AWC ネパールの三馬鹿(6)    青木無常PLUS


        
#1637/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  92/ 5/ 2   9:21  (161)
ネパールの三馬鹿(6)    青木無常PLUS
★内容


    5.陽気な連中


 3月15日(日)AM8:30。
 朝飯がこれまたうまかった。目玉焼きののったチャーハンに玉ネギの入ったマッ
シュポテト。この目玉焼きの卵が、日本の鶏卵とちがってなんだか黄身の色が薄く
て大きさも小さめなのだが、もの珍しさも手伝ってか実においしいのだ。食後の紅
茶がまたちょっと変わり種で、刻んだ生姜が入っている。アダ・サ、という名前な
んだそうだ。これもいける。うん。ずずず。
 この朝、バンコクからきた五人はそろってバングラの農村部を見学に出かける予
定だった。当初はYも研究のために同行する算段だったのだが、明日の飛行機の出
発にまにあわないかもしれない、ということで断念。バスで単独の帰還行を選択す
ればなんとかなるかもしれないらしいが、なにしろここらのバスは相当な悪路を走
らねばならず事故などもしょっちゅうだそうで、現地の人でさえ乗りたがらないと
いうシロモノ。その上、いくら外国人とはいえ女性ひとりでは少々うざったい目、
危ない目に会いかねないということなのだそうな。
 村へと立つ五人を見送ってからしばらくごろごろしていると、入れかわりのよう
に今度は若い三人連れが姿を現す。女ふたりに男ひとり。俺たちと同じ構成だが、
この三人は同行者ではなく偶然合流した組み合わせらしい。男は海外青年協力隊の
人間だということだ。よくわからんが、妙に胡散臭い雰囲気のある野郎だ。海外を
何年も単独で放浪しようなどという奴は、どんな形であれ一癖も二癖もある性格し
てるんだろう。女性二人のほうは――よくわからんが、どうやらYの同類のようだ。
 そんなこんなで俺たちは、ふたたび三人そろってダッカの街にくりだした。しょ
っぱなは、きのう時間がなくて途中で見学を断念したミュージアムである。今度こ
そはくだんの壁面彫刻や得体のしれない神像、仏像をじっくりと舐めまわすことが
でき、俺はちょっとばかりご満悦(Y注:ギャク殺の歴史もちょっとだけ入れて欲
しい……)(J注:そんなこと言われてもなーも覚えてないもん。えーと、なんだ
か世界残酷物語みたいな写真がいっぱい展示されていた一室がありました。部屋の
中央には髑髏がいっぱい収納されたケースがでんと控えていた。どうもほんものの
骸骨だったらしい。ちょっとびっくりした。俺に書けるのはこれっくらいのもんだ。
それにしても、虐の字ぐらい漢字で書きなさいよ)。
 しかし、どうも館内をへろへろ歩いているうちに、気がつくと周囲にたくさん人
がいたりする。なんだか俺たちが移動するのと同じペースで移動しているようだ。
妙だな、と様子をうかがってみると、どうも展示物そっちのけで俺たちを観察して
いるらしい。なんだ、こういう場所にくるような連中でもやっぱり外国人が珍しい
んだ。おもしろい奴らだなあ。
 この国の人間は好奇心を隠そうとしない。失礼という意識ももとからまるで存在
しない。仰天したような表情で目をまるまると見開いて、まったく無頓着にじろじ
ろと人を眺める。最初は不気味だったが、悪意はまったくないということがなんと
なくわかってきたので、お返しにじろじろ見つめ返してやったりする。すると、な
んとかコミュニケーションをはかろうと、なにかと話しかけてくる。俺も単語ひっ
つなげただけの英語に日本語おりまぜていろいろと質問したり感想を述べたりする。
これでけっこう伝わってしまうのだからおもしろい。
 三階には主にバングラデシュの現代生活に関する資料などが展示されていた。建
築や当地の衣服など興味深いものがたくさん展示してある。そして後半は美術館。
なんだか節操のない博物館だ。現代バングラデシュのアーティストたちが吐き出し
た絵画・彫刻の数々。大半は西洋美術の模倣、という雰囲気がなきにしもあらずだ
ったが、目を瞠らせるような迫力のあるものも少なくない。そしてなによりも、ど
の絵も彫刻もパワーだけはあふれ返るほどみなぎっている。もっとも、芸術のこと
など俺にはよくわからない。四階に展示された啓発用の模造品有名絵画をそれと気
づかず感心しながら眺めていたくらいだ。どうあれ、堪能だけはした。
 博物館を出るとそろそろ昼飯どき、この国の物価と手持ちの金のバランスとがだ
いたいつかめてきた俺たちは、ひとつ豪勢にいってみようとシェラトンとならぶ高
級ホテル『ショナルガン』にくりこんだ。このホテル、日本の資本で建てられたも
のだという。なるほどやたらにでかくて豪勢だが、どことなく冷たい雰囲気が感じ
られる。客もみなりのいい外国人主体、どいつもこいつもビジネスマン風だ。
 日本食レストランに入る。ところが、メニューを見てみると日本料理は一種類だ
けで、あとは中華。わけのわからん日本料理など食ってもしょうがねえなというこ
とで、日本式に三人でわけあおうと中華メニューを数種類。
 食事を待つあいだ、ふと窓外に目をむけると、パティオの床板はがしてバングラ
ディッシンがなにやらだらだらとした様子で下水らしきものを修理したりしている。
超高級ホテルと銘打っても、やっぱりここはダッカだ。
 やがてチャーハン、豚玉ネギの炒めもの、鳥肉の炒めもの、焼ソバ、それに白飯
(残念ながらインディカ米)などが目の前にならぶ。とりわけ珍しいメニューでも
ないが、これはこれでやはりうまい。貪り食った。
 満腹してロビーに出ると、なんの偶然か今朝方NGOの事務所で遭遇した若い三
人組がお茶しているのに出くわす。国際電話でもかけにきたらしい。今後の予定は
と問うと、本屋にいって現地の資料をさがすという。これまた偶然にも、社会教育
関連の現地資料をさがしにいくというYのために立てた俺たちの予定とみごとに一
致。つれだってニューマーケットにくりこむこととなる。
 ホテル前で海外青年協力隊がベビタクをひろった。昨日の苦い経験を思いホテル
からは離れたところで足を確保しようと考えていた俺はすこしばかり苦々しく見て
いたのだが、さすがに単身アジアを放浪してきた男だけはある。実に手ごろな値段
で交渉はまとまった。うーん。なんか、おもしろくねえ。
 ニューマーケットの奥深くわけ入ると、表側の喧騒とは裏腹に妙に静かでおちつ
いた雰囲気だった。識字率何パーセントだか忘れたが、飛行機のなかで読んだ資料
によるとこの国の教育はまだほとんど行きわたっていない状態にある。こんなとこ
ろまで踏みこんでくるのは一部の階層と外国人くらいのものなのだろう。いずれに
しろYやKはともかく、英語を読めず読む気もない俺にとっては現地の人と同じく
場ちがいな区画にはちがいない。五人が本や地図を物色しているあいだ、俺は近く
の文房具屋で派手な模様の妙な形をしたノートを一冊購入しただけであとは終始、
寄り集まってきたバングラディッシンとならんで広場に腰かけ、なんとなく煙草を
ふかしたり話ともいえぬ会話を交わしたりしていた。妙に平和でのんびりとしたひ
とときだった(Y注:Jさんのコンビニ坐りが妙に様になっていた……)。
 三人組とはそこで右と左にわかれ、さらにニューマーケットをうろつく。絵はが
き屋などを物色してまわっていると、カラフルに編みこまれた紐の束を売り歩いて
いた五、六才くらいのガキが寄ってくる。モノはベルトとして売っているらしいが、
荷物をまとめるために紐がほしいという要請がYから出ていたこともあり、交渉し
てみた。意外に安い値段におちついた。ガキは表情が読みやすいので相場がよくわ
かる。こりゃいい。狙い目はガキのもの売りだな。
 帽子屋に寄ってみた。昨日買った帽子では小さすぎるのでもっとフィットしたも
のをさがそうと思ったのだ。YとKも帽子なしではきつそうだったのでちょうどい
い。と手近の帽子屋でいろいろ物色してみたのだがどうもしっくりこない。イスラ
ム文化圏の特徴だろうか、ムスリム帽だけでなく日本でも手に入れられる類の普通
の帽子であっても、どうも鉢が浅い。結局帽子を買うのはあきらめたのだが、バン
コクからきた結核のFさんが履いていたルンギというスカート状の衣裳が気に入っ
ていたので俺も手に入れようと、帽子屋に「ルンギはどこらへんで手に入る?」と
聞いてみた。すると、案内してやるといって店ほうったらかしでひょろひょろと先
に立って歩きはじめる。
 「おい、ユア・ショップ・OK?」と心配して何度もきいてみたのだが、気安く
大丈夫大丈夫とまるっきり頓着がない。なんだかのどかな連中だ。そうやって帽子
屋とともに市場内をそぞろ歩いていると、例によって周囲は黒山の人だかりになっ
ていたりする。ほんとうに好奇心むきだしの連中だ。中にバクシーシがまじってた
りして、いつまでも「バクシーシいー、バクシーシいー」とあわれっぽくついてき
たりするのだが、周囲の人が適当に追いはらってくれることもあってまるで気にな
らない。
 ルンギ屋での交渉も、半分帽子屋まかせだからずいぶん楽だった。その上、買っ
たルンギを仕立屋にもってってきちんと縫製まで依頼してくれる。
 できあがりを待つあいだ、帽子がわりにサリー(Y注:スカーフです)でも手に
入れようと布きれ屋を物色するKとYのもとに赴くと、交渉の真っ最中だった。2
00タカから下にどうしても落ちないので妥協しようかと迷っていたところに、帽
子屋が親しげに顔を見せる。と、とたんに150でOKがでる。現金なもんだ。も
っとさがったかもしれない、とKがしきりに悔しがっていた。
 仕立屋に戻るとルンギができあがっていた。履きかたがよくわからないのでここ
で教えろとジーパンの上からすっぽりかぶったら、なぜだか人だかりの間に爆笑が
わき起こる。YとKにつきまとって細く哀れっぽく喜捨を請うていたバクシーシの
女までが思わず噴き出していたらしい。俺はそんなにおかしなことをしたのだろう
か。まあいいや。
 ルンギの履きかたを教わり、二人が買った布きれの縫製もすむと、いつのまにか
人だかりに合流していた帽子屋の友人という男が、俺のホテルで紅茶を飲んでいけ
という。どうも胡散臭いのだが、何、かまやしない行っちゃれ行っちゃれ、とばか
りに進軍をはじめた時、周囲はすでにお祭り騒ぎと化していた。
 ハサンと名乗るその男のホテルは、ホテルというよりは単なる屋台の喫茶店のよ
うなシロモノだった。いきなり水の入ったコップをさしだす。これはまずい、一発
でコレラだと思いさすがに断ると、意外とすんなり下げられた。かわりとばかりに
油であげたらしい得体のしれない菓子が山盛り出現する。いくつかの種類があるら
しいそれを、帽子屋がいちいちひとつずつ取り上げてはこれは野菜の入った菓子だ、
これは肉だと注釈を加えつつ半分にちぎって俺にさしだし、残りの半分を無造作に
己の口に放りこむ。どうにも楽しくって、ここでコレラで死んでもいいやという気
分になっていたので、俺も躊躇なく食った。油でぎとぎとだが、うまい。
 ちなみに、帽子屋の名はアリという。アリとハッサンとくればまるで典型的なイ
スラームのイメージだ。なるほどねえ。ついでにいえば、昨日路上で煙草を注意さ
れた例のイスラムの風習(Y注:ラマダン、というそうです)、あれはその月だけ
の話だそうで、来月になればもう屋外で煙草を喫ってもまったくかまわないのだと
いうことをこのアリから聞いた。糞、間の悪い時期にきたものだ。
 出てきた紅茶を、アリが奇妙な飲み方で飲んでいた。カップをひょいと傾けて受
皿にこぼし、ひゅっと飲む。またこぼしてひゅっと飲む。というような動作をくり
かえし、あっという間に飲みほしてしまったのだ。これもイスラムの風習かとハサ
ンに視線を転じると、なぜかこちらは普通の飲み方。いったいおまえはなんだって
そんな飲み方をしているのだとアリに問うと、なんのこたない、このほうがさっさ
と飲めてしまうからなんだと。
 店の板壁の合間からはあいかわらず好奇にみちた幾対もの視線が俺たちを観察し
つつざわめいている。ガキだけならともかく、いい歳こいた大人までがこどものよ
うに目を輝かせているのだから本当に楽しい国だ。そんな光景を横目に俺たちとア
リ、ハサンは互いの住所を交換していた。手紙を出しあおうというのである。手紙
なんぞ日本語でもかったるいので俺は気がすすまなかったのだが、Yがなんだか勝
手に話を進めてしまっていたのでこれはもう仕方がない。そのくせYめ、「手紙出
すのはJさんの役目ね」とばかりにアリとハサンの住所を俺によこすのだから、困
惑してしまうなあ。まあいいや。どうせこんなに気やすい奴らだ。なにを書こうと
気にしやしないだろう。
 やがて市場にも日暮れが訪れ、俺たちは帰ることにした。アリとハサン、それに
周囲をとりまいた大勢がぞろぞろとバザールの入口まで送ってくれる。何者かこの
連中は。「帽子はどうする?」と聞くアリに、もう陽も暮れたし明日はここを立つ
ことになるからもういいや、と言うと妙に寂しそうな顔をしていたのをよく覚えて
いる。果物を買い求めるKを待って俺たちはベビタクにのりこみ、アリたちに手を
ふった。
 「Thank you,friends! Good people,Good Place,Good company!」
 俺は叫び、そして市場を後にした。
 本当にいい街だ。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE