#1656/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 92/ 5/ 7 11:27 ( 58)
ネパールの三馬鹿(13) 青木無常PLUS
★内容
それはポテトチップスを空飛ぶ円盤状に膨らませたシロモノだった。5ピースで
1ルピーだという。金をはらうと、店番はにやりと笑って俺の眼前に金物の深皿を
かたんと置いた。ん? なあに、これ?
その上にポテトチップをのせてくれるのかと思ったのだが、なぜか男は山上から
一個だけつまみあげて頭の部分をパリンと砕いて口をつくり、ついと鍋のむこうに
ひっこめる。なんだなんだと見守る俺の前で、恐るべき光景が展開しはじめた。
なにやら鍋の中に満載された水をついと掬いとり、それをポテトチップの砕いた
口へむけて慣れた手つきで注ぎこんでいるのである。戦慄が背筋を奔りぬけるのを
覚えつつ俺は鍋の中身をじっくりと観察した。透明の液体。どう見ても熱を加えら
れている様子はない。ダッカからこっち、水とそれに類するものだけには気を使っ
てきたのだ。これは危ない。
とか思いつつ、ホテルでとはいえ氷入りの冷たい飲料を何度か口にしてきてもい
る。いまのところ変調の欠片もなく体調は万全だ。まあ大丈夫だろう。と瞬時に安
易な納得をし、俺は皿の上にからんとおかれた水入りポテトチップをぽんと口にほ
うりこんで噛みくだした。
ぱりんと砕けたチップの底から、刺激にみちた水分が口中いっぱいに広がる。あ
あ、これはどうやら酒だな。アルコールが入ってるなら、大丈夫だろう。珍しい味
だなこれは。そうこうするうちに二個目が皿の上にからんとのる。ぱりんと食う。
こうして、ものの三十秒のうちに俺は五つの酒入りポテトチップスを貪り食った。
広場の反対側にたどりつくと、サンダル売りが何件か、軒をならべていた。靴の
含んだ水分はけっこう乾いてきていたのだが、汚れだけはひどい。ひとつ手に入れ
るかとばかりに「カティ?」ときくと、これが妙に高い。ルピーの感覚はだいたい
つかめてきたところだ。サンダルの相場などわからないが、日本での屋台の一口菓
子の値段とサンダルの値段との比率から類推すると、どうにも高い。このバザール、
タメルあたりとちがってどれもものの値段が比較的チープにおさえられていたので、
このサンダルもけっこう相場に近い値段だったのかもしれないが、どうも気がすす
まないので購入はあきらめた。どうもここんとこ値段交渉がうまくいかない。最初
は簡単にうまくいっていたのになあ。
身具売りの列を経巡る。帽子屋が目についた。ダッカで買ったムスリム帽はけっ
こういい値で売ってしまっていたので、物色する。目ぼしい一品を抽出したのだが、
なぜか売り子の姿が見あたらない。「おーい、カティ、カティ?」と声をあげてい
ると、人のよさそうなおじさんがひょこひょこと近づいてくる。泥棒とか万引きと
かの心配はないのかな、この国は。
ダッカの青いムスリム帽と異なり、その赤い帽子はぴったりと俺の頭にフィット
した。悦に入りつつ市場をひとめぐりし、ラトナ公園の裏手に出た。いけねえ、ロ
キシーを忘れてた。
歩道橋ゲートをわたっていくつかの酒屋やプアマンズ・レストランをさがしてみ
たのだが、「ビア? ウォッカ? オア、ブランデー?」とわけのわからぬ返事が
かえってくるか、そんなものはないと手をふられるかどちらかだ。妙だ妙だと思い
つつ最後の望みを託してホテル最寄りの酒屋に立ち寄る。
店内では、数人の男たちがテーブルを囲み、客そっちのけでカードゲームに興じ
ていた。おーい、ヘロー、ロキシーイズヒアー? と呼びかけると、油ぎった顔の
おっさんがにこりと笑って立ちあがり、いいとも、好きなのを選べ、という。
いったいどこにロキシーがあるんだと訊ねると、おっさん、「これもロキシー、
これもロキシー、これもロキシー、全部ロキシー」と、後ろの棚にならんだ各種酒
類を順々に指さしていく。すると……ロキシーてのは、酒の別称のことなのか?
後にロキシーというのはたしかに各家庭や各種レストランに自家製のものとして
存在していることが判明するのだが、この時点ではそんなことわかるわけもない。
なんでえロキシーてのは要するに酒のことなんじゃねえか、Yのやつめ、人を無用
に混乱させやがって、しょうがねえなもう、と、比較的まともそうなウォッカと、
おじさん自身が顔をしかめて「SO BAD」買わないほうがいい、と太鼓判をお
したいかにも胡散臭いネパール語表記のラベルの一品を手にする。
つまみにゃ合わんがついでにとなりのケーキ屋に立ち寄り、クッキーを数種類買
いこんだ。Kの知識によると、ドラッグをやると甘いものが食いたくなるらしく、
これが原因でカトマンズにはケーキ屋が発達したのだという。
日暮れてホテルに帰還し、クッキーと酒をさしだした。なぜかKはクッキーには
手を出さなかった。なぜなのだろう。うーん。寝ているところを叩き起こしたから、
機嫌が悪いのかなあ。