AWC 両手に手錠の感触が            遊遊遊遊


        
#1579/3137 空中分解2
★タイトル (PPB     )  92/ 4/11  15: 6  (124)
両手に手錠の感触が            遊遊遊遊
★内容

 初犯なのに執行猶予はつかなかった。懲役2年3カ月の実刑である。U次
は手錠をかけられたのは始めてだったし、50歳を過ぎての刑務所暮らしは
思いもかけなかった。新聞やテレビにも出たし、親兄弟、妻子には顔向けも
できない。

 親会社は懲戒免職にした後、彼を告訴した。業務上横領である。
 裁判で、彼は300万円は認めたが、それ以上のカネは盗っていないと言
い張った。反省の態度も見られないとして、実刑を言い渡された。親や兄弟
たちが懸命にカネを工面したが、3,500万円は弁償しきれなかった。

 どうして、こんな事になってしまったのか。

 彼は一回転職したが、その後、28年もマジメにその会社に勤めてきた。
 U次は酒も飲むし、タバコも吸う。ゴルフもマージャンも付き合う、普通
の勤め人だった。大会社での高卒の悲哀を噛みしめながらの28年だった。
 それでも、42歳で係長になったし、生き字引として業務上のつぶしもき
く年代だった。家も建てたし、子供たちも高校を卒業した。ローンは残って
いるが、このままいけば、平凡だが普通の人生を送れるはずだった。

 そんなU次に出向先があてがわれた。子会社の経理課長ポストである。
 同年代は次々と出向している。彼も特に不満もなく、第二の勤め先に移っ
ていった。大会社とは違い、経理課長といっても部下は28歳の女の子ひと
りだけだった。上司として部長はいるが、金銭の出入りはすべて彼にまかさ
れていた。彼は月間30億円を超すカネを取り扱う立場になった。

 赴任直後、U次は不透明な会計処理を発見した。上司の部長に報告したが、
「俺は経理のことはよくわからん」といって、逃げた。くそまじめなU次は
過去に遡って、帳簿を調べ始めた。いいかげんな支払いが続々と出てくる。
 前任者は何をやっていたのかっと怒りをこめてメモを取り続けていた。
 連日、夜遅くまで居残って帳簿を調べているU次のところへ部長がやって
きて嫌味をいった。
 「いつまでも、何をやっているんだ」
 「怪しげな支出がいっぱいあるんです」
 「伝票にはチャンと決裁印があるんだろう?」
 「はい、でも・・・5年間で5,000万円にもなります」
 「あまり細かいことは言うんじゃあない。全部経費で処理済みだろうが」
 「でも・・・個人が使っているような感じで・・・」
 「先輩や支社の幹部のアラ捜しをして、どうするつもりなんだ?」
 「・・・・・」

 一ヵ月も経たないうちに、「石頭」の経理課長として、彼は冷たい視線を
浴びている自分に気が付いた。いたたまれなくなった彼は親会社に出向いて
いった。出向担当の課長に会い、実状をはなし始めたU次を制して、その課
長が厳しく言った。
 「いつまでも、大会社の社員の気分でいるのはよくありませんよ。それに
自分が世話になっている会社の中のことをベラベラしゃべってどうするんで
すか。あそこには、うちの社員を大勢出向受けしてもらっているし、郷に入
れば郷に従えっていうでしょう」

 翌日から、U次の執務態度が変わった。郷に入れば郷に従えか、みんなと
同じように適当にやれってことかと自分に言聞かせて、決裁のハンコさえあ
れば、全ての支出を事務的に実行した。収入の遅れなどは自然にまかせて、
放っておいた。周囲の冷たい視線もなくなり、U次を酒場に誘う部長もでて
きた。

 U次は酒が好きだ。誘いかけてくるどの部長とも気軽に酒場にいった。
 もとより、すべて、支払いは会社持ちであり、スグに支払い伝票が彼のと
ころにまわってきた。U次は伝票に淡々と経理課長印を押し、女の子にまわ
す。取引先への支払いに混じって、不正な支出が続く。30億円の中の数拾
万円や数百万円は、ほとんど目立たない。女の子も数万円のことはやってい
るようだ。彼女の伝票には、U次はめくら印を押すようになった。

 U次は子会社に馴染んできた。物分かりの良い経理課長としてみんなに好
かれるようになった。酒場にもひとりでいくようになった。何だか自分が大
物になったような気になってきた。俺は30億円のカネを扱っている。混ぜ
れば、数百万円はいつでも自由になるんだ。経理処理には自信があった。周
囲も甘い。

 酒場で、U次はゆかりという女の子と親しくなった。上海からきた26歳
の女性である。日本の大学へ入りたいといって単身やってきて、今は、日本
語学校へ通っていると言っていた。とても中国人とは思えないくらいに、上
手な日本語をしゃべっていた。リクルートの日本語研修とかで、授業料65
万円、諸経費をいれると100万円はかかったと彼女は言っていた。家賃も
高くて、酒場で稼がないとやっていけないとも言っていた。彼女の大学への
道は険しそうだった。

 単純な飲み食いでない、何かを感じながら、U次は酒場へかよいつづけた。
 これまで、働き蜂でやってきて、50歳にあとわずかになって、女に惚れ
たのだろうか? ゆかりに資金援助をほのめかしたら、うれしそうに笑って
「ありがとう」と言った。日本人の中にもいい人がいるのがとてもうれしい
と言った。この純粋な感謝にU次は「男と女」のことは持ち出せなかった。

 自分の貯金もそこそこにはあったが、彼は、会社の現金に手を付けた。前
任者も、適当に会社のカネを転がしていたのを彼は知っていた。 2〜3百
万円くらいなら粉飾経理処理に自信があった。「みんなやっていることだ」
と、たいした良心の痛みを感ずることも無く、彼はゆかりに20万、30万
とカネを渡し始めた。彼の欠勤が多くなった。彼のいいかげんな勤めぶりが
目立つようになってきた。彼はこの子会社の社員らしくなってきた。ゆかり
は望みの大学にはいった。酒場へは周一回のバイトで済むようになった。

 世の中は不況になりはじめていた。バブルがはじけたとかで騒いでいる。
 2日欠勤した後、U次が会社へ出てくると、親会社からの呼び出しが待っ
ていた。親会社に出頭したが、彼ははじめから犯罪者扱いを受けた。本社か
らも人事担当課長がやってきて、数人が厳しくU次を詰問した。
 「バレないと思ったのかね? 3,500万円ぐらいなら」
 「ベテランの経理屋にしては、単純幼稚な手口だな」
 「いい歳をして、おんな狂いか?」
 「何に使おうが、きみの勝手だが、自分のカネでやりなよ」
 「3,500万円、今スグ会社に返したまえ。穏便に取り計らえるかもし
  れん」
 「返してもダメだね、懲戒解雇はまぬがれないよ」
 「・・・・ちょっと待ってください、3,500万円なんて・・・・
  私が借りたのは2〜3百万円で・・・何かの間違いでは・・・・・」
 「ふざけるんじゃあないよっ。借りたって? 2〜3百万?」
 「全帳簿・伝票は調査ずみだ。全部君の印がある。とぼけてもダメだっ」
 「3,500万、今、スグ 返しなさい」
 「退職金はあてにするなよ、君は懲戒解雇だから退職金はゼロ」
 「そ、そんな・・・私は2〜3百万だけ・・・スグに3百万返しますが・
  あとのカネは知りません・・・私の休暇中にたぶん女の子か部長が・」
 「往生際が悪いねっ、罪を人に擦り付ける気かねっ」
 「ほんとうです。私は3百万円借りただけです」
 「その証拠はあるのかね?」
 「・・・・・・・・・・・」
 「明日から、君は会社にこなくてもいいよ」

 会社の措置は早かった。その明日に刑事がやってきて、逮捕状をみせた。
 今も、U次の両手に冷たい手錠の感触が残っている。
 刑務所の桜もほとんど散った。

 3,000万円が誰のふところに入ったのか、U次は知らない。

            1992−04−11   遊遊遊遊(名古屋)





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