#1828/3137 空中分解2
★タイトル (RMM ) 92/ 6/19 0:46 ( 45)
Adagio 椿 美枝子
★内容
「さようなら。今後、あなたとおはなしする事はないと思います。あなたと過ごした
時間はとても楽しかった。どうも有難う。おからだにお気をつけて。さようなら。」
留守番電話に吹き込み、安堵する。あの男性との最後のやりとりとはうって変わっ
たうっとりと、にこやかな、用意して置いたような落ちついた言葉。いや、違う。
確かに、既に用意していた。
いつからだろう。
不仲になる前から。いや、最初から仲が良くも悪くもなかった。向こうが一方的に
好いてきただけで、こちらはそれに合わせていたにすぎない。
付き合う前から。それも少し違う。
本当は、気付いていた。あらゆる人と、付き合う前から用意していた。私の事を好
きになる人が、居る筈はない。いつも、全ての人を疑っていた。私の心の醜さを知っ
て尚、私の全てを愛する人等、居る筈がないと。近付く男性全てに、均等に、用意さ
れた言葉。それが、私の、「さようなら」。
知っている。こんな気持ちで付き合う事は酷な事と。
断れないので、断る事が出来ないので、いつも、断らせる。怒らせる。私を嫌いに
させる。それで私は安堵する。今日もそうして、安堵した。
ほら、私の事、嫌いになったでしょう。やっぱりね。
ほら、あなた傷付いたでしょう、やっぱりね。
本当は、私も少し傷付いたのかも知れない。
ふいに、私の部屋の電話が鳴る。
留守番電話がかたかたと、Mahlerの10番、Adagioを奏でる。捨て去
られた交響曲の、愛と死のひとかけらを。あの男性は、私の為に命を落とす事が出来
ると言っていた。もしそれが真実なら、彼の言う愛も真実かも知れない。いきなり全
てを遮るように電子音が鳴り響き、電話線の先から伝言が届く。
「僕の名刺を燃やして下さい。」
私が待っているのは、きっと、私の全てを認める人。
何度でも、留守番電話を鳴らしてくれる人。恋するだけでなく、愛してくれる人。
私はきこえなかったかのように、ベッドに横たわる。
昏々と眠るのならば、少しは、傷付いているのであろう。
1992.05.27.15:55
Ende
楽理という仇名 こと 椿 美枝子