#1795/3137 空中分解2
★タイトル (GYG ) 92/ 6/13 17:17 ( 81)
ぐ を ん むらたけ
★内容
小学校にあがった年の秋のことだった。父の言いつけで、隣村のおじさんの
家に届けものに行ったことがある。
小学校一年生といえば、午前中だけが授業で、給食を終えると下校したもの
だ。その日、学校から帰ると父は家にいた。農業をしていたので、日中家にい
ても不思議ではなかった。ただ、毎日毎日忙しいを連発していたほどで、帰宅
したときに、家にいるということは、大雨でもない限り珍しいことだった。
家に着くとすぐ、おじの家に行くように命じられた。何でも急ぎの届けもの
があるといことだった。おじの家までは2キロ以上あり、一年生の足にはいさ
さか大変な道のりだ。また、その2キロも平坦な道ではなく、坂の多い林を抜
けねばならなかった。林の中には、昔河童が棲んでいたといわれる沼のような
池もあった。できることなら行きたくなかったが、なししろ父の命令は絶対で、
口ごたえなどできなかった。
父に言いつかるとすぐ家を出たので、おじの家についたときも日は十分に高
かった。2キロ余りの距離を一人で用足しにきたことをおじはえらく誉め誉め
てくれ、お駄賃までくれた。父の命にしぶしぶ従ったというのが実状だったが、
おじの言葉と思わぬ報酬とで任務を果たした喜びと満足感を味わった。もし用
事ができたら、またきてもいいなと思ったほどである。
あんまりおじが誉めてくれ、居心地がよかったので、ついつい長居をしてし
まった。秋の日はつるべ落としと言われるがそのとおりで、お寺の家を出るこ
ろは、鮮やかな夕焼けだったのが、どれほども進まぬ内にどっぷりと暮れきっ
てしまった。
夕焼け空に秋風が吹くのさえ、うら淋しく感じられた。それが日が没してし
まうと、いよいよ心細くなってきた。ちょうど林にさしかかるころには、おじ
からの駄賃をぎゅっと握りしめながらも、もっと早く戻るべきだったと後悔し
ていた。おじの家近くではいくらかあった人通りも、この辺りは人影さえ見え
ない。前にも後にも自分一人である。とにかく自分の足で帰らねばならなかっ
た。
一生懸命に歩いた。早く足を送ることはそれだけ早く家に着けるいうことだ
った。知らず知らずのうちにずいぶん早足になっていた。池の辺りを過ぎたこ
ろだろうか、後についてくる誰かの足音に気付いた。タッ、タッ、タッ、タッ、
タッ、タッ、タッ…… 誰だろう。どこから着いているのだろう。うす気味悪
くて振り向けなかった。
そんな時、思い出さなくてもいい話を思い出してしまった。死んだおばあち
ゃんがしてくれた「ぐをん」の話である。
夜一人で歩いていると、いつどこからかはわからないが、誰かが、自分の後
を着いて歩いてくる。こちらが早く歩けば早く、ゆっくりならゆっくり、こち
らの足音に合わせて同じ速度で歩く。そういう足音が聞こえる。気になってし
かたがないが、かといって振り替えるのもばつが悪い。気にかけながらそのま
ま歩いていると、やがて、後ろから自分の名前を呼ぶ声がする。そうしたら、
返事をしてはいけない。そいつは「ぐをん」なのだ。もし返事をしたら、ぐを
んに顔をとられたしまうのだ。
そんな話だった。小学校に入る前に聞いたので、「顔をとられる」というの
がいったいどういうことをいうのかよくわからなかった。とにかく、恐ろしい
ことをする化け物がいるものだと思っていた。
ただ、ぐをんには撤退させる方法があった。自分の名前を呼ばれた時に返事
をするのではなく、逆に「ぐをん」と呼び返してやると、一瞬にして逃げ去る
というのだ。
この話を思い出して、後を着いてくるのはぐをんに違いない、そう思いこん
でしまった。うっかりすると顔をとられてしまう恐ろしいことだと思いながら、
いつ呼ばれるか、いつ呼ばれるかとはらはらしていた。そして心の中で、呼ば
れたら「ぐをん」、呼ばれたら「ぐをん」、呼ばれたら「ぐをん」……と念じ
ていた。念じるうちに、林を抜け、自分の村に入っていた。
村に入っても、つけてくる足音は消え去ろうとしなかった。ぐをんはなかな
かしつこい相手だった。だが、気持ちの上で、林の中を歩いていた時よりも、
はるかに心強くなっていた。万一の時には大声を出せば、村の人達が助けてく
れるという気があったからだ。もちろん、あくまでも万一の場合で、すぐに助
けを呼ぶというのではなかった。少しばかり安心すると、いつまでもぐをんが
名前を呼ばないのがじれったくなってきた。そこで思い切って振り向いてみる
ことにした。
いささか勇気が必要だったが、名前を呼ばれて返事をしたのでなければ大丈
夫にちがいない。返事をしようにも、ぐをんは名前を呼ぼうとしないのだ。え
えい、振り向いてやる、振り向いてぐをんの顔を見てやる。そう思いながらも、
暗闇では振り替えることができず、やっと四つ辻に立つ裸電球の街灯の下まで
きて、かけ声とともに振り返った。
誰もいなかった。安心したような、気抜けしたような感じだ。ぐをんの話は
ただの言い伝えに過ぎなかったのだ。そう思うと少しずつ落ち着いてきた。真
っ暗だと思っていた空にも星が光っているのがわかる。いもしない相手におび
えていた自分がおかしく、急に家が近くに感じられた。
寄合所のの辻を曲がると、女の子が一人で歩いているのが見えた。後ろ姿し
か見えないが、あのおさげは、三軒隣の同級生のみよちゃんだ。ちょうどいい。
一緒に帰ろう。しばらく、そっとついていって、後ろから呼びとめた。
「みよちゃん。」
「なあに。」
かわいい返事が戻ってきた。
と同時に、みよちゃんの方から、何か白い皿のようなものが飛んできて、僕
の顔に貼りついた。
終わり