#1684/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 92/ 5/12 8:46 (126)
ネパールの三馬鹿(27) 青木無常PLUS
★内容
7.象
3月25日(水)。最後の一日のはじまりだ。ホテルでのんびりと朝食をとり、
外に出た。なぜかこの日の最初の目的地もきのうと同じスイス銀行だ。きのうサリ
ーなどを購入したせいもあり、YとKは金欠になってしまったらしい。かくいう俺
も、ホテル代の清算を考えるとかなり心細い。Yに借金もある。だから少し多めに
換金した。
だらだらとしたペースで進む作業をやっとのことでクリアし、後につづくKを待
ってベンチに腰をおろすと、Yが隣の席にすわった男となにやら会話をかわしてい
る。んー? いつのまに友だちができたんだ、なんだ俺がちゃんといるのになんだ
かおもしろくねえなあと思っていたら、どうもそのネパール人単なる軟派野郎らし
い。しつこくつきまとって離れないのだという。なんでえ(K注:冷たくしても、
いやな顔してもしつこかったー)(Y注:日本女性というだけで日々もてました)。
Yがトイレに立った。椅子ひとつはさんで俺とその男が席をならべる。なんか一
言いってやろうかなと思ったのだが、どうもなにも言うことが浮かばない。しまら
ねえなあ。
と白々としているとふいにその男、立ちあがった。帰るのかな、と思ったら何を
考えてるんだかYが消えていった方角にのこのこと歩いていく。なんだ? トイレ
までつけまわす気か? それじゃおまえ変態だよ、妙な真似したらタダじゃすまさ
ないよといつでも飛び出せる姿勢で観察していると、さすがに逡巡している様子。
それにしてもあからさまな奴だなあ。
銀行を出るまでその男はなんだかつきまとっていたのだが、どうも俺がふたりの
連れだと納得したのかしぶしぶ、といった感じでどこかへ去っていった。変な奴。
外国人の女というとそういう目で見る、とKがしきりに憤慨する。俺が一緒にいて
助かったという。俺なんにもしてないけど。
さて、この日は移動にタクシーを使った。ベビタクだのリクシャだのと狭苦しい
乗り物ばかり常用してきたので普通の乗用車だと広く感じられそうなものだが、こ
れがけっこうそうでもない。後部座席に三人ならべば窮屈なことには変わりない。
もっとも俺は、このほうが嬉しいのだ。ふふふ。これじゃ変態だな。どんな国へい
っても、男の本質はかわらない。
街をぬけて狭い繋ぎ道を通り、ふと気づくとそこはもうパタンだった。YとKは
すでに一度ここを訪問しているのだが、俺はその時床にふせって十五分ごとの鐘に
悩まされていたので初めてだ。カトマンズとはまた少しちがった雰囲気があるがや
っぱり街だ。そういえば国内線の空港でポカラ行きを待っているときに話したネパ
ール人の若者、住まいはパタンだと言っていたな。
動物園前で車を降りると、広場の中央に凛凛しく着飾ってポーズをとった国王の
銅像だかがある。広場はさらさらとした砂地で構成されており、表通りから道に沿
って露店が軒をつらねていた。妙な菓子を売っている。うまそうだな。いやいやい
やいかんいかん。
入場料は10ルピーである。これはネパール人と外国人では値段にかなり開きが
ある。当然、高値なのは外国人。むー。その上、象に乗るなら一乗りで50ルピー、
一日なら桁がちがってきてしまう。むー。けっこうな暴利だな。どうせろくな動物
もいやしないんだろうに。俺は象に乗るのはいいや。
というわけでKとYだけ象チケット50ルピーを買いこんだ。さあ入ろうか。と
手前の回転扉をくぐって詰所らしきところに詰めた爺さんに入場券見せると、爺さ
んしげしげと券を眺めまわしたあげく「ここは入口じゃない。あっちにまわれ」と
くる。がお。
宗教の関係らしいが、寺社仏閣はどこでも左回りで観覧することになっているら
しい。宗教施設でもなかろうに、なぜかこの動物園も順路は左回りだった。最初に
なんだか妙な鳥舎がある。動物学者でもない俺にとってはとりわけ珍しい鳥がいる
わけでもないのだが、ペリカンみたいな奴がひょいひょいと円形の台地を走りまわ
ったりしているのは見ていておもしろい。
順路にしたがって進むが、その後もべつにとりたてて珍しい動物に遭遇すること
はなかった。猿だの鹿だの鼠だのと、でもまあ動物というのはホントに見ていて飽
きが来ない。「これこれこの豚、猪八戒のモデルになった豚なんだよ」とKが、ふ
てぶてしいツラした巨大豚を指さして言う。するとこれは中国原産の豚か。なるほ
ど、いかにも人をとって食いそうなツラがまえしてやがる。実になんというか、憎
々しい。ぶう。
それにしても、ここでもなんだか俺たちの周囲に人が集まって俺たちと同じペー
スで移動してやがる。動物園の動物と同じくらい俺たちが珍しいのか。まったくし
ようがない奴らだ。
その動物園は敷地のまんなかに湖、というか池があって、そのまわりを取り囲む
ようにして動物舎だのがあるのだが、しばらく進むと池側の路傍に象が立っていた。
なんだかひどく皺だらけの象だ。顔の部分に赤い色で変な模様が描きこまれている。
妙だなあ。背中には調教師だかがどっかり腰を降ろし、ぼんやりと笑って俺たちを
見おろしていた。どうもこの象、あまり元気がなさそうだが、象というのはこんな
ものだったか。それにネパールの動物は犬も牛も豚も水牛もみんなだらーっとして
るからな。この象なんだろうな、50ルピーの乗象てのは。
と、なんとなく鹿舎のわきに腰をおろしてだらーと眺めていると、爺さん婆さん
のコンビや妙な家族の一団などが、かわるがわる象の背中の調教師に金をわたして
は皺だらけの額をぴたほたほたと触っている。こどもを抱きあげて無理矢理さわら
せるお父さんまでいる。「そうか、神さまなんだね」とKがいう。なるほど、象頭
人身のガネーシャ神というわけだ。しかしこの象、なんだか迷惑そうな顔してるよ
うに見えるのは俺の気のせいかな。
ガネーシャを後にしてまたしばらく進むと、犀がいた。泥水の中に、所在なげに
立っている。犀、というのも泥水が好きらしい。
その後ろに石垣の円台みたいなものがあって、そこにまた調教師らしき若いのが
だらりと腰を降ろしていた。ところがこの調教師、なんだかやけに楽しそうだ。な
んだろうとしばらく眺めていると、手にした鞭でいきなり犀の尻をぴちりと叩いた。
がお、とは吠えなかったが犀は驚愕してばっちゃんと泥水の中に半身ほうりだし、
どばちゃんぼちょんと背中や腹を縦横無尽に泥水にこすりつけてもがきまわる。
すごい迫力だ。俺たちはもちろん、まわりに集った一団の群衆も大喜び。口に出
しはしないものの、さらなる展開に期待の雰囲気がぐぐぐと膨れあがる。動物虐待
の現場だ。と、その気配を察したか、若い調教師さらに二度三度と犀の背をたたい
てはもがきまわらせたあげく。
ふいに、にたあと悪魔のような笑いを浮かべてひらりと台座から飛び降り、唐突
に痛烈な一撃を犀の尻に浴びせかけた。
おお、と、その場にいあわせた一同から異口同音に、ため息にも似た声があがる。
一撃喰らうや犀はやにわにがばと跳ね起き、小さな目をぐりぐりに見開かせてどど
っ、どどっ、どどっと盛大に地響きを轟かせつつ円形の敷地内を重量感たっぷりに
かけまわりはじめたのだ。
悪魔のような調教師は犀のあわてぶりを冷静に眺めやりつつ素早い身ごなしで敷
地内を横ぎると、奥のほうに仕切られた柵を開いた。仕切られた向こうにはどうや
ら犀舎らしい屋根つきの建物がある。犀は盲目的な突進でもって開かれた柵をくぐ
って犀舎に消えた。あざやかなものである。それにしてもあの、最後の一撃を加え
ようとする時の調教師の、いかにも嬉しそうな笑顔は忘れられん。
さらに先には虎だのライオンだのハイエナだのがいた。まあ普通の動物園だ。看
板だけ出ていて中には何もいない舎もいくつかある。ネパールレストランのメニュ
ーと同じく、揃ってなくてもいちおう名札だけは、ということだろうか。がらんと
した畜舎はどう考えても異様だ。逃げた、とか、ね。ははは。
一段低く奥まった場所にしつらえられた鳥園を一周し、またしばらく檻の中の動
物を眺めやる。なんだこれ、さっきのとこにもいたじゃないか。なぜかこの動物園
は、同じ動物があちこちに配置されていたりする。こうして、さしたる時間もかか
らずに園内を一巡し終えた。予想はしていたが、小さな施設だなあ。
池畔で鳥を追いかけたりKに膝枕させたりしながら(Yは警戒が厳しくて膝頭枕
もさせてくれない)うだうだと過ごした後、飯を食うために園外に出る。
近くを少しうろついて、結局園裏手の二階の食堂に居を占めた。この食堂、一階
は厨房、二階がテーブル四つの小規模なかまえだ。三階もあったのかもしれないが
まあこんなもんで充分なんじゃないのかな。つくりは小ぎれいで外国人向け食堂と
いったところか。
このあたりでYはもうダウン寸前といったところだ。腹が減ってて食欲は狂おし
いほどあり余っているのに、いざ食い物を目の前にすると何も食えないのだという。
かわいそうだが何もしてやれない。無理せず食えと矛盾したアドバイス与えつつ、
もそもそといかにもつらそうにまずそうに一所懸命咀嚼する姿を尻目に己の食欲を
貪欲に満たすことくらいしかできない。ちなみにこの日の俺のメニューはBAMB
OOなんちゃらという、筍を使った中華料理。これもなかなかだぞ。Kはチーズス
パゲティ。ポカラのグラタン化したシロモノよりはましだが、やっぱりこれも茹で
過ぎだなあ。
Kにわけてもらったフルーツサラダにロシアンサラダを何とか詰めこもうとして
なかなか果たせず苦しむYを横目に、俺たちは飯を貪り食った。うまいっ。うまい
なあ。ああ幸せ。健康ってすばらしい。ね、Y(Y注:KちゃんもJさんも食べ物
を前にすると私のことを忘れ去って、ガツガツと食べることに専念してしまった…
…! 食べ物のうらみは恐しいんだぞっ!?)。