AWC ジャスティス大統領 1   永山


        
#1883/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/27  14:35  (186)
ジャスティス大統領 1   永山
★内容
 退屈な小説を読んでいると、上から声が降ってきた。まもなく着陸らしいの
で、八神征典は文庫本をバッグに仕舞い込んだ。機内放送がシートベルトを締
めろと言っている。
 隣のアメリカ人らしい大男の肩にぶつからぬよう気を付けながら、八神は腰
を掛け直し、ベルトを締めた。その時になって初めて気付いたのだが、背もた
れが汗で濡れていた。やはり、初めての海外旅行で緊張しているのだろうか。
 日本で見られる夜景がどれも色あせてしまう程、見事なニューヨークの灯だ
ったが、それを横目に、旅客機はケネディ空港に滑り降りた。ニューヨーク・
ケネディ空港は、ニューヨーク東南部はマンハッタンからハイウェイで24キ
ロ程行ったところにある。
 機を降り、預けていた荷物を受け取ると、八神はバス停を探した。が、何や
ら案内看板があるのだが、もう一つ飲み込めない。仕方がないので、彼は英語
を使うことにした。日本を出てから、初めて言葉を話す。
「フェアダスザバスリーブ?」
 二、三度、口の中でもごもごと繰り返してから、近くの人をつかまえて聞い
てみた。まん丸として人のよさそうな中年の男だ。
「エクスキューズミー。フェアダスザバスリーブ?」
”Airportbus?”
 相手は、八神を見てびっくりしたようだが、すぐさま、聞き返してきた。
「あー、イエス、イエス」
”Is there……”
 方向をしっかり聞き取り、一度確認してから、八神は礼を言って、その男
と別れた。
 バスはニューヨーク市内まで2ドルとかからない。摩天楼見物には手ごろな
ところだ。金持ち用にはタクシーはもちろん、ヘリコプターもあるのだが。
 隣に座ったのは、若くてスタイルのよい金髪女性。八神と同じくらいの年齢
だろうか。赤いドレスを身に纏っているのが、鮮やかだ。
”Are you Japaneze?”
 バスが走り出すか出さないかの内に、金髪女性が話しかけてきた。
「イイエス」
 緊張して答える八神。英語は余り自信がない。しかし、心配は無用だった。
「私、大学で日本語の勉強をしている。ルーシーベネットという名前です」
 なかなか正確な発音で、彼女は話した。
「あー、日本語、話せるの?」
「はい、少しくらいは……。色々と日本語や日本の事を知りたいと思いますの
で、少しお話させてくれませんか?」
「ホテルに着くまでの時間なら、いいですよ」
 景色を見ることができないけど、まあいいかと思い、八神は応じた。
「ありがとう。じゃあ、最初は、お名前とお歳と日本のどこから来たのかを、
教えて下さい」
「八神征典という名前で、あ、漢字は分かるの?」
「いいえ! そちらはまだほとんど分かりません」
「それじゃあ、紙に書くと、こんな風で。英語で言うと、エイトゴッド……ま
あ、いいか」
 そうやってメモを渡すと、ベネットの方はクスクスと笑った。
「エイトゴッド? 随分と……神秘的な名前ですね」
「神秘的か、そいつはいいや。で、歳は二十六。かの有名な東京から来たんだ
よ」
「やはり東京ですか。それじゃあ次ですが、こちらには何の目的で来ましたか
? やはりお仕事の関係ですか?」
「ん、まあ、仕事と言えば仕事かな。ここでもうすぐ、射撃の国際大会が始ま
るでしょう? そこで欠員ができたから、その補充に選ばれてね。急なことだ
ったんで、迎えもなしに、こうして一人でホテルに向かうんだ。本当の仕事は
銀行員なんだけどね」
「では、射撃大会に出る訳ですね? 頑張って下さい」
 そうこう話している内に、八神の目的地が近付いてきた。この頃になると、
彼はベネットと別れるのが惜しくなっていた。
「あの、これ、名刺」
 裏に素早くローマ字で名前やホテルの住所を書き込むと、八神は彼女に渡し
た。ベネットの方は、今度はニコッと笑うと、住所や電話番号をメモした紙片
を渡してくれた。
「その番号、大学の方のだから、間違えないで下さいネ」
 と言って。
 八神は荷物を持って、なるべくゆっくりとバスを降りた。時々、ベネットの
方を振り返る度、前の方に座っている白人の太ったおばさんや、黒人の怖そう
なサングラス男が不審そうに顔を向けたが、八神はお構いなしである。
 降りてからも、八神はベネットの窓の方を見ていた。彼女の顔が見えたので、
手をふると、相手も返した。見えなくなるまでふっていた。
 さて、ここからはタクシーに乗らなければならない。
「Tホテル、プリーズ」
”O−K−”
 行き先を告げると、よく年齢の分からない白人男が、間延びした声で答えた。
 チップも含めて2ドルと60セント程払って、八神はイエローキャブを降り
た。
 ホテルのロビーに足を踏み入れ、フロントに名前を告げると、パスポートの
提示を求められた。パスポートで自分の身元を確認させると、同じ日本選手団
の監督を呼んでもらえた。
「おー、遠いところ、ご苦労さん。急なことで迎えに行けなかったんだ。すま
んすまん。大変だろうが、頑張ってくれ」
 八神が挨拶を言えない内に、監督は早口でそう言うと、続けて今後のスケジ
ュールを話し始めた。

 大会は終わった。若手の有望株ということで、急遽選ばれた八神であったが、
やはり成績は奮わなかった。出来るだけのことはしたつもりだから、それなり
の満足感はあった。あとは一日、ニューヨーク見物である。この遠征の予算は
どこから出ているのか、なんてことを気にしても始まらない。骨休めに専念す
るのに限る。
 観光客ほどではないが、それでも、ニューヨーカーから見ると、けた外れの
大金を身につけた八神ら日本人選手は、貴金属店やらポルノショップやらのお
定まりのコースを歩いた。後者なんかは、堂々と置いてあるものだから、立ち
止まってじっくりと見てしまう。そんなことをしていると、後ろからポンと肩
を叩かれる。振り向くと、物凄い身体つきの黒人女性やらシワの目立つ白人女
性やらが立っていて、”Hey,boy! Come on!”となるのだ。
 そんなのに飽き飽きした八神は、一団を離れ、ホテル近くの公園を目指して
いた。実は大会終了直後に、ルーシーベネットから電話をもらったのだ。彼女
は大会でのことを「残念でしたわね。お悔やみ申し上げます」と、少し不適切
な日本語で慰めてくれた。そのあと、公園で会おうと言ってきたのである。
 ゆっくりと公園の中を歩いていると、待ち合わせの噴水が見え、そこにはも
う、黄色い服のベネットが立っていた。慌てて八神が走って行くと、彼女も気
付いたらしく、こちらに笑顔を向けてきた。
「久しぶりだね。電話をもらって、嬉しかった」
 彼女の背の高さに、やや驚きながらも、八神は挨拶した。足元を見たのだが、
ハイヒールを履いている様子はない。
「どういたしまして。それより、今日は、この前のお礼として、食事を一緒に
どうですか? おごりますから」
 「おごる」という言葉のアクセントが、相当におかしかったが、意味は分か
った。
「お礼? 僕、何か役にたったかなあ?」
「あれですヨ。バスの中で、質問に答えてくれたでしょう。勉強になりました」
「ああ、あんなこと。別に何ともない。こっちの方が、お礼を言いたいくらい
だよ。こっちに来るまで、なるべく人とは話さないでおこうと決めていたから。
英語は苦手なんでね。それなのに、あそこで日本語を話せたのは、一息つけた
と言うか、気分的に楽になったんだ」
「それでも、やっぱり……」
「だいいち、大学生の君に、たとえハンバーガーであってもおごらせるという
のは、気が引ける」
「……それは、日本流の礼儀ですか? たしなみとか遠慮とか」
「それは、まあ、そうかな」
「でも、郷に入れば郷に従えと言いますでしょう?」
「諺まで知っているの! こいつは驚いたなあ。よし、じゃあ、割り勘って知
っている?」
 ベネットは首を横に振った。
「自分の物は自分で払うってことだよ。食事はこれで行こう」
 八神は大げさな身振りで提案した。郷に従ったつもりである。

 結局、八神はニューヨークに残った。夜景の見えるレストランで食事をした
せいか、あのときのベネット−−いや、今ではルーシーと呼んでいる−−は、
信じられないほど、大胆であった。
 八神には、すでに両親もいなかったので、その意味ではこちらに住み着くこ
とに、あまり障害はなかった。銀行を辞めるときに、少しもめたのだが、それ
も何とか解決した。
 障害と言えば、言葉の問題があったが、それはルーシーが教えてくれたので、
徐々にではあるが、克服しつつあった。それよりも、食うのに苦労した。ルー
シーは学生だから、大した収入は望めなかったが、それでも翻訳のバイトをや
った。何せ、八神は新人ニューヨーカーなのだ。日本風の射撃の露店を出して、
物珍しさのみをセールスポイントとしたのだが、客足が良かったのはやはり最
初だけだった。仕方なしに、私設馬券売り等に手を出すこともあった。
 こんな風にして、ようやくここでの生活に慣れ始めた矢先、事件は起こった。
八神にとって、それは悪夢としか言い様のない、また、彼の運命を決定したも
のであった。
 その日、八神とルーシーは一緒に街に出た。それぞれ別の店での買物があっ
たため、一旦別れたのち、あの思い出の公園で落ち合う約束をしていた。
「思ったより、早く終わったな」
 呟く八神。当然ながら、ルーシーの姿はない。
 それから二時間が経ったが、彼女は現れなかった。余りにも遅い。
「何やってんだろ、全く。女ってのはどこの国でも一緒だな」
 と愚痴をこぼしていると、背広姿の初老の紳士が近付いてきた。見事な白髪
であったが、どう見ても日本人ではない。八神は自分に声をかけて来るとは思
っていないので、目をそらしていた。しかし、紳士は八神に声をかけて来たの
だった。
「八神征典さんですか?」
 明瞭な日本語であった。八神はちょっと辺りを見てから、紳士が自分に言っ
た事実を確認した。ルーシーが来なくて気分が苛立っていたのも手伝って、八
神はぶっきらぼうに応対した。
「そうですが、何か?」
「いくら待っていらしても、ルーシーベネットさんは、来ませんよ」
 紳士は平板な口ぶりで言った。
「……何? どうして彼女のことを知っている!」
「私達が預かっていますので、はい」
 ここで初めて、紳士は表情を変えた。日本人の笑いを真似しているのだろう
か、ニタリという音が聞こえそうな笑み。
「本当なのか?」
 訝しく思って尋ねると、紳士は今日のルーシーの容姿や服装の特徴を並べ立
てた。
「どういうつもりだ? 誘拐か? 金なんて持ってないぜ」
「無論、誘拐などというものではありえません。私達は、あなたの腕が欲しい。
応じてくれますと、彼女の命も安全なものとなります」
 いよいよ本題だという感じで、紳士はトーンを下げた。そのせいか、やや日本語がおかしくなった。
「腕って、射撃のことか?」
「察しのよろしいことで」
「それなら、俺みたいなどこの馬とも知れない、しかも日本人なんかを狙わな
くても、この国にはいくらでもいい腕のがいるだろう?」
「アメリカ人ではいけない理由があるのです。あなたは逆に、私達が望む、全
ての条件を満たしています。そこで、好みではないのですが、あなたの大切な
ものを利用させてもらうことに……」
「断わったら、彼女の命が危ないという訳か」
「どうします? 代わりはいくらでも物色できますから、断わっても構いませ
ん」
「ちっ、応じるしかないじゃないか!」
「そんな大声を出さないで。では、承諾してくれるのですね?」
「何をしろって言うんだ?」
「とりあえず、ついて来てもらいましょう」
 すると紳士は、さっさと歩き始めた。急いでついて行く八神。

−−続く−−




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