#1569/3137 空中分解2
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ある日の光景 瑞城翔冴
★内容
『抜け始めてわかる、髪は長い友達』というCMが昔あったけど、それは歯
だって同じだと思う。一生お世話になるんだし、大事にしてやってもばちは
当らないと思う、今日この頃。
某年某月某日、バイト先にて。
歯医者(せんせい)はにっこり笑っていった。
「抜きましょうね」
気の毒に。うちの先生に抜くと言われたら、天が落ちようか地震がこよう
が、抜くまで家には帰れない。
私は黙って抜歯の用意をする。背後であがる、哀願の声。
「その、削るとか、詰めるとか、何とか抜かないで済ます方法は……」
「ありません」
きっぱり、はっきり、楽しげに。先生、目が笑ってるよ。
おじさん、大の大人がそこまで情けない顔をするなよ。半泣きじゃないか。
「せんせいぃぃ!」
「さあ、麻酔しますよ」
注射器片手ににっこり笑う。おじさん、諦めろ。椅子に座ったが最後、患者
は医者の玩具なんだ。
でも、私は絶体にここで治療は受けないぞ。
「おや、なかなか抜けませんね」
「う、う、うぎゃああ!」
「あれ、麻酔効いてないですか?」
ちょっと、先生……
「親知らずってね、中まで麻酔効かないのよ。だから神経抜けないのね。
だから、抜くよりないのよ」
歯型を取りに来た歯科助手のお姉さんがそう断言する。
「そんなものかな」
さっき抜かれた立派な臼歯を前に、思わず考え込む。
頭がホンの少しだけかじられて。ほとんど無傷の、それは立派な親知らず。
「やっぱり、趣味としか思えない」
「ぼおっとしてないで。洗い物、たまってるわよ」
「ふぁあい」
後かたずけしてたら、お客さんだった。
「あれ?先生なら技工室ですよ」
「いやね、そろそろ抜歯した歯がたまってるんじゃないかと思って」
製薬会社のお兄さんは笑っている。
「早くしないと先生に持ち逃げされてしまうから」
「持ち逃げってなんです?それ」
確か合金付きの歯は入れ物一杯になってた筈だ。バイト始めた時、一杯に
なったら取り替えて貰えるからと言われた覚えがある。
「おやあ??」 半分しかない。
「おねーさん、おねーさあん」
お金の勘定をしている筈の助手さんを呼ぶ。
「昨日、ここまであったのに、半分しかないんだけど」
まさか、と大人は顔色を変える。
同時に轟く女性の絶叫
「あ〜な〜た〜!」
「奥さん?!」
面接の時に一度会ったきりの院長夫人が目を血走らせて立っていた。
「どうした?騒がしいぞ」
誰のせいだと思ってるんです、先生。
「あなた!家に歯を持ち込まないでと言ったでしょう!!」
「おまえ、いつ来たんだ?」
「こんな不衛生な、汚いものを事もあろうに食器棚の中にいれておくなん
て!!」
「何て事を言う!それは私がてずから吟味し、選り分けた逸品中の逸品だぞ。
芸術的な色つや、気品ある形。見ろ、このなまめかしい曲線美を、神秘的な
アマルガムの輝きを!」
あのお、論点ずれてやしませんか?
「いいから、後片付け、済ませてしまいなさい」
「あのお、これは一体……?」
「先生は芸術家気質だからなあ」
ため息。芸術家って、芸術家って……
「先生は歯に美学を求めるのよ」
美学って何さ?歯の何処がなまめかしいってんだ?
「先生はすぐ歯をくすねるから。ほんとにもう、困った趣味だこと。――済
みません」
「構いませんよ。どうせ、明日も来ます」
「趣味で人の歯抜いてたのかよ」 冗談じゃないぞ!
助手さんは今更、といった顔で言った。
「知らなかったの?」 てんてんてん,まる
「そこの二人、明日は小学校の歯科検診だからな、支度しておいてくれよ。
さて、乳歯は数が少ないからな、何本抜けるかな。ふふふ……」
バイト先の選択、誤ったかもしれない。
歯は一生の友達。歯医者の歪んだ美学の餌食にするくらいなら、自分で酷使
した方がいい。つくづくそう思う今日この頃である。
END
さて、ここで質問です。
この話は何処までが実話でしょうか?
1:4分の1
2:半分
3:全部
4:こんなもんじゃなかった