#1578/3137 空中分解2
★タイトル (MEH ) 92/ 4/10 22: 8 ( 43)
哀悼アシモフ クリスチーネ郷田
★内容
1920年の事だ。ソヴィエト連邦で一人のユダヤ人の男の子が誕生
した。大きくなるにつれ、彼はいろいろな知識を身につけた。と言うの
も、学習が彼にとっては何よりの楽しみであったからだ。彼はつねに陽
気に振舞った。そのため、周囲からは陽気な笑い声があがった。だが、
彼は常に何かを恐れていた。自分のアイデンティティと言った問題から、
さらに発展して、自らが属する民族の問題の事を沈思黙考する日々が続
いた。
彼は歴史が好きだった。歴史を学ぶのはこの上なく楽しい。楽しいだけ
ではなく、時には戦慄する。彼の生きた時代は、激動の時代であった。
刻一刻と歴史が塗り変えられて行き、新たな悲劇が誕生する時代であっ
た。彼の同胞が大量虐殺されたのも、そんな歴史の一部である。彼は泣
いた。アンネ・フランクに代表されるユダヤ人の悲劇は、今に始まった
事ではない。昔から続いている事であり、おそらくこれからも。
彼はウッディ・アレンやメル・ブルックスのように底抜けのユーモアを
獲得することにより、そんな悲劇から逃がれようとした。そして事実、
彼は道化を演じた。それは彼の心を慰め、周囲を明るくした。そして己
の心に潜む悲しみは極力表面に出さないようにした。そのうち彼はいろ
いろなものに興味を持つようになる。宇宙空間や生物、ロボット、人体
の神秘やギリシャ神話、ミステリー、化学や歴史上の人物は、彼にとっ
ては友人であった。今や彼は人種問題に悩まされてはいない。なぜなら
ヒトはヒト、ホモ・サピエンスはホモ・サピエンスなのだ、と言う事を
認識したからである。あらゆる分野に興味を持つ結果、サイエンス・フィ
クションと言う科学と文学の接点にもまた興味を持つのは、当然の成行
きであった。彼は幼い時からSFの熱心なファンであった。
趣味が高じて、ついに彼は自ら筆を取り始めた……。
彼は思う存分書いて脳内快楽物質を出し続けた。書くことは彼にとって
快楽であった。もちろん辛い時もあったろうが、それは苦労の内に入る
ものでは無かった。
だが。今や、彼の身体活動は停止している。
彼は再び動き出す事は無い。(時間が逆行すれば話は変わって来るけれ
ども。)
残された人々は彼の著作を読み、懐かしむ。
「昔な、この作品に熱中したもんじゃよ。アイザック・アシモフちゅう
てな。昔の人じゃよ。ほれ、いっぺん読んでみい。これは面白いぞ」