AWC ネパールの三馬鹿(12)   青木無常PLUS


        
#1655/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  92/ 5/ 7  11:25  (155)
ネパールの三馬鹿(12)   青木無常PLUS
★内容

 疲れたのでラトナ公園に立ちよってみた。公園内にまで狂乱の祭りが展開してい
れば一休みどころではなかっただろうが、幸いにしてここは静かだ。無数の男たち
や家族などが、草の上に横たわって怠惰にごろごろしている。奥まった一角に円状
の、台の高い休憩所を見つけたのでそちらに向かう。幸いにしてそのポイントは人
口密度が比較的低い。
 ヘローと声をかけて空いている場所に腰をおろし、煙草に火をつけた。遅れて俺
の隣に居をしめた男にもさしだすと、少々こぎたないナリをしたその男はぼんやり
と微笑んでそれを受け取る。
 もの売りが数人、頭上に篭をのせてねり歩いている。そういえば、やたら腹が減
っている。が、妙な果物や得体のしれないペースト状の白い物体など、どうも清潔
感にはなはだしく欠けたシロモノばかりだ。お? そいつはピーナツ売りだな。あ
れだったらまあ、大丈夫だろう。おーい、それをひとつくれよ。
 ピーナツ売りはもの慣れた様子で肩にかけていた三脚様の台を地上にひらりと降
ろし、頭上にいただいた巨大な篭をその上にすうと乗せた。細長いその篭はみごと
にバランスよく三脚の上におさまり、もの売りは満載したピーナツのなかから丁半
で使うような形の舛を取り出しておもむろに量を計りはじめる。
 やがて千切った新聞紙の上にひとつかみ半ほどのピーナツがさしだされた。受け
取り、すかさず皮をむいて口にほうりこんだ。うん。ピーナツだ。
 ぱちりと皮をはじいては豆を口にほうりこみつつ、俺はとなりにすわったぼんや
りした兄ちゃんに一つどうだ、と勧めるタイミングを見計らっていた。と、勧める
までもなく男は新聞紙の切れ端に手をのばし、皮をむきはじめる。うーん、ちゃっ
かりしてやがる。
 そのままピーナツ食いながらぼーと辺りを見まわしていた。ガキどもが元気に走
りまわっている。手には例の風船をもっている。こどもはどこにいっても、そこを
楽園にしてしまえる。稚気にみちた楽園。とか思っていたら、目の前でいい年こい
た大人たちの一団が、なにやら縄を使って寝ている奴をぐるぐる巻きにしはじめる
という、過激な稚気を発揮していた。うーん。
 そうして、なんとはなしに惚けていると、ふいに隣の男が俺に手をさしだした。
ん? と目をやると、皮をむいたピーナツの山がならんでいる。
 なんだ、皮をむいてくれていたのか、どうもありがとう、たいしたもんじゃない
が、あんたも食ってくれよ。というと、男ははにかんだ笑顔を見せて首を左右にふ
る。煙草は素直に受け取ったのだから、たぶん今はピーナツを食いたくない気分な
のだろう。なに、人間生きてりゃそういう時もあるさとわけのわからない一人合点
をしつつ俺は皮のむかれたピーナツを受け取り、一気に口にほおばった。
 それにしても今何時だろう。時計を売ってしまったので時間がわからない。隣の
男は時計をもっていないので、背後に陣取ってなんとなく時間をつぶしているムス
リム帽をかぶったおじさんに「ホッタイモイジルナ」と声をかける。おじさん、静
かに微笑みつつ俺の目の前に時計を差しだしてみせた。昼過ぎだ。さんきゅー。俺
は礼にと煙草をさしだした。するとおじさん、俺はいらないと首を左右にふる。ん
ー、ムスリムだからかな。ダッカでも外で煙草喫っちゃいけない月だったし。
 というやりとりを脇目に、隣の男がなにやら物売りに声をかけていた。何を買お
うというのだろうと興味深く眺めていると、妙な葉っぱを物売りの手から掌に受け、
その上に白いペーストをだばっと受ける。さらに得体のしれない野菜がのっかると、
男はおもむろにそれらをぐちゃぐちゃと撹拌しはじめた。うー、これはいったい……。
 しっかりと混じりあったゲロのごときそれを仕上げに葉っぱでくるみこみ、むし
ゃむしゃとかじりはじめる。うー。さすがにこれを試してみる気にはなれない。で
も、こっちの文化圏では下痢どめの薬効のある葉っぱをまぶしてものを食うと前に
聞いたことがある。もしかしたらそれかもしれないな。
 ぐじゅぐじゅとそれを食いおわると、男はふたたびピーナツの皮を黙々とむきは
じめた。うーん。大丈夫だろうか。まあいいか。平和だし。と俺は男から皮のむか
れたピーナツを受け取り、一気に口にほうりこむ。がりがり。これじゃ命がいくつ
あっても足りやしない。
 ピーナツを一山食いおわり、ふたたび男と煙草をわけあって一服した後、俺は公
園を後にした。
 ホテルに戻ると、部屋にYとKがいない。ん? なぜだろう。まだ屋上かな。ま
あいいや、あとでのぞきにいこう。俺は自分の部屋に戻り、バンドエイドの残りが
ないかとデイバッグを開いた。あまり残っていない。日本で大量に買いつけておい
たので、してみるとこの半日で相当売りさばいてしまったらしい。しかたねえなあ。
ほかに行商できそうなものは……飴があらあ。売れるかなあ。まあいいや、売れな
くても自分で食やいいんだ。
 と飴をウエストポーチにつめこんでいると、だれかが部屋の扉をノックする。
「Jさん、いるう?」Yである。飯を食いにいこうという。ああ、まだそんな時間
だったのか。時計は朝方、もの売りに行商してしまったので、腹時計で三時くらい
と踏んでいたのだが、まだ一時をすこしばかりまわったころあいらしい。
 ラトナ・ホテルのレストランはいくらネパール・タイムとはいっても注文してか
らあまりにも時間がかかりすぎるので、どこかべつのホテルにいこうということに
なった。
 裏口から表に出る。M(日)さん、S(ネ)さんが上を警戒している。なるほど、
いる。ここらはけっこう落ち着いた雰囲気の区画なのだが、やはり今日ばかりは老
若男女、だれもが悪ガキにかわっているらしい。M(日)さん、S(ネ)さんは相
手の顔色をうかがってタイミングをはかり、さっと隣のホテルまでの短く危険な街
路を横ぎった。路上に盛大に水が飛び散る。間をぬってKとYもつづく。俺は、屋
上に陣取った女たち相手に、しばし視戦を楽しんだ。にやにや笑いつつ、タライが
見えてるぞと指さすと、褐色の肌の女どもも、早くこいとばかりにニヤリと笑いか
えす。
 五、六歩走りかけてフェイントかけると、ざばりといくつもの水が宙に舞う。す
かさずバックステップ、路上にはじける間隙をぬって一気に安全地帯まで走りぬけ
た。へん、だてにタメルを歩いちゃいないぜ。
 隣のホテルはラトナよりはワン・ランク上、という感じだった。身なりのいいネ
ワーリの家族、白人の夫婦、どの客も小ぎれいな姿をしている。汚れまくったパン
ジャビとルンギ、仕上げとばかりに赤い顔の俺にちらりと一瞥走らせ、かすかに眉
をひそめる。悪かったなあ、こんなナリでお目を汚してさあ。バザールの荒々しい
狂騒をかけ抜けてきたせいか、少々挑戦的な気分だ。
 さしだされたメニューを繰る。カレーはもう飽きたな。フライドライスじゃ芸が
ないし、なにか変わったものはないだろうか、とあれこれ追っていくと「スプリン
グ・ロール」という得体のしれないものがある。チキンとベジタブル、ポークにビ
ーフもあるがこの二つはたぶんメニューに書かれているだけだろう。メニューにの
っていても実際にはつくれない、という事態にはけっこうあちこちで遭遇してきた。
とくに豚と牛は神さまなのでほとんどお目にはかかれない。
 結局、俺はプレインライスにチキンのスプリングロールとやらを頼んだ。Kはチ
ャプスイを頼んでいる。辛い辛いタイラーメン(K注:あげ焼きソバにやさいのい
ためた汁がかけてあるやつだよ)。ほかは今まで食ってきたものとあまりかわりば
えしない。カレーもうまいけど、なに、どうせ日本式に出てきたものを皆でわけあ
って頼むのだから、オーダーはできるだけバラエティに富んでいたほうがいい。
 とか思いつつ待つことしばし、出てきたのは、なんだこりゃ、単なる春巻じゃね
えか。あ、スプリングロールね、なるほど考えてみりゃすぐわかる。まあいいや。
うまいし。実際うまい。カレーぶっかけてしゃぶしゃぶ食うというパターンがつづ
いていたので、白飯におかずという取り合わせが妙に新鮮なのだ。
 さて、屋上でYとKは、やはり狂乱の戦いをのりこえてきた、ということだった。
屋根の上に飛び交う水の銃弾には、得体のしれない汚水も少なからず混入していた
らしい。主な好敵手は隣の邸宅に住む、ラトナホテルのオーナーの息子、および年
のわりに驚くほど身のこなしが敏捷でずるがしこい婆ァ。この婆さん、ラトナホテ
ル軍団にむけてさんざ水の雨をあびせかけたあげく、自分はついに無傷で激戦をく
ぐりぬけたという実に油断のならない人物だったらしい。
 獅子身中にもむろん、虫はいる。ホテルの従業員だ。なにくわぬ顔して背後から
近づき、仲間だからと能天気に油断しまくっているYに痛烈な一撃を加えてきたり
するのである。身のこなしが敏捷で若く、なおかつ抜け目のないKはたいした被害
にはあわずにすんだようだが(K注:ちゃんとふくしゅーしてやったぞ)、内と外
の敵になぶりものにされてYは水びたしになったという。これが伏線だ。
 Yには髪をいじくりまわしたり、口に含んだりする癖がある。これも伏線だ。こ
の時点で、Yの髪は得体のしれない汚水がたっぷりとしみこんでいたことだろう。
かじかじすればどうなるか? 赤痢くらいですんで幸運だった、といえるかもしれ
ない。数日後発病し、日本に帰った際の検疫で判明した汚らしくも情けないこの病、
旅行中ほとんど同じ食事をわけあって食っていた三人のうちただひとりが患ったと
なれば他に心あたりはないという。結論、芸は身をたすけ、無芸は身の破滅。

 一休みした後ふたたび外へ出た俺は、Yによってパシリに任命されていた。Kの
情報によると、この一日は露店で売っている菓子にドラッグが混入されているとい
う。M(日)さんもそれに裏づけを加えた。正確な名称はいまはもう忘れたが、こ
の日ばかりはどこででも手に入るという。それに加えてYは「ロキシー」なるシロ
モノを買ってこいという。なんでも法律では製造を禁止されている自家製のどぶろ
くのごときシロモノらしく、そこらのレストランで簡単に手に入るという。よろし
い、俺にまかせなさいと安請けあいして外に出た俺は、それらしい商店を経巡り
「ヘロー。ロキシー イズ ヒア?」と文法を無視した英語で問うてまわった。と
ころが、そんなものはないとか、OKといいつつビールをさしだしてきたりと、ど
うもしっくりこない。
 タメルの端から裏街へとぬけ、なんとなくふらふらと歩いていると、なんだか指
を口にくわえてにこにこと笑う三才くらいのこどもが俺に声をかけてきた。
 「ワン・ダラー」
 と呼びかけるその口調が妙にたどたどしく、実にかわいらしい。俺は笑いながら
「ワン・ダラー、ノーノー」と朝の腕輪売りから手にいれた1ルピー硬貨をさしだ
した。するとこどもはにこにこと笑いながら首をふり、ふたたび
 「ワン・ダラー」
と、たどたどしくくりかえす。だめだだめだと笑いつついこうとすると、いつまで
もついてこようとする。おい、おまえ迷子になっちまうぞと追いかえそうと苦労し
ているうち、ふいにポケットに手をつっこんでとんでもないものを取り出した。水
をつめこんだ例の風船爆弾である。
 うおうと叫んで飛びすさる俺に、こどもは笑いながら何度も投げるタイミングを
はかっては逡巡する。結局、凶器は路上に弾け飛び、へっへーと舌を出してれろれ
ろする俺にこどもはかわいらしく悔しがりつつ、
 「ワン・ダラー」
と捨てぜりふをひとつ、踵を返すのだった。
 裏街をぬけて高校脇の表どおりに出ると、ラトナ公園裏手の広場だった。ここに
もバザールが展開している。やはりすごい活気だ。ふらふらと歩みよると、門脇に
いくつもの露店が開いていた。得体のしれない油をたっぷり張った鍋で、小麦粉を
ベースにお菓子を焼きあげている。不気味だが、うまそうだ。「カティ?」と値段
をきくとこれがどれも手ごろ。ドーナツ様の一品を皮切りに、数種類を口にしてみ
た。油でぎとぎとしているが、うまい。下品なうまさだ。
 市場に足をふみいれる。演歌とも民族音楽ともポップスともつかぬ異様な音楽が
大音量で鳴り響いているミュージックテープ屋の周囲に、黒山の人だかり。広場の
中心部には衣服、カバン、靴等の身具を中心に露店がひしめき、それを取り囲むよ
うにしてカバブー、菓子売り、焼きそばなどの屋台がならぶ。どれもこれもうまそ
うだ。カバブーは鳥の唐揚げのようなシロモノ。これがまた異様にうまい。おや、
ポテトチップスかな、これは。よし、これをくれ。




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