのもののささやき、あのケヤキの幹で聞こ
えたと同じ種類のせせらぎが聞こえているのにいつかみんなは気づいた。一時
間ほど登ったところでマリオが、
「ここらでひと休みしようか。」
と言って、リュックサックをおろした。
マリオがリュックをおろした場所は、尾根の両側がひらけていて見晴らしがよ
かった。涼しい風を気持ち良さそうにうけながら、景色を眺めているマリオの
横顔を見て、次郎はマリオに公園へ連れてこられて「ハイキングとはこういう
所へ行くもんなんだ」と言われたことを、思いだしていた。





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